第6章 神の力の使用要領

第68話 冬のため息

 冬。私的にはかなり悪い状況にある。

 理由の何割かはサクラエ教官のせいだ。校内進度確認試験なんてものをうっかり真面目に解答してしまった結果、

『算術系の授業はアンフィーサ君には必要ないだろう。基礎魔法実習も同様だ。その分の時間は有効に活用して貰おう』

という事になってしまったのだ。まさか私の学力を調べるために一斉試験をでっち上げるとは思わなかった。えげつないぞサクラエ教官とその一味!


 これらで空いた時間は計7コマ。そのうち2コマは教員・研究者・一般向けの『手順込み魔法プログラム作成講習会』に宛てられ、残り5コマはサクラエ教官の下、講習会の準備作業と、汎用の手順込み魔法の作成研究の為の時間となってしまった。


 幸いこれらの時間は全部午後だ。だからクラスの連中と午前中と昼食は一緒にいられる。だが午後、それも2の曜日と4の曜日は最悪だ。何せ手順込み魔法プログラム作成講習会には王妃陛下をはじめとんでもない連中も混じっている。失礼のないようにしなければならないし、わかりやすい教材も作らなければならない。


 その教材つくりがまた面倒だ。何せ手順込み魔法、今まで存在するのは論文だけ。よって教材のテキストは全てが私の手作りだ。前世でのプログラムの独習本を思い出しながら必死に書いては印刷して貰うという作業を繰り返す事になる。この世界に印刷技術があったのがせめてもの救いだ。前日に原稿を出せば翌日午後の講習会までには印刷しておいてくれるから。


 そして魔法の場合、人によって使える魔法属性が違う。共通なのはごく低出力の基礎魔法と、この授業で教える手順込み魔法専用の制御魔法だけ。しかも制御の効果が目に見えないと学習がやりにくい。


 だから最初は基礎魔法程度の光魔法を使って、空間に光文字を描く制御魔法を教えた。灯火魔法程度の光魔法はこの国の国民ならほぼ誰でも使える筈だから。

 全ての文字を描けるようになった後、最初に表示させるのは勿論『Hello world!』だ。おっさん的常識では最初のプログラムは必ずこれを表示させる事になっている。


 でもそれだけではこの魔法の面白さや迫力が伝わりにくいだろう。だから要所要所で属性別に使える派手な例題も作っておく。この辺が同じ規格のハードウェアと同じソフトを使ってプログラムの講習をするのとは違う点だ。

 そんなこんな、という訳で……


 ◇◇◇


「この討伐の時間が心のオアシスですわ」

 いつもの皆とクーザニ迷宮ダンジョン第34階層で討伐をしながらこぼす。厳密にはこの後のお風呂の時間と、まだ終わらないナージャの発情期対策がもっとオアシス。なのだけれど勿論それは言わない。


「でもあの魔法のテキスト、わかりやすく出来ていますわ。私でも例題の快適温度送風魔法が作れました」


「While呪文を使って魔物が動けなくなるまで弱い雷呪文を連続でかけ続ける魔法を作ってみた。カンプルードと名付けたがどうだろう」


「オリジナルで敵と同じ数だけ戦闘型猫精霊が出てくる魔法を作ったのにゃ。猛獣追牙改バキドーなのにゃ」


「IF呪文を使って敵からの攻撃時だけ防御呪文を展開するようにしました。これで常時展開できます」


「私も新しい呪文を作ってみたよ。パーティ内で誰かの体力が4割以上減ったら自動的に治療したり回復したりする呪文。自動診療サイアムって名前にしたけれどこのパーティ、滅多に被害を受けないからあまり意味無いかな」


 うちのパーティ内でも作った教材はおまけとして配布している。結果はまあ、こんな感じだ。あとはサクラエ教官を通じて生徒の一部にも出回っているらしい。マリアンネ様とか。

 結果的に討伐時にもこうやって怪しい新作魔法呪文が氾濫する結果となった。まだ簡単な制御しか使っていないけれど、いずれもっと便利な魔法も出来ていくのだろう。


 リュネットは既に不死身呪文なんてものを作ろうとしている。死にそうになると治癒魔法と回復魔法を自動でかけまくって完全復活させてしまう魔法だ。まだ制御が上手く書けなくて苦労しているそうだけれど。でもそんな聖属性魔法の濫用呪文、リュネット以外で使える者はいるのだろうか。魔力的に。


「でもあの難しいと聞いていた手順込み魔法もこれだけ簡単に作れる訳だ。確かにこれは母上がはまるのもわかる」

 え゛っ! 思わぬ事を聞いてびくっとしてしまう。確かに王妃陛下、講習会では非常に熱心で質問もガンガン飛ばしてくるし例題の作成確認もしてくるけれど。


「そうなのですか」

「ハドソン卿に聞いた。暇な時間は室内を光文字が飛び回っているそうだ。最近は自動署名魔法なんて作って業務省力化もしているらしい」


 なんだかなあ。ため息をつきたくなる。おっと、ちょうどいい発散先を発見した。貴様に恨みは無いが私のうっぷん晴らしの相手になってもらおう。


自爆型ドローンハロップ! 自爆型ドローンハロップ! 自爆型ドローンハロップ!」

 白い鳥型が3つ飛んで行って角を曲がる。バン! バン! バン! ドサドサドサッ。自動でオークは倒れた。よしよし。


「アン、早すぎますわ」

「すみません、リリア。ついちょっと」

 うっぷん晴らしで、とはあえて言わない。


 そしてやたら元気な皆様。

「次に出たら僕がやろう。カンプルードを試したい」

「その次は私の猛獣追牙改バキドーなのにゃ」

「私も新しい呪文を試してみたいですわ」


 ……なんだかなあ。

 クーザニ迷宮ダンジョンとはいえ第34階層は本来かなり難しい場所だ。それなのにこの雰囲気でいいのだろうか。私はそう思わざるを得ない。

 自分の事は棚に上げて。

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