第73話 敵の本拠地

「さて、次は冒険者ギルドで誓いの水晶玉に申告をする作業になる。アンフィ―サ君、冒険者ギルドの冒険者証を所持しているか?」


「持っています」

 そういった貴重品は基本的に手持ちの自在袋に入れたままだ。


「なら話が早い」

 サクラエ教官はそう言うと立ち上がり、奥のロッカーから何やら取り出す。見てすぐわかった。これはどう見ても……


「何故こんな処に誓いの水晶玉があるんですか」

 契約だの約束だの、事の真偽を確認するだのに使用される通称『誓いの水晶玉』と呼ばれる神具だ。

 でも確かこれって各ギルドとか教会、審問官事務所等にしか置いていない筈。

 個人で持っているなんてのは聞いた事が無い。


「魔法の研究に必要なので作ってみた。案外簡単に出来るものだ。正直なところこれだけの装置で何故様々に高度な機能を持つのかは私にもわからない。私が神という存在を信じざるを得なくなった原因のひとつだ」


 ふむふむ、それはそれで興味がある。


「あとで作り方を教えてくれませんか」

「いいだろう。この件が終わったら教えよう」


 やったね私。遠隔移動魔法ワープに続きボーナス獲得! でも今の話題はそれではないので取り敢えず修正もしておこう。


「それではその水晶玉に誓えばいいのですね」

「ああ。まずは私が使い方の説明を兼ねてやってみせよう」


 教官はポケットからカードを取り出す。冒険者証、それも金色の特級カードだ。そのままカードを水晶玉をはめ込んだ木製の台の下にあるスリットに差し込む。


「こうやってカードを差し込み、利き腕の方の手の平で水晶玉を包むように触れる。そして誓いの文句を言えばいい。ギルドや教会の水晶玉はカードを入れる場所が無い場合がある。その場合はカードを水晶玉の台座に触れるように置けば問題ない」


 教官は右手を包むように水晶玉の上に乗せて、口を開く。

「私は中央教会のアンフィ―サ君に対する今回の事案を重大な権利侵害と認める。故に必要な範囲で必要な行為を行う事をここに宣言する」


 水晶玉が3秒くらい青く光った。

 教官は手を水晶玉から離す。


「青く光れば申告は受け入れられた事になる。さて、次はアンフィ―サ君だ」


 よし、やってみるか。私も冒険者証を同様にスリットに入れ、右手を置く。

「中央教会の私に対する今回の事案を重大な権利侵害と認め、必要な範囲で必要な行為を行う事を宣言します」


 先程と同様に水晶玉が青く光った。成功だ。私はカードを抜き取り自分の自在袋に仕舞う。


「申告以外の誓いの水晶玉の使い方は後程実践してみせよう。それではこれより校外実習に入る。遠隔移動魔法ワープの体験及び観察だ。だがその前にこれを渡しておこう」


 教官は今度はロッカーを開けて、黒いローブを2着取り出す。

「取り敢えず耐衝撃、耐各種魔法、特殊効果無効、使用魔力半減その他便利な機能がついた特殊ローブだ。今の教会相手ではここまで必要は無いだろう。だが念のために着装しておけ。サイズの自動調整付きだ」


 ちょっと待ってくれ。

「いいのでしょうか。これは相当貴重な装備だと思いますが」


「以前エルフの里で竜退治の前に作ったものだ。もう着る者もいないからかまわん」

 平然とエルフの里や竜退治なんて言葉が出てくる。流石特級冒険者。普通の常識から外れまくりだ。でもまあ、ありがたいから着用させて貰おう。何事も用心だ。


 サクラエ教官も似たようなローブを纏った。更には何だか妙な力を感じる身長より長い魔法杖まで手に取る。


「さて、それでは遠隔移動魔法ワープを使用する。今回はいつもよりゆっくり発動させよう。発動完了直後に移動完了になるから注意して観察しておけ」


 なるほど。それでは魔力の流れを観察させて貰おう。

 ふむふむ。身体を循環させて魔力を増大させる。魔力をたっぷり錬ったら4対1くらいにわける。このうち4の方が波作成用で、1が多分移動用だな。

 そしておっと、こうやって通常の三次元空間と違う場所をこじ開けるのか。そして……ちょい待った、これヤバい!


 私が魔力探査を全て解除し、あらゆるセンサーを瞑った。それでも感じる圧倒的な力の爆発。更に小規模の爆発とふっと足場が消える感覚。

 ふらっと思わず倒れかかる私を教官が左腕で支える。


「着いたぞ。イツ・クーシマだ」

 目を開ける。確かにいままでいた研究室とは違う場所だった。屋外だし目の前の建造物も赤い神門も何もかも学校と違う。

 でもその前に一言言いたい。


「予告なしであの爆発は、ちょっと厳しかったですわ」

 リリアやエンリコ殿下の超級魔法より数段凶悪なパワーを感じたぞ。


「波を起こす最も手っ取り早い方法は衝撃を加える事だ」

 あ、駄目だ。サクラエ教官に皮肉は通じない。そして私には逆らう力もない。さっきの爆発だけで感じる力量の差に圧倒されてしまっている。


「さて、それでは教会の責任者の処へ行こう」

 教官はすたすた歩きだす。


「参考までに、此処は何処で何処へ向かっているんですか」

「此処はイツ・クーシマ正教会、総本殿最聖処至高庭だ」

 そう言われてもよくわからないが、とんでもない場所だというのは想像がつく。だが違和感を感じた。理由もすぐわかる。


「誰も来ませんね」

 衛兵に準じた連中が来るかと思った。だが誰も出てくる様子はない。


「最聖処は枢機卿以上とその従者しか入る事は出来ない」

 おい待て、そんな処に勝手に入っていいのだろうか。サクラエ教官はそんな私が感じた疑問を全く気にしないない様子で赤い神門をくぐり、目の前のやはり赤く塗られた木造建築の建物に入る。

 

 中はがらんとした板張りの広間。そこを更にずんずん奥へ進んでいくと3つの扉がある。教官は迷わず中央の扉を開けた。

 中はただの板の間だ。調度類は何もない。天井すらない。ただ何かを感じる。何かの力、厳密には何かの力の余韻のようなものを。


「ここも変わらずか」

「どういう事でしょうか?」

 私には何もかもわからない。私の件で抗議に来たはずなのだ。それなのに教官はこの何もない場所へ何しに来たのだろう。


「ここがイツ・クーシマ教会において最も神聖な場所だ。至聖堂呑輝宝庭。かつて神が聖女や勇者、預言者等を遣わしたとされる場所。更にそれ以前には神という存在そのものがおわした場所だと伝えられている。

 つまりここに来訪者の気配を察した場合、やってくる者こそがイツ・クーシマ正教会で最も神に近い者、最高責任者という訳だ」


 理解した。

「つまり一番偉い方をお呼びする為にここへ来たという訳ですね」

「その通りだ」

 サクラエ教官は頷く。

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