第四章 第三十七話 皇眞姫
眞姫と出会った宗次郎は車椅子を押しながら植物園の中を進む。
太陽光を受けて緑が美しい光を跳ね返している。時々飛ぶ蝶も色鮮やかだ。
「なぜ俺を呼んだのか、聞いても?」
「ふふ、お話がしたかったからです」
何がおかしいのか、眞姫はとても楽しそうだ。
「だから抜け道を使わせてしまいました。狭かったでしょう?」
「いえいえ、ちょっとした冒険のようでワクワクしました」
━━━あれはきっと、脱出経路なんだろうな。
空洞は道路から見て裏側にある。回り込んでみなければ絶対に気づかないようになっていた。
そしてこちら側は植物に覆われて非常にわかりにくい場所にある。何者かの襲撃があった際、足の悪い眞姫でも這って逃げられるようにあんな造りになっているのだろう。
「おっと」
ブゥン、と音を立ててミツバチが近くを通り、思わず顔をのけぞらせる宗次郎。
「まぁ」
「……おぉ」
対して眞姫はあまり驚くことなく、逆に手をかざした。すると驚くべきことに、蜂が手に止まったのだ。
「怖くないんですか?」
「お友達ですから」
「友達?」
「はい。みんなお友達です」
するとどうしたことか。
植物の影からさまざまな動物がぞろぞろとやってきた。
犬、猫といった街でよく見かけるもだけではない。
シカやヒツジ、馬、さらには、
「く、熊に虎まで……」
大型の肉食動物までこちらに向かって歩いてくる。
「私、彼らと会話ができるんです」
まるで我が子のように愛おしく蜂を撫でながら眞姫はあっさりと言ってのけた。
「私の波動は特殊なんですって。動植物と意思の疎通ができる腕を買われて、ここに住まわせてもらっているんです」
「すごい能力をお持ちなんですね」
「ふふ、ありがとうございます」
眞姫はお世辞を言われたと思っているかもしれないが、宗次郎は本気で感心していた。
眞姫はきっと、属性変化や活強が苦手、もしくは全く才能がない。その代わりに、波動の源である精神に働きかけられるのだ。王族ゆえに波動の総量も平均よりずっと上であるし、この能力は稀有だ。
何より、
━━━大地のやつと同じ能力、か。
それがちょっと嬉しかった。
眞姫と一緒に動物たちに挨拶し、時に撫でさせてもらってから、宗次郎たちはその場を離れた。
━━━虎とか熊をあんなに近くで見たの、初めてだな。
そうしているうちに、木造の建物が見えてきた。植物園を見渡せるような縁側がある。
「お待ちしておりました」
待っていたのは、宗次郎に空洞を通るよう指示した清尾だった。
「宗次郎様、殿下を連れていただきありがとうございます。以降は私が」
「はい」
宗次郎は一歩下がって清尾に車椅子を譲る。
「殿下。お茶会の準備はできております」
「ありがとう、陽子さん」
「お茶会、ですか?」
「はい。……もしかして都合が悪いでしょうか」
「いえいえ、そんなことは」
せっかくのお誘いだ。断る選択肢はない。
異大陸から持ち込まれたと思しきテーブルの上に茶器と和菓子が並んでいる。この組み合わせは違和感があるが、車椅子に乗る眞姫に座布団は座りずらいだろう。
そう納得して宗次郎はテーブルを挟んで眞姫と一緒に座る。
「改めまして、皇王国第五王女の皇眞姫です。姉がお世話になっています」
「いえいえ、こちらこそ。燈の剣になった穂積宗次郎です。宗次郎とお呼びください」
「私も眞姫で結構ですよ。お姉さまの剣ですもの」
互いにペコリと頭を下げる眞姫と宗次郎。
━━━本当に礼儀正しい女の子だな。
言葉の一つ一つが癒しを与えるような、リラックスさせてくれるような力がある。
「こうしてお会いするとは思いませんでした。てっきり燈が紹介してくれると」
「そうですね。私も会わせて欲しいってお願いしたんですけど、忙しいみたいで。なので、こっそり来てもらうことにしました」
えへへ、と悪戯っぽく笑う眞姫。
可愛い。宗次郎は気持ちを誤魔化すように茶器を口に運んだ。
「それで、私に何の用でしょうか?」
「お話がしたかったのです。二人きりで」
「二人きり、ですか」
つい宗次郎はおうむ返しに聞いてしまう。
そう言われるとつい緊張してしまう。
「お姉さまの剣になった人がどんな人なのか。気になったんです。私も含めて、周りはお姉さまが剣を選ぶなんて思っていなかったんです」
”剣なしの姫君”
かつての燈の別称だ。王位継承権を持つ王族が自身の最も信頼する者に与える称号が、剣。燈はそれを選ばないようにしていた。一人でも偉大な王になれる、そう考えていた。
「だからお姉さまが剣を選ばれたって聞いたとき、本当に驚きました。でも、今は確信しているんです。宗次郎さんがお姉さまの剣になってくれて、本当によかったって」
眞姫は優しく微笑んだ。
「この学院で再開したお姉さまは穏やかになっていました。ずっと前、まだお母様が存命だった頃のように。優しくて、かっこいいお姉さまが戻ったのは、宗次郎さんのおかげです」
泣きそうな、それでいて嬉しそうな顔をしている眞姫。
「本当に、ありがとうございます」
「……」
確かに燈は変わった。初対面の頃に比べたら別人みたいに。
それが自分のおかげだとしたら、宗次郎にとっては嬉しくもあり、誇らしくもある。
なぜなら、
「俺も同じです。燈に出会ったおかげで、俺も変わることができましたから」
力を取り戻した。記憶を取り戻した。自分が何者であるか、自分の夢、願い、その全てがあるのは、燈のおかげだ。
「今の俺があるのは、燈のおかげなんです」
「支えあっているのですね、お姉さまと宗次郎さんは」
微笑む眞姫にそういわれると、少し恥ずかしい。自分の顔が赤くなっていると自覚するほど頬に熱を感じた。
「ふふ、やっぱりお姉さまがいなくて正解ですね」
「そうですね」
それから宗次郎と眞姫はお茶をたしなみつつ世間話に興じた。
内容は学院で過ごすいつもの日常。この植物園から出る機会が少ない眞姫にとっては新鮮らしく、とてもうれしそうにしてくれたのが印象的だった。
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