第23話

「どういうことか説明してもらおうか」

私を睨みつけるようにリュウが問う。

最悪だ。

休んでいる間に私はいつの間にか城に戻っていた。

拘束はされていないものの部屋に閉じ込められている。部屋にはリュウ、ディラン、ブランジァンがいた。

先ほど、医者が来て暫くは絶対安静が必要だと言われた。

「お前は誰だ?」

ディランの眼差しは厳しい。嘘は許さないとその目が語っている。ここでしらを切り通しても悪くなるだけだろう。少しでも罪状を軽くしてもらう為には印象を良くしないと。

同情してもらえないだろうか。そうしたら、少しは生き残れる確率が上がる。さすがにお咎めなしは無理だろうけど。

「私はアニスの双子の妹です」

「聖女アニスに妹がいるなんて聞いたことがない」

リュウは目で他の二人に知っているか聞くが二人とも首を左右に振る。その姿を見て私は苦笑した。

「知らなくて当然です。私はずっと地下にいましたから。あんなことが起こらなければ私は誰にも存在を認識されることなく一生を送っていたでしょう」

「あんなこと?」

ディランは怪訝な顔をして私に先を促す。

「聖女アニスは死にました」

その言葉に誰もが息を飲んだ。

「どういうこと?」

さすがに護衛を務めていたディランとリュウは言葉が出てこなかったみたいで代わりにブランジァンが問う。

「事故か自殺かは分かりません。彼女は邸で、階段から落ちて死にました。死体は邸の庭に埋まっています。アドリス公爵家は今持っている権威を失うことを恐れ、私を代役に選びました」

私はできるだけ同情してもらおうと意識して声と体を震わせた。

意識しなくても処刑になるかもしれないという恐怖が頭の片隅にあるので震えていたかもしれない。

「地下に閉じ込められていたと言ったな。それはなぜだ?」

ディランは容赦がない。そんなこと聞かなくても分かるでしょうに。それでも問われた以上は答えないといけない。

「私の魔力量は公爵家では恥にしかなりません。欠陥品だと言われても文句が言えない少なさです」

「自分の魔力量が分かっていたのなら聖女の代役に無理があるのは分かっていたはずだ。薬で騙し騙しやっていたようだが、いつかは破綻する。お前が使用していた二種類の薬、これが体にいいものではないことぐらい分かっていただろう」

そんなことは分かっていた。それでも。

私はリュウを睨みつける。

「そんなこと、あなたに言われるまでもなく分かっていました。けれど、生まれてから一度も外に出たことがない私にどうしろと?家に逆らい、捨てられたら餓死するしかありません。先ほど、逃亡したのは、しなければ処刑される未来が確定したと思ったからです。私は死にたくありません。だから少しでも生き残れる確率がある方を選びます。聖女の身代わりになるか、ならずに役立たずとして殺されるか捨てられて餓死するかなら聖女になります。聖女の偽物とバレて処刑されるか途中で力尽きて死ぬ可能性はあるけどそれでも生き残れる確率があるのなら逃亡を選びます。」

「名前は?」

名前を聞かれたことがないので一瞬、ディランが何を聞いているのか分からなかった。答えない私にディランは再度私の名前を聞いてくる。

「ありません」

「ない?なぜ?お前はアニスの妹なんだろ。だったら名前ぐらい」

死線を潜り抜けた割には能天気な頭をしていると思った。私は苦笑していたけど彼の瞳に映った私はなぜか今にも泣きだしそうな顔をしていた。

おかしなこともあるものだ。名前がないのは当然のことなのに。

「あなたは使い古したら屑籠に入れる未来が確定した道具に名前をつけるのですか?腰に下げた剣に、普段から愛用しているペンに、今着ている隊服に名前などいちいちつけないでしょう」

「あなたは道具ではなく人間よ」

そう言ってブランジァンが涙を流しながら言う。

私はそんな彼女に首を左右に振る。

「いいえ、私は道具です。人は道具です。あなた達だって私と同じ。名前がついているだけの道具です。私は公爵家に、あなた達は王家に使われる。ただの道具です。その証拠に、必要なくなったら捨てられる」

「陛下は確かに必要とあれば俺たちを切り捨てることもあるかもしれない。王はそれができるようにならなければいけない。だが自分自身を道具だと思ったことはない。なぜなら陛下は決して俺たちを道具として扱わないから。任務中に死んだ騎士に対しても数ではなく個人として見てくださるからだ」

そう言ったリュウが眩しく見えた。

地下に居た時、鉄格子の向こう側の世界に行きたくて仕方がなかった。

太陽が欲しくて仕方がなかった。薄暗い地下を照らす太陽。寒さに凍える私を温かい光で包んでくる太陽が欲しくて仕方がなかった。

今、私は鉄格子の向こう側の世界にいる。

太陽の下に出て初めて私は理解した。暗闇に慣れた私の目に太陽は眩しすぎるのだ。思わず、目を背けてしまう程に。

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