第四章 第十三話 幕間 不穏

 

 人間二人が向かい合っていた。


「……」


「お願い、お願いします」


 向かい合う二人のうち、一人がもう一人に縋り付いている。


 縋り付いているのはその声から女だとわかる。尋常ではない必死さを内包していた。今にも泣き出しそうですらある。


 薄暗い部屋には他に誰もない。もし誰かが部屋の扉を開けたら、いったい何事かと思うだろう。


 それほどに、異様な光景だった。


「どうか、どうか……」


「いいよ」


 たったままの人影が慈悲を与えるような優しい声で、縋り付いているもう女性に手をかざした。


「おやすみ」


 その一言で、縋り付いていた女性はびくりと体を震わせた。


 そして、倒れる。


「おや」


 人影は倒れた女性を抱え、そっと床に寝かせた。


「良い夢を」


 長い黒髪を撫でる人影。


「ふふっ」


 素晴らしい、と人影はほくそ笑む。


 倒れた女性は、本当に、ただ眠っているだけだ。呼吸もし、それに合わせて胸も上下している。


「……」


 人影は音を立てずに立ち上がり、女性を置いて闇へと消える。


 使命は終わった。あとは彼女だけの時間だ。 


 先ほどまであんなに必死だったのに、女性の寝顔は実に安らか。


 まさに夢見心地だ。


 そう、女性は今、夢を見ている。


 幸せな夢を。


 現実では叶うことのない幸福を掴むために、彼女は眠り続ける。


 目が覚めるその時まで。




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