~対峙~
ふと響いた土の摩擦音。
充満する殺気の中にあったせいか、誰もがその接近に気付かなかった。
少しだけ息を切らし対峙する中背の男は既に、刀をこちらに向けている。
「刀を捨てろ。摩天楼に登る事は私が許さない。」
「げ、猿吉殿下だ!」
姿を認識するなり、成実が指を差して叫んだ。
「誰が猿だ!!伊達
「わー、名前覚えられてら。出世したなぁ、俺。」
「話を聞けー!!」
「聞いてますって。」
「ならば何故、背を向ける!」
「無礼はどっちだよ、いきなり抜き身向けてるって有り得ないんですけど。俺も抜いて良いんですかね?」
「先日に“止めたいのならば真剣で来い”と言ったのはそっちだろう!!」
「それは、言いましたけどー…。」
駆け付け、事を急ぐ様子の男は、すぐに激昂する。
(うん。相変わらず、めんどくさいひとだ。)
成実は心中でそう呟き、呆れ顔でお手上げの仕草をした。
───────
「…小十郎。」
「は。」
「誰だ、あの面倒臭いのは。」
成実の思考とほぼ同時。
二人の会話を聞き流しながら、政宗が訊ねる。
「あの御方は、この奥州の警護
「…秀吉…?」
思わぬ返答に、政宗の眉がぴくりと動いた。
「左様、失敬致します。…成実。」
「何だよ。」
「相手はあくまで我等をお護りして下さっている貴き立場の御方。くれぐれも粗相などしてくれるな。」
「わかってる。だから、大人しくしてるだろ。」
言葉のまま、成実は剣も抜かず相手と睨み合いを続けている。
(やはり俺の知っている成実とは、違うな。)
政宗は刹那、思った。
同じ伊達の姓を冠するこの二人、実は祖父を同じくする
幼い頃から剣を、教養を共に学び、歳も一つしか変わらず、主従でありながら兄弟同然で育った間柄であった。
ただ、視界に映る成実を見ていると、その関係もまた、己の知るものとは違う様である。
身の丈から推測するに、ほぼ小十郎と同年―――自分よりは二・三、もしくは五つ程度上だろうか。
此処で、更に新たな差異が浮き彫りになる。
───────
(小十郎も、違う。)
そう。
自分の知っている小十郎は十も歳の違いがあり殆ど親の様だった。小十郎の所作から滲み出る若さもまた、己の知るものではないと云う事になる。
そして何より、対峙している人物の身形。こればかりはもう、違和感などと云う段を超えていた。
「奥州の警護とは…何だ、小十郎。」
「は。奥州の摩天楼には九州が其れと違い、主が不在に御座います。ゆえに、殿下が目付役として御奉公されておるのです。」
「何故、殿下などと呼ばれている。」
如何見ても、成実や小十郎と十も変わらぬ青さである。
「其れは覇王、いや、
「右府…?つまりこの日ノ本の、中枢か。」
「はい。しかしながら殿下は、この奥州のため、本当によく―――」
「殿下はもう良い。その右府とは一体誰だ。」
さしずめ、家康か。
己の歴史の流れから推測する政宗だが。
「何を仰せです、政宗さま。この日ノ本に於いて…右府と言えば、
「なっ」
「貴殿ら、さっきから何を話している?」
───────
「はっ。申し訳」
「礼儀も弁えぬ猿だと笑っておったのよ、“貴殿”をな。」
小十郎の謝罪を遮る様に。
驚く暇も与えてくれぬ相手をして政宗が突如、振り返り声を大にして言い返した。
「…何!?」
「げっ、藤次郎!それは幾ら何でも」
「そ、そうです、政宗さま!何を…」
「それで殿下などと、笑わせる。しかもこの奥州の、警護だと?」
更に二人を遮り、いちいち噛み付いてくる秀吉を白け顔で笑ってみせる。
すると秀吉が、こんな言葉を返して来たのだ。
「藤次郎…ではないな。貴殿、“誰”だ?」
(―――やはり、
摩天楼の危険さを知り、其れでも護ると言ってのける秀吉には、少なくとも本来よりは計り知れぬ責任感か、器量が備わっている。
何よりその若気を差し置いて、【殿下】と云う呼称が板に着いていた。つまりこの男を擁立する人物―――“同胞”が、確かに存在していると云う事だ。
勿論これにも、確証は無い。
(面白くなって来たではないか。)
政宗は口の端を上げた。
秀吉の件に関しては素知らぬ振りで踵を返す。
「秀吉を食い止めろ、成実。」
───────
「えっ、俺?!」
小声で告げられた言葉に、成実は驚いた。
政宗の眼光が既に摩天楼だけを見据えているのは明瞭だが、それはあの殿下と、打ち合いをも辞さぬ覚悟を決めろと聞こえる。
「小十郎と話がある。摩天楼でまでいちいち足止めをされたなら、何もかもが先に進まぬ。
「説得って。俺がそう云うの苦手だって、知ってるだろー?」
狼狽える成実を他所に、政宗はくつくつと喉で笑いを堪えて告げた。
「さぁな、俺は知らん。」
「冗談だろ…何とか言ってくれよ、小十郎!」
「某は、この身を以て生涯、政宗さまだけにお仕えすると決めている。」
こう云う場面は流石、参謀だ。
思う事はあるだろうが、おくびにも出さず供する事を決意してくれた。
「うわ、逃げたな。」
「どちらでも良い。とにかく、殿と同じ時機に殿下を摩天楼へ入らせるな。」
「あーもう、
仕方無しに後方へ向き直る成実。
「むっ、貴殿ら、一体何を…」
「成実!」
「おう、好きなだけ暴れて来い、藤次郎!」
政宗の合図と共に、腰へ横たえ引っ掛けていた大刀を、後ろ手に引き抜いた。
───────
「!!待て、藤次郎っ!」
初動を認めた秀吉が、透かさず間合いを詰めた。
―――ギィン!!
鳴り響く衝突音に堰を切られたように。
政宗と小十郎は、摩天楼に向かって走り出す。
再び迫る闇。
それは二人を、簡単に呑み込んでしまった。
「何と云う事を…!おい、藤五郎!!」
「…済みません、殿下。」
引き下がる気配はもう、感じられない。
「…解った、応えよう。」
再び何かを感じ取る秀吉は、頷いて剣を握る拳に力を込めた。
───────
(解説欄)後日更新
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