皇国の海の幸 後編
じゅわああ~~っ。
と暴力的なまでに香りと音が耳朶と鼻孔を擽る。
本当に、食べ物が焼ける、というのは、心躍るものなのだろうか?
きっと、人間の身体というものは自分にとって必要なものを見つけ出す為のアラートを持っているのだと思う。
だから、美味しい、とか、いい、とか欲しい、と思うものは基本的に身体にとって必要なものなのではないだろうか。
っと、話が逸れた閑話休題。
私が持ってきた鉄板で、ホタテを焼き始めると真珠探しに貝を剥いていた女性達の手がピタリと止まった。
視線はこちらに釘づけ。
さもありなん。
焼けるニンニクバターと、ホタテのエキスが奏でるハーモニーは私にだってたまらない。
新鮮だし大丈夫だと思うけれど、念の為。
しっかり裏表を焼いて火を通してから、一つ皿に乗せると私はアツアツを一気に頬張った。
「あつつつっ!」
ホントに貝を食べた私に周囲の人達が伯爵を含めて目を見開くけど、私は気にしない。
至福の瞬間を堪能、堪能。
炭火から降ろして0秒の焼きたては口の中が火傷しそうな程に熱いけれど、それだけに活性化されたホタテの旨みを余すところなく伝えてくれる。
「うーん。プリプリ。口の中に拡がる潮の香りが最高♪
やっぱり天然物はいいなあ」
と、感じる強めの視線。
見ればリオンやフェイだけじゃない。リードさんも唾を飲み込んでいるし、トランスヴァール伯爵も興味津々という顔だ。
「伯爵も召し上がりますか?
毒見は先ほど私がしたとおりです」
「うむ…頂くとしよう。領地で産出されるものの味を、私が知らぬのではすまされないからな」
という名の食欲ですね。解ります。
私はとりあえず、一番肉厚で美味しそうに焼けたホタテに蕩けたバターを絡めて塩をかけた。
木の取り皿に分けてフォークと一緒に差し出す。
「どうぞ。ホタテ…、この貝はこの地方でなんと呼んでおられますか?」
「クテイス、だな」
「ではクテイスのチスノーク、バター風味です。熱いので火傷しないように気を付けて」
頷き、無言で受け取った伯爵は注意深く、一口齧る。
途端、目を丸くして、また一口、そしてもう一口。
領民達の視線も気にせずフォークを走らせ。
気が付けばあっという間にホタテは伯爵のお腹の中に飲み込まれてしまった。
「いかがですか?」
本当は聞くまでも無い事だ。
その顔が、行動が、そしてお皿が全てを物語っている。
「うむ…美味かった。
まさか真珠探しの邪魔者と投げ捨てていた貝の身がこれほどの美味であろうとは…」
「リオンとフェイも食べる? リードさんも。
…あと、伯爵、もしよろしければ、街の皆様にも召し上がっていただきたいのですが。
味と価値を知って頂かないと、採集にも身が入らないでしょうし」
「構わない。皆のもの。
興味がある者は食してみるがいい。彼女は王都で評判の『新しい食』を生み出す料理人。
どうやら彼女の手にかかれば、我々が踏み捨てていたものも、至高の食材に変わるようだ」
わあっ!
と声にならない歓声が響いた。
伯爵の様子を見て、皆興味が湧いたのかな。
私は持ってきた木皿だけでは足りないので剥いて空になった貝殻を分けて貰って、そこに焼いたホタテを入れて渡していく。
「ありがとよ」
フォークなどはないんだけど、受け取った女性達は貝剥き用のナイフで器用にホタテを切り分けて口に運ぶ。
「うわあっ!」「なんだこれ?」
多分、五百年前は日常的に食べていた筈。
でも長い時の果て、忘れて、いや記憶の彼方に埋もれていた味が、今蘇る。
「お、美味しい」「信じられない」「そういえば…子どもの頃、こうして貝を焼いてたべたような…」
涙ぐみながら噛みしめる女性達。
貝を見つめるその眼にはほんの少し前、食べないからと踏みつけにしていたとは思えない程の愛し気な思いが宿っている。
「領主様。これ、本当に美味いです…」
「ああ、うまいな…」
噛みしめるように味わい呟く伯爵や皆さんに比べるとリオンや、フェイ、リードさんは食事に慣れているので彼女達に比較的冷静、だけれども。
「美味いな。今まで食べた事の無い味だ」
「口の中に不思議な味わいが広がります。この土地の風の匂いとよく似た。
これが潮の香り、というものなのでしょうか?」
「この白くて肉厚の部分の歯ごたえと味わいが良い。貝の部分は黒く細い部分はコリコリと、暁色の身の部分は濃厚で、素晴らしい味ですね」
今まで食べた事の無い食材に目を輝かせつつ味わっている。
「こっちの貝も同じ味に仕立ててみました。どうぞ」
向こうの世界で言う所の牡蠣貝 こちらで言う所のユイットルも促してみると、全員(伯爵込)凄い目の色を変えて皿を差し出してくる。
牡蠣と同じものだったら、万が一にも貝毒とかがあると困るのでホタテよりは念入りに焼く。
貝柱が濃いニンニクバターをあっさりと食べさせたクテイス、ホタテと違い牡蠣は、ミルクの様に濃厚でありながらさっぱりとした身にニンニクの強い味がマッチして驚く程美味しい。
身体に力が湧いてくるような感じだ。
「はい、リードさん。どうでしょう?
売り物になりそうですか?」
「流石マリカ、としか言いようがありません。これは確かに売り物になる。人気の品となるでしょう」
リードさんが請け負ってくれれば、今後の仕入は店の方から出せしてもらえる。
今回の買い取りについては私の我が儘だから、自分で出すつもりではいたのだけれど。
「そういう訳なので、剥いた貝の身はどんどん下さい。
全部、責任を持ってゲシュマック商会が引き取ります」
「いや、ちょっとうちらの分も残しておいて欲しいんだけど…」
と、そんな話をしていると時、何人かの人が、桶を抱えてこちらにやってくるのが見えた。
さっき、釣りを頼んだ男の人達だ。
「どうだ? とりあえず、こんなのが釣れたんだが…」
うわあっ! サンマ! それに鯵だ。
まだ生きてる!
私、生きてるサンマ見たの始めて!
「素晴らしいです。これはシンプルに塩焼きにするのが最高に美味しいですね。
もちろん、買い取りますよ」
「これはどうよ?」
差し出されたのはイカだ。こっちも黒光りするようでとってもキレイ。
こっちはヒラメで…うわっ! ブリも。いや少し小さいからハマチ?
知っている魚もあるけど知らない魚もある。
知らない魚は持って帰って、アルとジョイに聞いてみよう。
ギルに絵にしてもらえば、今後の発注の役にも立つ。
「勿論、引き取ります。…ドランスヴァール伯爵」
「なんだ?」
御領主様に、私は深々とお辞儀をする。
「これらから、こちらの魚も調理いたします。簡単なやり方と味なのでさほど技術が無くても作れると思います。
本日は無料で振舞わせて頂きますので、どうか美味と思われましたら、ぜひ、漁を復活させ、ゲシュマック商会にお譲り頂けないでしょうか?」
「無論、望むところ。
領地の物達に、アルケディウスが誇る『新しい味』を見せてやってくれ」
「御意」
「皆、集められる限りの者に声をかけろ。集え。
数百年ぶりの体験と感動が待っているぞ!」
領主様の声に人々の歓声が上がった。
兄弟家族を呼びに走る人もいる。私の手元を覗き見る人もいる。
調理に興味がある人には一応、作り方の基本は教えて魚の捌き方なども見せる。
私はありあわせのものだけれど、持ってきてもらった魚で出来る限りの料理を作った。
思いつく限り、できる限り。
ハマチとヒラメは小麦粉とバターで軽くムニエルに。
サンマは塩焼き。鯵も塩焼きとガーリックマヨネーズ焼きにした。
本当は、ピカピカで新鮮な魚だから、刺身にしたかったのだけれど、いきなりの生魚は抵抗があるだろうし醤油も無いから。
魚のあらは皆纏めて、潮汁に。
イカも入れて煮ると、骨からとってもいい出汁が出て塩味だけでも素敵な味わいになった。
元々潮汁は、塩だけの味付けだしね。
そうしている間にも人はどんどん増えて行く。
ビックリするくらい。もしかしたらこの街の住人殆ど全部来たんじゃないかってくらい。
料理はとても間に合わないけれど、みんな分け合いながら食べている。
感動の涙を流している人もいた。
ちなみに勿論。私も食べる。
異世界転生して、久々の魚。
鮭だけは魔王城の島で獲れたから食べたけど、サンマなんて本当に異世界に来て初めてだ。
こんがり焼けた皮と身を一気に頬張る。
サンマの塩焼きは本当に醤油が…、無理ならレモンかスダチが欲しくなるくらい脂がのっていて美味。
香ばしさとじんわりと口の中に広がる身の甘さが最高だった。
そういえばアンチョビの作り方をマンガで見たコトがある。
所謂塩漬けだけれども魚からでた汁は、所謂魚醤と呼ばれるものになるのだとか。
アンチョビは基本イワシだけど、サンマでも出来た筈。
やってみよう。
手製の鉄板に網、バーベキューコンロ。
鍋もいくつも並べて興味を持った人が自由に食べられるようにようにしてあるから、最初に漁をしていた人たちだけではなく、呼ばれた人、話を聞きつけた人などが次々現れてまるでお祭りの様に賑やかだ。
「こんなに、活気のある海辺を見たのは何百年ぶりだろうな?」
伯爵も言ったけれど魚料理を食べて、人々はみんな笑顔になっている。
港町に活気が戻ってきたのが実感できる。
ほんの少し前まで、ホタテの身を踏みつけにしていた人たちと同一人物とは思えない。
不思議なくらいに。
「皆の者!」
領主の呼び声。
その一言で喧噪に溢れていた海岸が、シンと静まり返った。
なんとなく私はこの領地で伯爵がどれほど親しまれ、愛されているのか解った気がする。
「船を直せ、新しく作れ。
網を縫い直し、竿を磨け!
今日よりビエイリークは蘇る。
不老不死以前の活気ある港町へ。
海の恵みをアルケディウスに運ぶ、海運の要へと!
いつ生まれるか解らぬ真珠を待つだけではない。
新たなものを生み出し、運ぶ希望の街へと!」
「おう!!!」
男も、女も全ての人間達が彼の言葉に同意するように拳を上げている。
眼が意欲と夢に、希望に溢れている。
私は確信する。
この街は大丈夫だ。
きっと蘇るだろう。
領主様が言う通り、活気ある港町へと。
その日は夜が更けても、港町の人達は料理の味と、自分達の未来を希望を、噛みしめていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます