第16話:ルーパス、勇者、大魔王2

「笑いたければ笑ってろ、大魔王。

 俺は元の世界に帰るから邪魔するな。

 邪魔をするようならぶち殺すぞ」


 魔界遠征軍の中でルーパス唯一人が大魔王を恐れていなかった。

 それどころかオードリーの所に帰る邪魔をするなら殺すと決意していた。

 その迫力は勇者を恐怖で縛る大魔王を驚かすほどのモノだった。

 だが驚かされたとはいえ大魔王はルーパスを恐れはしない。

 むしろ面白がる余裕があった。


「面白い、本当に面白いな、ルーパス。

 自称勇者など相手にする気にもならないが、ルーパスとなら戦いたい気分だ。

 だが、娘を想うルーパスの帰還を邪魔をするほど余は野暮ではない。

 それどころか大切な事を教えてやる気になるほど気に入ったぞ」


 勇者をはじめとした遠征軍は事の成り行きについていけないでいた。

 あまりにも急激に話が進むことに混乱していた。

 いや、話の進み方以前に大魔王からのコンタクトに思考停止になっていた。

 強大な力に圧倒されていた。

 大魔王がその気になれば、指先一つで自分達を殺せることに気がついていた。


「ああ、馬鹿か、何言ってやがるんだ。

 嘘八百並べて俺を混乱させる心算か」


 ルーパスは怒りのあまり冷静さを欠いていた。

 いつものルーパスなら大魔王と駆け引きしてできるだけ多くの情報を引き出す。

 だが今のルーパスは、一分一秒でも早く元の世界に戻りたい一心だった。

 それ以外の事は全く考えられなかった。


「嘘など言わぬ、大魔王の余に嘘を口にする必要などない。

 ルーパスのいなくなった虫けら共など、魔術一つで皆殺しにできるからな。

 ルーパスが元の世界に戻った方が余には有利だ。

 それを引き留めようというのだ、聞いた方がいいぞ」


 大魔王の言葉に遠征軍の全員が現実をようやく悟った。

 勇者など口先だけの存在だと。

 剣技や攻撃魔術には優れていても、仲間を護る力などないのだと。

 そもそも仲間を護るための魔術を習得していないのだと。

 勇者にとって大切なのは敵を斃した功だけで、仲間の犠牲など気にも留めていなかったのだよ、ようやく気がついたのだ。


「俺は急いでいるんだ、話したければ早く話せ。

 直ぐに話さなければもう帰るぞ」


「わかった、わかった、わかった。

 単刀直入に話すぞ。

 この世界とお前達の世界では時間の流れが全く違う。

 お前達は二カ月しか経っていないと思っているだろう。

 だが、お前達の世界ではだいたい十六年経っている。

 ルーパスが気にしている娘は、多分もう十六歳になっているぞ。

 お前達が死んだと思った人間共はどんな行動をしたのだろうな。

 女房子供はどんな生活をしていたのであろうな。

 国や領主はどんな待遇を用意したのだろうな。

 女房や恋人は十六年の長さに耐えきれず浮気をしていないか。

 新しい恋人ができて再婚したり結婚したりしているのではないか。

 子供達は邪魔者にされて殺されたのではないか。

 可哀想な事よ、勇者や王侯貴族の口車に乗ったばかりにな」

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