第四章 第七十四話 追いかけて

 高圧水流。


 ダイヤモンドすら切り裂くと言われているそれを、宗次郎は咄嗟に上体を逸らすことで躱す。


「っ!」


 宗次郎の鼻の上をシュッという疾走音が響く。


 すぐに体勢を整えようとするも、その隙を見逃す正武家ではない。波動刀を引き抜いて宗次郎に迫る。


 天斬剣での防御は間に合わない。


 そう頭で判断するよりさきに、宗次郎の体は動いた。


「はぁっ!」


 波動を噴火のごとく爆発させる。その凄まじい勢いに、宗次郎に斬りかかろうとした正武家は吹き飛ばされる。


 波動の活性化は精神感応をかけられたときの対処法だ。相手が自身に流し込んできた波動を力ずくで押し出す荒技。仕掛けられると警戒していただけに、今回は功を奏した。


「くっ!」


「先生!」


 ぶつかり合う波動刀。飛び散る火花。


「なぜですか!?」


「ふん」


 正武家は必至な宗次郎を鼻で笑い、波動刀をずらして力をいなす。体重を前にかけていたせいで転びかける宗次郎の腹に膝をたたき込んだ。


「ごはっ!」


「愚か者。敵に情けを駆けるやつがあるか。迅速に逮捕することだけを考えろ」


 うずくまる宗次郎にそう言い残し、正武家は走り出す。


「ま、待て!」


 懐から波動符を取り出し、投げつける。その数四枚。刻印された波動の光が黄金の光を放ち、闇を駆ける。


 一瞬だけ背後を振り返り、正武家は放たれた波動符をすべて躱す。


 外れた?



 否。



 わざと外したのだ。


「空刀の肆 空移し!」


 外れた波動符の内、正武家に最も近いものと宗次郎の位置をそっくりそのまま入れ替える。


 空刀の肆 空移し。空間を操る波動により、空間ごと位置を入れ替える。


 一瞬よりもさらに短い、瞬間移動。まして正武家から見れば背後にいた宗次郎が突如目の前に現れたのだ。信じられないと目を見開く。


「なっ!」


「らぁっ!」


 天斬剣を横薙ぎに振るうもすんでのところで躱される。正武家は走る勢いをそのままに前転したのだ。


 そのまま活強を使い逃げようとする正武家に対して宗次郎は追撃を試みる。


「時刀の壱 時繰り!」


 体内時間を加速させ、動きそのものを加速させる。活強より波動の消費は大きく身体にかかる負担は大きいが、その分素早く動ける。あっという間に追いついた宗次郎はそのまま天斬剣で斬りかかる。


「ぐッ! はっ! ぬっ!」


 繰り出される連撃を正武家はかろうじて防ぐも、六合目で弾き飛ばされた。


 五合打ち合ったところで、宗次郎は振り上げた状態で一瞬力を貯めたのだ。


 一瞬停止する金の閃光。正武家の防御は間に合うものの、連撃により体勢は崩れたまま。ため込んだ力までは受け止めきれない。


「ぐううっ!」


 茂みを超え、壁にしこたま背中を打ち付ける正武家。肺から呼吸があふれ、視界が点滅している。


「はぁ……」


 手ごたえがあった宗次郎は茂みをまたいでゆっくり近づく。


「ふふ、さすがに強いな。疲弊していてそれか」


「……」


 正武家のいう通り。朝からぶっ続けで試験を受け、更に実戦をこなした疲労がたまっている。


 それ以上に、正武家が天主極楽教と内通していた事実が精神に重くのしかかっている。宗次郎にとってはこちらのほうが何倍もきつい。


「だが甘い!」


「うっ!」


 地面にへたり込んでいた正武家は握りしめていた土をぶちまけた。


 とっさにひるんだおかげで土は被らずに済んだが、同時にガラスの割れる音が聞こえた。


「くそッ!」


 逃げられた。


 宗次郎は割れた窓から建物内に侵入した。

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