第四部 第七十八話 決着その三

 天主極楽教の信徒が侵入したのは訓練区画の外壁部だ。そこから学舎区画へ向け向かった。


 ゆえに研究区画は他のどの区画よりも安全。


 なはずだった。


「全員、そろっているな」


 白衣を着た男性が後ろにたたずむ仲間数名に語り掛ける。


 彼らは研究員だ。この研究区画に配置された無数の研究所。ある者は波動の属性を、あるものは金属の波動伝導率を、ある者は波動具の開発に勤めている。


 そう。


 外部からの侵入に合わせ、すでに内部にいた天主極楽教の信徒たちも動き出していたのだ。


「状況はどうだ?」


「学生たちの反抗が想定より激しく、苦戦しているようです」


「……よし」


 男は身震いする。


 研究員であるため戦闘力は低いが、腐っても波動師だ。放置していいものではない。


 だが誰も気づかない。誰もが外部からの侵入者に目が行っているこの状況では、完全にフリーだ。


 だからこそ、できることがある。


「俺たちも動くぞ」


「しかし、何をすれば……」


「心配するな。逆転の手はある。学生たちの動きを止める手が━━━」


 ブルリ、と体が震える。


 悪寒が走ったと思ったが、すぐに違うとわかった。


 実際に空気の温度が低下しているのだ。


 今は八月。夜であっても鬱陶しいくらいの湿気と気温で汗が出るほどなのに。


 思わず自身の肩を両手で抱き締めてしまう寒さ。自分以外のメンバーもはをガチガチ言わせている。


「ねぇ」


 そこへ響く、魂まで凍りつくような冷たい声。


「聞かせてちょうだい」


 ゆっくり、少しだけ稼働する首を声のする方へ、後ろへと向ける。


「その逆転の手って、何かしら?」


「っ!」


 後ろにいる人間が誰か悟った瞬間、男は自らの作戦が失敗に終わったと確信した。


「もしかしてだけど」


 男の作戦、というより天主極楽教の上層部から伝えられた作戦は実にシンプル。


 人質を取る、だ。


 この学院内、否、研究区画にいる人間の中で人質になりうる人間など一人しかいない。


「私の妹に手を出そうとしていたのなら━━━」


 甘かった。


 認識がただただ甘かった。


 人質をとればなんとかなると思っていた。


 故に、人質になりうる人間が目の前の彼女にとって命よりも大切であり、狙おうものなら命をかける必要があるという意識が抜けていた。


「殺すわ」


「うっ!」


 男ともども、研究員全員が床に倒れ伏す。


 目の前の女性はただ波動を放っただけだ。属性の変化を使用したわけでも、剣を振るったわけでもない。


 ただ生まれ持った圧倒的な波動で研究員たちを威圧しただけだ。


 ━━━これが、第二王女かっ……。


 男の意識は完全に途切れた。







 燈は倒した研究員に目もくれず、眞姫のいる研究所へと急いだ。


 里奈は襲撃に対して驚いていた。燈の予想とは異なり、里奈は天主極楽教と関係がなかった。


 だが、


「皇燈殿下。穂積舞友の身柄は預かった。返してほしければ日付が変わってから一二学舎の三〇一に非武装で来られたし。指示に従わない、もしくは中身を口外した場合、皇眞姫の命はない」


 燈にこの手紙を送った以上、眞姫を襲撃する手を考えていたのは明白だ。


 急がなければならない。


 研究区画に信徒は侵入していないが、内通者がいる以上もう襲われていてもおかしくない。


 活強を使い、脚力を限界まで強化して夜の研究区画を駆ける。


「っ!」


 やがて眞姫がいる研究所へと辿り着いた燈は息を呑む。


 静かだ。学院内で起きている戦闘などまるで内容に、音も、気配もまるで感じない。


 まだ信徒も内通者も来ていないのか、あるいは━━━


「っ!」


 頭によぎった嫌な想像を振り払うように、走り出す。


 すると、


「うわああああああああ!」


 廊下に入ってすぐ、聞きなれない男の悲鳴がした。


 慌ててそちらに向かうと、そこには、


「はぁっ!」


「ぐええ」


 清尾に吹き飛ばされ伸びている研究員たち。さらに、


「どうどう。もう大丈夫なので、落ち着いてくださいねー」


 いつもの調子で動物たちに語りかける眞姫の姿があった。


 シカやヒツジたちがボディガードのように眞姫の周囲を固め、虎や熊などの大型の肉食動物は研究員たちを踏みつけている。


 視界にいきなり飛び込んできた驚愕の光景に、燈の口が開きっぱなしになる。


「あ、姉様!」


 燈に気づいた眞姫が嬉しそうに声をあげ、この場にいる人間と動物の視線が一斉にこちらを向く。


「燈様、お越しいただきありがとうございます」


「清尾、状況は?」


「侵入してきた賊は全て倒しました。眞姫殿下がお手伝いいただいたおかげです」


「眞姫が……」


「私じゃありません。みんなのおかげです」


 車椅子を押す眞姫に付き従う動物たち。


 その姿はまさしく、民衆を導く王のようであった。


「眞姫……」


 その成長ぶりに、燈は顔を綻ばせたのだった。




 

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