殺害少女

虫野律(むしのりつ)

第1話

──A川河川敷で白骨化した遺体が発見されました。警察によると「衣服等も無く、白骨化も進行している為、身元の特定が困難」とのことです。警察は広く情報を募り……。


 




▼▼▼


 一希かずきの唇が離れる。

 セックスの終わりを告げるようにされたキスは、少しの安心感と強い寂しさを与える。


 まだ足りない。


 そうは思うけど、あまり求めすぎてウザがられたら嫌だ。大人しく物分かりのいい女でいよう。

 一希がコンドームをゴミ箱にポイっと捨てて、七奈ななの居るベッドへと入り込む。

 暫く無言で時間を浪費してから、不意に一希が口を開いた。


「なぁ」


「なに?」


加奈かなってまだ見つからないのか?」


「……見つからないね」


 七奈の答えを聞き、どこか落胆した雰囲気。


「そっか。どこ行っちゃったんだろうな」


「さぁ? 私には分からないよ」


 少しトゲのある言い方になってしまった。


 加奈──七奈の双子の姉は夏休み最後の日に行方不明になった……と思われている。

 学校が始まってからもう4日が経つ。未だ姉が見つかったという知らせは無い。


 一希の上にまたがる。


「もう一回しようよ」


 なんとも形容し難い顔をされた。


 失礼な奴だな。


 グイグイと押し付ける。










 一希と別れ、自宅へ向かう。今日は学校も部活も無いただの日曜日。デートして、セックスして、お家に帰る。ありふれたものだ。

 しかしお家の前には見慣れない黒い車が止まっていた。セダンというんだっけ。車のことはよくわからない。


「……」


 家に帰らないわけにはいかないから、なんだか嫌な予感がするけど足を進める。玄関を開けると、これまた見慣れない革靴があった。


「ただいま」


 父さんの声が返ってくる。硬い声だ。


「……帰ったか。ちょっとこっちに来い」


 促されるままにリビングに行くと、父さんと2人のスーツの男性が居た。

 スーツの2人がこちらを向く。


「こんばんは。私たちはこういう者です」


 そんな定型句と共に手帳を提示される。警察手帳だ。

 まさかバレたの……? でもどうして……?


 しかし七奈は努めて平静を装い、対応する。


「こんばんは。姉の件でしょうか?」


「……実はあなたのお母様、井上なつきさんが遺体で発見されました」


 嘘……。


 あまりの予想外な事態に言葉を失ってしまう。そんな七奈の様子を2人の警察が観察している。爬虫類はちゅうるいのようで気持ち悪い。


「何か心当たりはありませんか?」


 そんなものはない。


 母は看護師をしている。昨日は準夜勤と言われるシフトで、夕方に家を出ていた。

 それが最期になるとは思っていなかった。


「無いです。何があったんですか?」


 逆に訊くと答えてくれた。


「昨日の深夜1時30分頃に、M駅近くの取り壊し予定のビルで刺殺されたのです」


「はぁ」


 そんな時間に何故そんな場所に居たのか。いや、時間は分かる。仕事の帰りだったのだろう。

 でも場所が意味不明だ。


「……母はどうしてそんな場所に居たんですか?」


 年配の刑事が七奈を見つめる。


 怪しまれているの? どうして……。


 不安になるけれど、理由は分からない。七奈は眠っていただけだ。

 直接訊いてみる。


「もしかして私を疑っているんですか?」


 刑事2人が顔を見合わせ、年配の刑事が頷く。

 若い刑事が答える。


「遺体には争った形跡がなかったのです。私たちは顔見知りの犯行を疑っています」


 要するに家族は容疑者ということか。いい迷惑だ。

 気分は悪いが、努めて表情に出さないようにする。あらぬ疑いを掛けられては堪らない。ふふふ。


「そうですか。それで私は何を話せばいいんですか?」


 また若い刑事。


「先ずは昨日の深夜1時30分頃に何をしていたか教えてください」


「何をって……、寝てましたけど……」

 

 これではアリバイが無いと言っているようなものだ。でも事実なのだから仕方がない。


「それを証明できる方は居ますか?」


 父を見る。


 多分、証明できないよね……。


 それに家族の証言がどれくらい有効なアリバイになるか分からない。

 つまり父は当てにならない。困った。

 首を振るしかない。疑いの目が強まった気がする。

 しかし、だからといってそれだけで逮捕できるわけではない。結局、この日は少し話しただけで帰っていった。もう来ないでほしい。









 翌日、学校に行くと「部活が終わったら話があるから待っててほしい」と一希に言われた。

 七奈は部活には入っていない。だから図書室で勉強をするフリをしつつ、待っていることにした。

 

 放課後の暇な時間を図書室で潰していると、野球のユニフォームを着た一希がやって来た。


「お待たせ。ごめんな、急に」


 別にいいけど。いや、やっぱりあまり良くはない。暇なんだもん。

 でも嫌われたくはないから正直に言うようなことはしない。


「ううん。大丈夫。私も一緒に帰りたかったし」


「そっか。じゃあ行こう。話は歩きながらするよ」


 そういえばそんなことを言っていた。待っている時間が長くて忘れてしまった。

 歩き出した一希の背を追う。









 暫く歩いて周りに人が居ない住宅街に差し掛かったところで、一希が本題に入った。


「夏休みに入ってすぐに加奈と入れ替わってたろ?」


 七奈の心臓が跳ねる。

 バレていたのか。でもどうして? 誰も気がつかなかったのに……。


「何言ってるの? 意味分かんないよ」


 しらばっくれるも、一希には通用しないみたいだ。


「爪の長さが違った。7月27日にいきなり爪が伸びていた。それに雰囲気もいつもと違った……と思う。これは単なるフィーリングだけどよ」


 そんなことでバレるなんて……。

 七奈たち姉妹は一卵性双生児で瓜二つ。

 父さんは出張だったし、母さんは私たちに興味が無いから誰も気づかないと思ったのに甘かった。

 七奈のやや鋭い瞳が一希を射貫いぬく。気づいた一希の眉間にシワが寄る。


「その目だよ。加奈とは似ても似つかない」


 ムカつく。何それ。

 七奈の瞳がいよいよ以て鋭利になる。

 一希が続ける。落ち着いた声だ。


「なぁ、なんで入れ替わったんだ?」


「……仮に入れ替わってたとしても意味なんて無いでしょ」


 まだ大丈夫だと思いたい。姉を殺したことがバレなければ大きな問題は無い。

 今度は一希が鋭い視線を七奈に向ける。一瞬だけですぐに進行方向に戻す。


「加奈はどこに居るんだ?」


「知らな──」


「つーか、生きているのか?」


「……」


 疑われている。

 姉が行方不明になり、妹が入れ替わった。確かに怪しいとは思う。けどそれだけじゃ「加奈は死んでいる」とはならないんじゃないかな。

 

 まだ何か私の気づかなかったミスがあるの……?


 七奈の疑問に答えるように一希が言う。


「入れ替わる3日前に加奈が言ってたんだよ。『七奈が恐い』って。だからって七奈が妙な・・ことをするとは普通は思わないけどよ……。でも実際1ヶ月以上加奈を見ていない。ここまで情況証拠が揃うとつい突拍子とっぴょうしもない考えを持っちまう」


「……そう思うならなんで私と付き合ったの」


 数拍すうはくあってから一希が口を開く。


「七奈を観察する為だよ。人を殺すような奴かを確認したかった」


「なに……それ……」


「わりぃとは思ったけどよ……」


 それで私は人を殺すような人間と判断された……。

 

 七奈の中におかしさがいてくる。

 笑ってしまいそうだ。でも我慢しないと。ここで大口を開けて笑い転げれば、それこそ頭のおかしい奴と思われてしまう。

 

 でも、やっぱり隠しきれないのかな。


 一希が好き。


 だから姉と良い雰囲気になっているのが許せなかった。

 このままじゃ姉の物になってしまう。そう思ったから野犬の居る河川敷に呼び出して殺した。一希のことで相談があると言ったら簡単に釣れた。

 姉は七奈を恐がっていたようだが、何だかんだで昔から七奈には甘い。あの日も恐れと心配が混ざった顔をしていた。

 

 そこに七奈はつけ込んだ。

 

 わざわざ姉と入れ替わったのは死体の発見時期を遅らせる為。

 河川敷には野犬が何匹も居る。時間を稼ぐことができれば、姉を食べてくれる。夏であることも相まってすぐに白骨化するだろう。

 そうすれば刺殺の痕跡も、それどころか姉と特定する情報すら消えてしまうはず。

 

 七奈の目論見は成功した。

 

 1ヶ月近く経ってから白骨化した遺体が発見されたとニュースになっていた。身元は今なお特定されていない。七奈が殺害した可能性すら認識していないだろう。

 

 それがこんなところでバレるなんて……。


 気がつくと七奈の家の前まで来ていた。

 一希を見る。何を考えているかは分からない。


「一希はどうしたいの」


「……それは認めたってことでいいのか」


「どうしたいか答えて」


 この要求は理不尽だ。七奈もその自覚はある。事実が判明しなければどうしたいも何も分からない。


「別に七奈を警察に突き出そうとかはない。ただ加奈に会いたい。それだけだよ」


 一希はため息をついてから「たとえ死んでいてもな」と小さく結んだ。

 

 意味分かんない。


 七奈の熱が急速に冷めていく。あるいはめていく。


 もういいかな。


「そのうち会えるよ」


「どういうい──」


「今日は帰るよ。バイバイ」


 そう言って家に逃げ込む。また計画をしなければいけない。次はどうしようか。








 一希と別れ、2時間ほど経った時、玄関のチャイムが鳴らされた。

 父はまだ仕事だ。七奈が対応するしかない。インターフォンを繋ぐ。

 小さな画面には昨日の刑事が映っていた。

 

 一希が警察に……?


 疑問はあるが無視しても怪しまれるだけだ。姉を殺した証拠は無いのだから堂々としていればいい。


「こんばんは。ご用件は?」

  

 昨日の若い刑事だ。


「お母さんの件で少しお話があります。今は大丈夫ですか?」


 どうやら姉のことではなかったようだ。ほっとする。


「今、開けます」


 七奈が玄関を開けると、若い刑事が扉上部を掴む。不穏なものを感じるも、とりあえずは会話を試みる。


「どうしたんですか」


 若い刑事が穏やかな声音こわねで告げる。


「すみません、こんな時間に。実は七奈さんに署に来てほしいのです」


 署に来てほしい……? それってつまり……。


 若い刑事の後ろには女性警官が見える。やっぱりそういうことか。


「任意同行ってやつですか」


 女性警官は七奈が抵抗したときの備え・・で、若い女性に対する配慮だろう。つまりは強制──逮捕できる状況ということ。

 

「そう堅く考えなくても大丈夫ですよ。まずは・・・お話をしたいだけです」


 穏やかな語り口とは裏腹に、刑事の目は剣呑けんのんな光を放っている。


「……」


 逮捕状があっても、まずは任意同行を求めるパターンもある。今もそれだろう。

 

 姉の殺害計画を立てる時に警察についていろいろ調べた。疑われている状態での任意同行を拒否するのはリスクが高い……というよりほとんど無意味だ。

 逮捕状があるならその場で逮捕されるし、無くても証拠隠滅や逃亡の恐れがあるとして逮捕状を請求されるかもしれない。

 

 仮に今は逮捕状が無かったとしても、結局は時間の問題ということだ。


 でもどうして? 顔見知りの犯行だからって私を逮捕する理由は無いはず。


 七奈に身に覚えはない。何かの間違いだ。


「なぜ私を疑っているんですか」


 若い刑事がため息をつく。


「それを含めて署でお話をしたいのですよ」


 焦れているのが分かる。あまりごねると逮捕されるのだろう。  


「分かりました。行きます。ですが先になぜ疑われたのか教えてください。納得できません」


 七奈の言葉に刑事の剣呑さが増す。


「駅のコインロッカーから凶器が発見されました」


 だから何だと言うのだ。七奈には関係無い。

 七奈の「意味が分からない」といった顔に刑事が舌打ちをする。


「いつまでとぼけているつもりだ? 凶器にはお前の指紋とガイシャの血液が付いていた。しかも布でくるんだ凶器をコインロッカーに入れるお前が、カメラに映っている。分かったか? 分かったら早く来い」


 七奈が愕然がくぜんとする。あり得ない。そんな記憶は無い。

 まさか夢遊病?

 しかしそれで自宅から離れた場所まで行き、人を殺すなんて現実であるのだろうか。納得できない。


 しかし刑事には七奈の内心など関係無い。証拠があれば疑うし、逮捕もするのだろう。

 刑事の様子を見るにこれ以上は手錠を掛けられかねない。それは嫌だ。


「……分かりました」


 刑事に従い、パトカーには見えない普通の車に乗り込む。

 納得はできないが実際何もしていない。すぐに無実が証明されるはず──。


 












 ──みたいなことを七奈は考えてるけど、それはあり得ない。だって七奈の身体・・は母さんを殺してるんだもん。

 七奈に操作された記憶は無いだろうから、そう思うのも仕方ないけどね。

 

 七奈は随分と不満そうな顔をしている。


『ふふふ……』


 殺された時はムカついた。でも、何も知らずに悪足掻わるあがきヲする七奈を内側から・・・・観察すルのも悪クはナいワネ。


 ユウレイッテホントタノシイナ……。


『……モットモットクルシメテヤル』


 


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