大聖都 『帰還』

 俺は一人歩いていた。

 人気のない、大神殿。

 その中を。



 深夜であっても純白の大理石が輝いて、灯りが必要も無い程に明るい。

 外敵の侵入を基本想定していないから、警戒はそこまで厳しくない。

 会議期間中に大よそのスケジュールは把握している。隙を突くなど造作も無い事だ。


 思えば今回の会議中、全ては離宮で行われていたから、大神殿そのものに入る機会は無かったな、と思い返す。

 大神殿の中になど勿論、積極的に入りたいとは決して思わないけれど。

 

 ここは俺が『俺』である最初の生。

 勇者アルフィリーガが死んだ場所。

 そして、その後、今、この時まで二度と辿り着けなかった神の拠点であるのだから。



 静まり返った礼拝堂に入り最奥の祭壇の後ろの壁に手を触れ、俺は飛翔した。


 今、この大神殿に勤める者も多くは多分、知るまい。

 この奥に隠し部屋、神の心臓部と言える場所があることを。

 神に繋がる中枢石。

 大昔、勇者だった俺はそこで『殺された』

 

 許された者の前以外の前には開かれない扉。

 当然、今の俺は許される筈も無いから能力ギフトで、跳んだのだ。

 罠が仕掛けられているであろう事は承知の上。

 がいる。

 理由は、それで十分だ。



 ひらり、と着地すると足が敷き詰められた蒼い床を踏んだ。

 周囲は白い壁。

 中央には薄く虹色に輝く、大きな石が浮かんでいる。

 あの時と、様子は殆ど変わってはいない。


 以前、マリカが言っていたっけ。

 アルケディウスの神殿にも似た隠し部屋があったと。

 俺は知らなかったが、きっとここに似たものだろうと推察できる。


『神』と『星』と七つの従属神。

 それらは皆、同じ起源をもっているのだから。



「やあ、お帰り。アルフィリーガ。随分と長い旅だったじゃないか?

 ずっと、待ちくたびれていたんだよ」


 まるで友人に話しかけるような親し気な声が、俺の名を呼んだ。

 やっぱり待ち構えていたか。

 少年というより子ども、高くカンに触る声は500年前と全く変わらない。


「お前は、まったく変わらないな。

 相変わらず、自分勝手で悪趣味だ」


 だから、そう素直に言ってやった。

 どうせ誰もこいつにそんな事を告げはしないだろう。


「ふーん。気付いてたんだ。顔にも仕草にもそんなそぶりは見えなかったけれど。

 隠し事が上手になったんだね」

「500年もあればそんな腹芸が嫌でも身に着くさ。貴様程ではなくても。


 大神官 フェデリクス・アルディクス」


 大聖都 ルペア・カディナと世界の中枢たるこの場所を預かる、真実の支配者には。

 俺達の前に小姓 エレシウスと名乗って現れた子どもは、ふわふわと、大地の軛と力を無視して、空に浮かんでいた。



 大神官 フェデリクス・アルディクスは全く悪びれる様子も無くニヤニヤと笑って見せる。

 人を、あらゆる者を小さな体で見下す眼差しは、500年前から本当に変わらない。


「エレシウス、とは悪い冗談だ。

 ミオルの弟でお前の小姓だった奴じゃないか。

 あいつと、入れ替わったのか?」

「まあ、そうだね。大神殿の長が子どもだと色々と都合が悪いだろ?

 当時の神官長は色々と知り過ぎていたしー。

 君が死んだ後に、エレシウスを育ててサクッとね。

 あの子はいい子だから。僕と神の言う事なら何でも聞いてくれる」


 もう500年前。

 朧げにさえ顔も覚えていないけれど、ミオルが一緒に神に拾われたのだ、と紹介してくれた少年が兄の死後、どんな苦悩の果てに神官長等と名乗る老人になり、あの位置に辿り着いたのか解らない。

 けれども兄を慕う優しい子どもだったあの子も、神とこいつの勝手と、俺の不手際に巻き込まれた犠牲者だろうと、少し申し訳なくなる。


「まずは、こいつを返すぞ。大神官」


 俺は服の隠しから取り出したものをぶつけるように投げつけた。

 オレンジ色の小さな結晶体。

 やつは造作も無くキャッチするけれど。


「あれ? もう取っちゃってたの?」

「いつまでもこんなものをマリカの中に入れておけるか?」

「まあ、君がいるならそうするよね。だって、これのおかげで精霊の貴人と決別する事になったんだもの」


 指先でカシュンと小さな音を立てて結晶は潰れ、光になって奴の体内に還る。


「ああ、俺の思いに同意し、授けられた『神』の『祝福』がまさかあんなものだとは思わなかった。

 マリカ様が命を賭けて止めて外して下さらなかったら、俺はあのまま、神の手先にされていただろう。

 マリカ様のおかげで『精霊の獣』として…死ぬことができた」


 マリカが王族の登録の時に身体の中に入れられた光は、準登録の時のそれとは比べ物にならない程強い、神の力。

 普段は体内に潜んで眠っているが、目覚めれば神に身体を、心を操られてしまうもの。

 その恐ろしさを誰よりも俺が知っている。


 うーん、と唸り声を上げた奴は上目遣いで俺を見た。

 困ったものを見るような、聞き分けの悪い子どもに言い聞かせるような目で。


「ねえ、アルフィリーガ。

 君の『マリカ様』

 いい加減、それが呪いだって、理解する気ない?

 僕達はね、ずっと、本当にずっと前から君を待ってたんだよ。

 やっと帰って来てくれたと思ったのに君は逃げ出して、…何度生まれ変わっても勝手に生きて、勝手に死んでしまう。

『星』は君を良いように使ってるだけだと解らない愚かな君でも無い筈だろ。

 早く戻ってきて欲しかったのに。一度見失うと見つけるの、本当に大変なんだからね!」

「…成程。だから、か? エリクスを使った今回の騒動は」


 得心がいった。

 あんなお粗末な偽勇者を仕立て上げたことも、そいつに暴走させたことも。

 全て目的は一つ。


「そっ。君と、君の『マリカ様』を逃がさないようにする為。

 表舞台から消えられるとまた探すのが面倒だからね」


 我が意を得たり、と言った顔つきであいつは肩を竦めてみせる。


「いい引き立て役になっただろう?

 あの子は解りやすい。

 エリクスは必ず、本物の勇者にライバル意識を持つ。

 エリクスは必ず、憧れの戦士の娘に、始めて会う女の子に恋をする。

 だからそれを利用して『勇者の転生よりも優れた戦士』を、『勇者の転生を助けた聖なる乙女』を世界に知らしめた。


 何を考えてか解らないけれど、君達はこの世界の表舞台に戻ってきた。

 だったら、もう逃がさない。勝手に退場なんかさせない。

 首にしっかりと縄を付けさせて貰うさ」


 隠そうと、力を分割させたり封印したりした手間がアホらしくなる。

 要するに『こいつ』には最初から俺達の行動も居場所もお見通しだったという事なのだ。

 多分、最初の最初。

 魔王城で、あの魔性が俺達を見つけた時から…。


「君達がもっと早く戻ってきて、僕達にちゃんと協力してくれたのなら、こんな効率の悪い手段を使う必要は無く、もっと早く目的を果たせた。

 本当に、あの500年前の失敗を後悔しなかった日は無いんだよ。

 僕達はずっと待っていたんだ。君達の復活を」

「目的?」

「まったく。ミオルの裏切り者。『●●』のない肉体なんてただの素体に過ぎないのに、一番大事な『●●』を切り離して逃がすなんて…」


 ぶつぶつと、口の中で何かを呟く奴の言葉は俺には聞こえていなかった。


「『子ども達』を守る。彼らが幸せに生きる世界を作る。『神』は俺にそう言った。

『星』は、一人一人の人間が、子ども達が意志を持ち自由に、幸せに生きる世界を望み、俺達にそれを守れと命じている。

 ならば『神』の目的はこの管理された不老不死世界では無かったのか?

 俺達の身体を使い、星と人間を作り変え『星』の循環する力を奪ってまで作り上げたこの閉ざされた変化の無い、でも『平和』な世界は『神』の目的の達成ではない、と?」

「もっちろん。ちがいまーす」


 俺の問いに奴はそう言ってくるりと回り笑う。

 謳う様に、嘲笑する様に。


「『神』の目的はもっと純粋で揺ぎ無いものさ。

 『子ども達』の幸せの為。

 その目的の為に、今もあの方は全てを使い準備をしておられる…。

 裏切り者の『星』のおかげであの方は今も苦労なさっておいでなんだ。

『星』が正しく役割を果たしてさえいれば、こんな苦労はしなくても済んだのに」


 そして…憎む様に。


「だから、僕は『神』の為に『星』から全てを『奪い返す』

 世界も、子ども達も。

 そして『君達』も…」


「そんな事はさせるものか!」


 これ以上話しても無駄。

 俺は決意と深呼吸と共に手を伸ばした。

 チャリン、と伸ばした腕の先には精霊の力を封じ込めたバングル。

『星』の加護たるそれを俺は全身全霊を込めて『砕いた』


「なっ!」


 粉々に砕けたバングルの光が俺の周囲で渦を巻く。

 これがただの風では無い。

 自分が産まれて十二年、貯め込んで来た力の全て、命の全てであることは知っている。


「ここで、僕と戦おうというのかい?」

「ああ、そうだ…」


 今からやろうとしていることを知られれば、きっとフェイもアルも、マリカも怒り止めるだろう。

 だから、フェイとアルの意識を狩り、マリカを傷つけてもまでもただ一人ここに来たのだ。

 

「…ここでお前と、神を殺す」


 力が俺に吸い込まれて行く。

 頭を回すと髪がさらりと靡き、腰まで伸びた。

 身体は、このままに。

 子どもを一人殺すのに、身体を成長させる必要はない。

 全ての力は短剣と、攻撃に乗せる。


 大丈夫だ。コントロールできる。

 俺は、『自分』にそう言い聞かせた。


「なんで? そんな事をしても無駄だよ。

 ここには神はいないし、僕は殺せない。

 この世界は決して変わらない、不老不死世界だと忘れたのか!」

「殺せるさ。俺とマリカなら」

「マリカ?」


 俺はもう一つ、服の隠しに入れていたもの、小瓶を取り出すと短剣を抜き放った。

 蓋を指で弾き飛ばし、守り刀に中の液体をかけると蒼い光が薄暗い、赤紫に代わる。


「それは!」

「不老不死者を殺す『星』の意志。

『星』と精霊のアルフィリーガの怒りを思い知れ!」

「や、止めろ!!」


 俺と対峙しながら、奴は愚かにも反撃されるなど思ってもいなかったのだろうか?

 怯えた顔で後ろに飛ぶと、中央の石に手を触れた。


「アルフィリーガを捕えろ!」


 床から雷光のごとき拘束の茨が紡がれ絡みつく。

 部屋の全てが俺を侵入者、敵対者とみなし敵意を顕わにしている。

 脳を揺らす衝撃。身体を縛る稲光。


 けれど、


「無駄だ」


 そんなものは短剣エルーシュウィンの一振りで消え失せる。

 今のこいつは魔剣と言ってもおかしくない。

 神の影響を全て殺す『星の意志』を纏う魔王の剣。

 そう、俺も今は、『神』を殺す魔王なのだ。

 

「なっ!」


 呆然とするあいつの懐に、一気に踏み込んで俺はその背を石に叩き付けた。

 石と奴の瞳が鈍く輝いている。


「ここで、貴様を仕留め、この世界と神の接続を切り離す! 神の影響力をここで殺してみせる!」

「バカな! 僕を殺せばお前はここから…」

「覚悟の上だ。『神』は手足を失い、現実世界に介入する手段を無くすが死ぬわけではないから、不老不死世界は維持される。

 そうすれば、後は力を付けて『神』を倒すだけ。

 俺がいなくてもマリカ達ならきっとやってくれる」

「僕を仮に『殺せた』って無駄だ。お前と同じようにまた『転生』する。

 五年もしないうちに戻ってきて、全ては元通りだ!」

「その五年があれば、マリカ達は世界を変える。必ず神を倒す力を手に入れて成し遂げると俺は信じている!」 

「ま、まさか…」


 奴の顔が驚愕に歪んだ。

 どうやら、俺の真意が伝わったようだ。


「君は、たかが、数年の時間稼ぎの為に命を賭そうというのか?」

「ああ、そうだ。貴様の事だ。他の誰にもマリカの正体を告げていまい。

 『神』も他の奴を信じたりはしないだろう。

 俺が願うのはマリカが世界を変える為の、後、数年の穏やかで幸せな時間なのだ」

「バカな…。アルフィリーガ、何故…そこまで」

「神以外に寄る辺を持たぬ貴様には解るまい。命よりも何よりも大切だと思う者があることを…」

「待て! 止めろ! 解っているのか! お前は! 僕は…うくっ!!」

「黙れ」


 キュッと首元を締めてやれば、奴はもう抵抗もできないし、声も出せない。

「俺は 魔王にして精霊の獣 リオン・アルフィリーガ。

 あらゆるものから『精霊』と、『星』と、『子ども達』を守る者」


 こいつは俺とは違う。

 与えられた能力は智謀と魔性を操る力。

 肉体は、不老不死であっても普通の子どものように弱く儚い。


「…心配するな。一緒に……やる。それで、勝ったと思っておけ」


 身じろぎする奴の口元を押さえ、言葉と呼吸を封じる。

 …何も聞く必要はない。


「これで…終わりだ!」

「ぐあああっ!!」


 俺は奴の心臓を真っ直ぐに刺し貫いた。

 吹きだす鮮血、命の飛沫は驚く程、紅く熱い。

 俺達、作られし者でも人と同じ血が流れているのだと思うと、少し可笑しくなる。

 アルフィリーガが人を殺めるのは初めてではない。

 でも、リオンにとっては初めてだ。

 返り血に濡れた髪、真っ赤な掌。


 皆にこんな姿を見せずに済んで良かったと心から思う。 


 ジタバタと暴れていた小さな体が動きを止めても、俺は剣を押す手を止めなかった。

 骨を砕き、肉を裂き『神の僕』を刺し貫いた切っ先が、石に触れると、まるで呑み込む様に奴の身体を内に入れ、熱を発し始める。

 無色透明に近かったそれは、明滅を始めた。

 まるで、死にたくないと抵抗するように。


「悪いな…お前の主を殺して。お前を、生かしてやれなくて…」


 熱、蒸気、部屋から、床から弾ける抵抗の稲光。

 それら全てを抑え込み、


「はああっ!!!」


 俺はただひたすらに、剣と力を石に送り込んだ。

 精霊の獣の最期の、咆哮。

 自分の命と、力、その全てを使い尽くす覚悟を込めて…。


 カシャン!

 どっかで何かが壊れ、割れる音がした。 


 紅く、青く、黒く、点滅を繰り返したそれはやがて小さな断末魔にも似た音を残し静止し、次の瞬間、漆黒に染まり、紅く染まった石は、…燃えるような熱を発し始める。


「終った、か」



 俺は大きく息を吐き出すと短剣を引き抜き石から離れた。

 『確かめる』と


「やっぱり、ムリか。

 すまない…エルーシュウィン。俺の最悪の決断に付き合わせて」


 血と呪いに染まった、染めてしまった守り刀を、胸に抱きしめる。


 

 予感はあった。

 ここは神の領域、一度入ればおそらく奴の許可なしには抜けられないだろう。

 だからこそ、奴は自信をもってただ一人、ここで俺と対したのだ。

 俺を手にし、捕え、今度こそ思うさま作り変えられると。


 俺が、ここから生きて出る事を最初から捨てているとは思いもしなかったのかもしれないが。

 奴を殺し、神と繋がる中枢を壊した後のことは五分と五分。

 証拠隠滅に炎上するか、それとも闇に封じ込められるか。

 どうやら爆発炎上になりそうだが、奴を殺し、鍵をかけられ、神と大神殿の接続を切り離し、全ての力を使い果たした俺にここから逃れる術はない。


「…まあ、二十四回目にして、やっとまともな結果を残せたかな」


 俺はここで死ぬ。

 覚悟はもうできていた。

 もう一度転生できるかどうかは怪しい。

 おそらく無理だろうとは思う。

 精霊の間で交した「二度と転生は望まない」という誓いは絶対だ。



「でも、きっとあいつらが後はなんとかしてくれるさ。

 お前のことも、きっと見つけて助けてくれるから心配するな」


 俺は短剣を懐に入れると、壁に背を付け、目を閉じた。

 瞼を閉じている筈なのに、はっきりと目の前に見えるように映し出されるのは500年の人生の欠片。

 それも、今世、しかも三年間のことが殆どだった。



 フェイと出会った時のこと、アルを助けた事。ライオとの再会。

 マリカの覚醒、魔王城での日々、アルケディウスの思い出。

 騎士試験、夏と秋の戦、ライオの子ども、部下や仲間達。

 敵地大聖都でのエリクスとの戦いや、ルイヴィル、プラーミァ王達との何気ない会話まで。


 全てが輝いていた。



「ハ…ハハハ…」


 涙ではなく、笑いが止まらない。

 俺はこんなにも幸せだったのだ。と今更ながらに思い出す。

 バカな話だ。

 全てを捨て去る覚悟はできていた筈なのに、最期の瞬間に、こんなことを思い出すなんて。

 …こんなにも心は彼等との日々を求めている。


 石が放つ熱は上昇する一方、部屋はもう呼吸も出来ない程に熱い。

 多分もう残された時間は殆ど無いだろう。

 最期の最後で、みっともなくも本音が零れた。


「帰りたい…。あいつらの所へ」


 流れ星にかける願いのようにそう呟いて、でも、諦めて目を閉じたその瞬間。



 ゴウン!!!!

 いよいよ爆発したのかと錯覚した程に巨大な地響きが、部屋を揺らす。

 と、同時。


「見つけた! リオン!!」 

「なっ!」

「フェイ! アル! リオン見つけたよ!」 


 物理的に、壊れた壁。そこから『星』が飛び込んで来た。

 漆黒の髪、紫の瞳を煌めかせて立つ誰よりも美しい光。


『精霊の貴人エルトリンデ


「マリカ…」


 そんな感傷に浸った一瞬に、頬が熱を帯びた。


「バカッ!!」


 バチン!!


「なんで! 一人で! こんなところに!! いるの!! 大バカリオン!!!!!」 

 

 眼の前の絶世の美女が、俺の頬を平手打ったのだ。


「その格好何!? また、一人で抱え込んで…。

 私達の為に無茶して………」


 水晶のような瞳から、透き通る涙が溢れて来る。

 真っ赤な血に濡れた俺の手は、固く強張って雫を止めてやることも、動く事もできない。


「マリカ…」

「話と言い争いは後です。リオンを見つけたのなら、とにかく今は、この場を離れますよ!!」

「解った。フェイ。お願い!!」

「アル! 速くこっちへ!」

「おう!!!」


 呆然としたまま、部屋の外に引きだされた俺は、マリカに手を握られ、フェイに肩を抱えられ、待っていたアルに手を掴まれた。

 同時、空間が歪み、跳んだ俺達は『帰っていた』 

 場所は、見慣れたアルケディウス居室、俺の部屋。

 諦めていた現実に、居場所に。


 いともあっさりと。


 遠くで、地響きの音がする。

 大神殿の奥での大爆発。

 きっと外は大騒ぎだろう。



 しかし俺にはそんなことはもう気にならなかった。

 気にしている余裕がない、ともいえる。

 何せ俺にとって、何よりも…神よりも恐ろしい三人が、尻もちをついた俺を、見下ろしているのだから。


「リオン! あそこで何してたの?」

「きっちり、はっきり、きっぱり、説明して貰いますよ」

「嘘や誤魔化しは許さねえからな」


 恐ろしい形相で。

 でも…心配をその眼に宿した優しい眼差しで…。


「解った。話す。話すから…」


 目尻に不思議に熱い何かを感じて、三人に向けて広げた手でそれを拭う。

 溢れ出ていた雫が、手を濡らす。

 

 涙。


 生きて、心をもってここに『自分』が在る、その証。



「ハハ、ハハハハハ!!」


「な、何?」

「リオン?」

「なんだよ、急に?」


「ハハハハハ! アハハ! ワハハハハ!!」


 突然、バカ笑いを始めた俺を、三人が首を傾げて見ている。

 理由が解らないという様に。

 そうだろう、俺だって解らない。

 可笑しい、嬉しい、ありえない。

 俺は、生きている。


 帰ってきたのだ。

 あの閉ざされた空間から、こいつらの待つ世界へと。


 思うさま笑い、息を整えた俺は深く息を吐き出し、立ち上がった。

 しなくてはならなことがたくさんある。

 

 まずは説明と、謝罪。

 身勝手の後始末。エルーシュウィンも、清めてやらなくてはならない。

 だが、それよりも先に、何よりも先に言わなくてはならない、言葉がある。


「ただいま。みんな。

心配かけてすまなかった」


 小首を傾げ、顔を見合わせた三人は、意味が解らない、という顔で。

 けれど微笑んで、俺が一番欲しかった言葉を返してくれた。


「リオン、お帰り」「おかえりなさい」「おかえり。リオン兄」




 そう、俺は、帰ってきたのだ。

 求め続け、願い続けた皆の元へと。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る