第16話

 喉が痛むほど乾燥し、鼻の奥まで干からびている。外套は丸められてどかされて、抱え込んでいた短剣は玉座の下に落ちていた。

 汗で張り付く髪を掻き分ける。雨の降る、夢を見ていた気がするが、記憶はまるで砂のように脆く儚く、消え去っていた。

 玉座の上で体勢を変える。思う以上に寝ていたらしい。太陽が地平の彼方に消えつつあった。玉座から意地でも降りようとはせずに、手を伸ばしてナイフと赤い果実を取った。

 果汁が飛び散り刃が刺さる。ミツキの頬へと飛び散って、西日を受けて紅く輝く。力任せに柄を捩じる。繰り返す度に音を立て、赤い果実が二つに割れた。

 甘い汁で手を濡らしながら貪り食べる。ワイバーンの尾をひっつかみ、断面の汚れを切り落とす。鱗に刃を引っ掛けながら皮を裂くと、残りは素手ではぎ取った。骨と一緒に噛み千切り、口の中で分離する。巨大な脊椎を舌で転がし、勢いをつけて吐き出す。骨は音を立てて弾み、影の中に転がっていく。行く先なんて気にも留めず、食欲のまま食べ散らかした。

 一本すべてを食べつくし、ようやく満たされ息を吐く。

 真横から射す赤い日差しが、砂漠の城を突き抜ける。黄昏の風が静かに吹き込むと、絨毯の砂を取り去った。

 中庭の石碑が日差しを受けて輝き、赤い紋を投射する。それはまさしく玉座から綺麗に見えるよう計算されているようだ。

 睨みを効かせる狼の頭部を模した紋章で、背後には陽光を現す模様が描かれている。赤い狼の象徴に好奇心が暴れ出す。ブーツを履いて碑に近づくと、寄りかかって座りこむ、白骨死体に目を向けた。

 金の指輪を左手に、右手は膝に乗せた銀のティアラに添えられている。尾の無い所を見てみるに、竜人族や獣人族、ドレイクなどでは無さそうだ。普通の白い骨ならば、レプリカントも除外される。ミツキと大差ない体格であるために、ハーフリングや、蛮族のドワーフも違う。残るは人間、もしくはウィザードとなるが時代によってはエルフの線も残っていた。

 石碑に付いた砂を払う。狼の頭部を模したレリーフが西日を浴びて、ハッキリと浮かびあがっていた。

 碑に刻まれた文字に気づく。

 共通語に似て非なるもので、見慣れぬ文法を用いていた。思うに共通語の古語だろう。読めるが時間は掛かりそうだ。ミツキは文字に指先で触れながら、滞りなく読めるまで何度も何度も繰り返した。

「愛する者の為に砂の狼と成りし王。砂漠と共に永久となれ」

 太陽は地平に沈み、空は紺に染まっている。

 石碑に寄り添う骸に視線を投げかけ目を閉ざす。再び目を開けた時、小さな炎が空中で揺らぎ、柔らかな光を放っていた。

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