14 朗らかなサイコパス
俺の前に立つ銀髪。穂柄 笑‥どうしてお前がここに‥?
「っ、なんだ、あいつ‥」
「国松の‥制服だよね‥?政府指定のランク別ネクタイをしてない‥。ってことは【低ランク】の人‥。タマキくんを助けてたし‥友達、じゃないかな‥?」
シーンと静まり返る廊下。
ケイとモモちゃんが口を開いて、警戒するように穂柄を分析する。
「あーくそ‥頭いてぇ‥。」
こめかみを押さえながら、苛立った声を出す銀髪男。彼の一言一句にこの場にいるすべての人間が注目した。投げ飛ばされた患者も意識はあるらしく、ガクガクと震えて穂柄を見つめている。
そんな俺も例外ではない。
助けてくれた、のか‥?そんな疑問を抱いていると、刹那クルリと穂柄がこちらを向いて、その距離の近さに息を呑んだ。
「なぁ、‥ここどこ‥?」
「っ、‥え、と‥びょ、いん‥?」
「ふーん‥なんだ‥夢じゃなかったのか‥。」
「‥?」
考えるように目を伏せる穂柄に困惑する。
俺は彼の言っている意味がよく分からず首を傾げた。
「あれはさすがに死んだと思ったんだけどさー‥俺生きてんの、すごくね?」
ふいに赤い瞳を大きく見開いて、そう俺に問いかける穂柄。いやどういうことだよ。
キラキラと目を輝かせる銀髪に、顔が引き攣っていくのがわかる。
鼻と鼻がくっつきそうな距離。この人距離感バグってんじゃないの。ちょっと離れてほしいけど、口に出す勇気などない。そこ、びびりとか言うな。
いつ着替えたのか。
先ほどまで装着していなかったガスマスクのようなネックウォーマーに、サングラススタイル。
自分よりも少し背の低い彼は、この場にいる誰よりも存在感があり、ただその姿は異様だった。
国松Eクラスーー。常に派手なファッションを見に纏い、自分勝手に気の向くまま行動する自由な奴ら。たとえどんなに軽蔑されても、相手を威圧して黙らせていたっけ。
いつもそんな彼等を見ながら、俺はそれが自分を守るためのアイツらなりの武器なんじゃないかなって思ってた。
やりたくない事はやらない。気が向かなければ興味も示さない。DとEランクの共同廊下。近い教室。たまに見かける穂柄という人間は、そんな奴だった。だから‥目の前のお前に、訳が分からないんだよ、穂柄 笑‥。
なぜお前は俺を助けたんだ。
「ちょっと、穂柄さんまでッ!?お願いですから、病室に戻ってくださいっ」
「黙ってろ!俺に指図すんじゃねえっ!殺すぞ!」
「ひ、」
俺らがいた病室の方から走ってきた看護師さんに穂柄が吠えた。涙目の彼女に俺は同情する。急にやめて。近距離の睨みくっそ怖えから。くりっくりのお目目なのに。めちゃくちゃ可愛い顔してるのに。サングラスから覗く眼力と眉間の皺が凄すぎてちびりそうですけども。
「‥あんた、タマキの友人だな?」
「‥。」
ふと、ケイがこちらに近づいてきて、穂柄にそう問いかける。俺はケイへの嫌悪感で震える手を押さえつけた。平気だって言ったばっかなのにだっせえな‥。
「俺は立花 計。俺もタマキとは幼馴染だ。あんたさっきタマキを守ってたよな?俺は急なことで対応できなかったから、あの人を止めてくれて助かったよ。礼を言う。だけど、やりすぎだ。さっきの言葉からするに、あんたの更新されたランクも高かったんだろうけど、今のこの状況にランクなんて関係ない!助けられる命が最優先だと俺は思ってるっ。だから、一緒に協力してほしいっ!」
この状況を作り出した本人の癖に、どの口が言っているのやら。俺は呆れて言葉も出ない。
ケイのふるう熱弁にため息をつく。どうやら穂柄と俺が友人だと勘違いしているようだ。残念だが読みが外れてるぞ。
「てめえか、この騒ぎ引き起こしたカスは‥。カスランクだな。カスの臭いがプンプンするわ。」
全くケイの話を聞いていないであろう穂柄の言葉に、ケイが眉をひくつかせる。
ざまあみやがれ。お前の長文なんてこの穂柄様には響きもしねえんだよバーカバーカ。
「っ俺はカスランクなんかじゃない‥Aランクだ‥。」
「おうそうかよ。ランクを大事にしてんじゃねえか!口だけ野郎がおつでぇーす!」
「っ、」
中指を立ててケイを煽る穂柄。一見ガキの喧嘩のように見えるけど、その威圧感と異様さにケイが怯んだ。うわ、すごい。あの話の聞かないケイを黙らせるなんて。めっちゃ悔しそうにしてるよ。やべえ、穂柄の周りに人が集まる理由が分かった気がする。
「なぁー、あのクソランクの顔見てみろよ。」
「っ、?」
ふいに穂柄が俺の肩を組んできて、俺は急なことに一瞬固まる。びびった‥この人パーソナルスペースまじでどうなってんの‥?俺ら初対面だぜユー。
つか顔がなんだって?ケイのことだよな?
それならちゃんと見てるさ。情けないアホズラだ。あいつは沸点が低いから、今頃頭ん中は穂柄の罵声罵倒でいっぱいだろう。そう考えると笑えてくるぜ。
「‥そうだ、笑え!びびる必要なんてねえんだよ!たかが人間だ。ナイフで心臓一刺しすれば死ぬ。」
「、」
一瞬、こいつの言葉の意味を理解できなかった。矛盾。それほどまでに穂柄の表情が、悲壮に溢れた笑顔だったからだ。
なんつー顔、してんだよ‥。
「‥震え、止まったな」
穂柄がボソリとそう告げる。俺は目を見開いた。
は‥?お前、今なんて‥
そう聞き返そうと口を開いたところで、穂柄が俺の肩から腕を離し、大衆の前へと歩み出る。
「おい!騒いでる奴らよく聞け!このカスが言ってたよな。マザーの誤作動だって。いーや、違う‥マザーは正しい。」
視線が穂柄に集まる。何人かが穂柄に文句を言っているか、それを覆い被すよく通った大声で淡々と話を続ける穂柄。
俺も彼の話が興味深くて、自然に耳を傾けてしまう。本当にこいつはEランクなのか‥?と感じてしまうほどのカリスマ性。
違う、穂柄はこんなに堂々と正面から人を見るような奴じゃなかった。Eクラスの中心で、ドロドロと俺たちを憎らしく見つめる。俺らと同じ底辺の、いやそれ以下の世界で生きてた。そんな印象の人間だったはずだ。
この自信はなんなんだよ。何が、彼を変えたんだ‥?
「でも馬鹿なお前らのおつむじゃ、理解できねえだろうからよ、特別に俺がお前らに
ーー力を貸せ、
魔王。」
‥
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