第四部 最終話 暗躍



 首都から北部に十数キロ離れた中都市、舵弘。


 かつて宗次郎が暮らしていた遭橋市と同じく、首都大京と期待の大都市北都を結ぶ中継都市として栄えた歴史を持つ。夏になると避暑地である北部に向かう観光客でごったがえす。幹線道路には車が走り、土産屋には多くの人が立ち寄る。


 にぎわう街角にそびえる、小さな宿。木造の建物からは過ぎ去った年月が独特の趣を醸し出しているが、人気は驚くほどない。


 そこへ二人組が入っていった。両者ともフードを深くまで被り、目元を隠している。


 みるからにあやしい格好であるのに、店主は一瞥しただけで何も言わない。中へ入るのも止めもしない。


 それどころか銀色の鍵を渡す始末。


 二人は無人の廊下を音を立てずに歩く。受け取った鍵で一階の角部屋に入る。


 箪笥を開き、荷物を中に入れる━━━ようなことはせず、いきなり押し入れを開いて下段の中にあった布団を全て外に出す。


 押し入れの床は何の変哲もない。ただの木の板だ。触り心地も普通。


 そこへ、男は少量の波動を流し込む。


 傍目からでは不可思議な行動だ。木材は金属ほど波動との親和性は高くない。少量の波動を流し込んだところで何がどうなるわけでもない。


 だが。


 カチリ、と床下から音が鳴った。


 床に下にある装置が作動し、木の床が移動し、階段が現れる。


「おい」


 押し入れの中で四つん這いになっていた男が脇によけ、少女に先に入るように促す。


 少女は何も言わず、コクリと頷いて階段を降りる。狭いがギリギリ立って降りれるので、ホッとしたように息を吐いた。


 やがて降り切ると、地下の空間に出た。


 薄暗い洞窟を進んだ先にある終点のような、広い丸型の空間。ところどころ露出した岩のゴツゴツした模様は何か意味があるように思える。


「ヨォ、遅かったじゃねぇか」


 うヒヒ、と不気味な笑い声が天井から響く。


「全くよ。呼び出しておいた本人が遅刻ってあんまりじゃない?」


 高圧的な女性の声は正面から。


「まあまあ。はっくんもわざとじゃないから」


「甘やかすんじゃあねぇ! んなだからこいつがつけ上がっちまうだろうが!」


「おめーらうるせーよ」


 ガヤガヤとうるさくなってきた洞窟内を一括するように、入ってきた男は気だるげに声を張り上げる。


「やることやって戻ってきたんだ。数分の遅刻ぐらい見逃せよ」


「ほう」


 場の空気を引き締める、鋭い声の主が地面に着地する。


 かなり大柄な男だ。同じく目元までフードで覆っているが、いかつい雰囲気は全く隠しきれていない。


「例のブツは?」


「こちらに」


 男が少女を足で小突く。


 あまりに乱暴、横暴な態度なのに誰も何も言わない。小突かれた少女ですら。


 少女はフードの下に隠していた箱を取り出した。 


 大きさは少女の頭より一回り大きい。何より特徴的なのは箱にしこたま貼られた封印の波動符だ。まるで恐怖から目を背けるように。自らの失敗を無かったことにするように。必要以上に貼られている。


「どうぞ」


「ありがとう」


 少女が差し出した箱を、大柄な男は片手で握りしめた。


「ご苦労。最低限の仕事は果たせたわけだ」


「半分は俺のせいじゃねえっすよ。あの女、ちゃんと仕事してるように見えて最後の最後に私情に走りやがった」


 ちっと舌打ちする男。少女がビクッと反応するが、自分に対して怒りが向けられていないことにほっとしていた。


「だが、残りはお前の詰めが甘かったからだろう?」


 今回の作戦における真の目的は、学院内に保管されていた箱の回収にあった。そのために学院内で事件を起こし、卒業試験に乗じて信徒を攻め込ませた。


 結果、目的の箱こそ回収できたものの、信徒の全てが捕らえられてしまった。本来なら侵入させた信徒の半分は生還させる手筈だった。


「っ、わかってますよ!」


 指摘された男の全身から怒りが迸り、肩が尋常じゃないほど震える。


「今回は引き分けだ! あいつに二度も負けてたまるか!!」


「……やれやれ」


 大柄な男はため息をついて、怒りが鎮まったタイミングで箱をしまった。


「ともかく、作戦は完了だ。天修羅の首は手に入った。作戦は次の段階へと移行す流。お前たちにも動いてもらうぞ」


 闇の中で満足げに頷く、無数の人影。


 それらは笑っているようにも見えるし、歓喜に震えているようにも見える。


 嵐はその予兆を地に潜ませ、いよいよ動き出す。

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