第41話:旅程13

 ヒン、ヒン、ヒン

 ゴロゴロゴロゴロ


 グレアムはスプマドールの声と荷車の音に気がついた。

 スプマドールとラムレイの二頭が独自の判断で戻って来てしまった。

 一瞬グレアムは叱るべきか褒めるべきか迷ってしまった。

 まだ完全に安全を確認したわけではないが、ほぼ大丈夫だと思われる。

 だが指示も出していないのに戻ってくるのは頂けない。

 グレアムが叱るか褒めるか逡巡している間に状況が一変してしまった。


 斬り飛ばした吸血女の首が空を飛んでオードリー嬢を狙ったのだ。

 胴体から斬り離されたのにまだ生きていたのだ。

 牙を剥き出しにして大きく開かれた口は真っ赤だった。

 オードリー嬢を喰い殺してグレアムを苦しめてやると言う意思が感じられた。

 グレアムは助けに駆けつけたかったが、全身の筋肉が断裂していて無理だった。


 ヒッヒッヒィイイイ


 勝手に戻ってきた責任を感じたのだろうか。

 スプマドールが馬体を乗り出してオードリー嬢を庇おうとした。

 吸血女の首がオードリー嬢に向かえないように割って入った。

 吸血女の首からは忌々しそうな感情が湧きおこっていた。

 一瞬スプマドールを避けてオードリー嬢を狙おうとした首だったが、考えが変わったのだろうか、急激に軌道を変えてスプマドールの首に喰らいついた。


「スプマドール」

 ヒッーン


 助けに行けない忸怩たる思いが込めてグレアムがスプマドールの名を呼ぶ。

 スプマドールは首を喰い破られて叫べないのだろう。

 痛みの割には小さな、でも苦しみが手に取るように分かる声をだしていた。

 グレアムはまともに動けない身体を叱咤してスプマドールの方に行く。

 だがそんなグレアムよりも前に、仲間を攻撃されたことに怒り狂ったバビエカが突進した。


 ヒッヒッヒィイイイ


 怒りの雄叫びをあげて、バビエカが吸血女の首を狙う。

 スプマドールに喰らいついている首を蹴り飛ばそうとした。

 だがどうしてもスプマドールを蹴らないように気をつけなければいけない。

 巨躯男を蹴り飛ばした時のように素直に全力では蹴れない。

 スプマドールに当たらない角度から蹴ることになる。


 一瞬角度を変える時間があり隙が生まれてしまった。

 吸血女の首はその隙を見逃さなかった。

 スプマドールの首肉を喰い千切って急角度で離れてしまった。

 バビエカの蹴りが空をきる。 

 空振りした右前脚を地につけて次の蹴りを放とうとしたバビエカだったが、次を放つことができなかったばかりか、吸血女の首に喰らいつかれてしまった。


「バビエカ」


 グレアムが後悔と絶望を込めてバビエカの名を叫ぶ。

 自分が非力なばかりに次々と可愛い愛馬が化け物の殺されてしまう。

 何としても助けたかった。

 命を代償にしてでも勝ちたかった。

 そんなグレアムの想いを嘲笑うかのような現実が押し寄せてきた。


 グッオオオオオオオ

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る