第四章 第十一話 歓迎 その2
「ささ、こちらに座ってくれ。朱里、お茶を人数分用意してくれないか?」
「わかりました」
小柄な女の子が給湯室に消えていくと同時に、宗次郎たちは椅子に腰を下ろした。
突然の爆発音に驚いた宗次郎も落ち着きを取り戻し、部屋を見渡す。
生徒会の執務室は学院長の部屋とまではいかなくとも、高級感にあふれていた。黒く塗られた木製の床に、漆喰が塗られた壁がよく似合っている。来客用のスペースはないが、宗次郎たちが座っている椅子も、その他木製の家具にも細やかな装飾が施されている。きちんと磨き込まれており、年季によるくすみは重厚感を醸し出していた。
「さて」
十人近く並べそうな長い机の真ん中に金髪の男子生徒が座り、突然頭を下げた。
「皇燈第二王女殿下、先日はご挨拶もできずに申し訳ありません」
「……気にしていないわ。来るのが遅れたのは私たちの責任ですもの」
若干驚いた様子の燈がそう言うと、金髪の男子生徒は頭を上げた。
「感謝します。それでは、こちらの挨拶から始めようかな」
宗次郎は視線を向けられ、なおかつウインクをされる。
「俺が三塔学院の生徒会会長を務めている角掛明だ」
角掛会長は立てた親指で自身を指さした。
「で、こちらが生徒会副会長を務めている数納里奈だ」
「よろしく」
角掛会長の隣で爆発音を嗜めていた少女が頭を下げた。
紫がかった黒髪は背中まで伸びている。頭に髪飾りをつけており、おでこが露出していた。掛られているメガネに縁はなく、黒目がはっきり見えていた。
しっかりしていそうだ人だった。もっとも、隣に座る生徒会長に振り回されていそうだと宗次郎は思った。
「会計の門之園憙嗣」
「ども」
短髪でガタイのいい男子生徒が会釈する。
「書記の━━━」
「会長、私の紹介はいいです」
ツン、と冷気を放つような言い方で舞友が角掛会長の言葉を止める。
「そうか。で、こちらがもう一人の会計、門之園朱里。憙嗣の妹だね」
「初めまして」
お茶を配り終わった小柄な女子生徒がペコリとお辞儀した。
「以上が生徒会のメンバーになる。これからよろしく頼むよ」
「ありがとうございます」
宗次郎は立ち上がった。
向こうの挨拶が済んだのなら、次はこちらの番だ。
「穂積宗次郎です。本日からここでお世話になります」
ぱちぱちぱち、と生徒会の面々から拍手が上がる。
会長である、角掛を除いて。
「硬い。硬いぜ宗次郎。君はお客様じゃない。もうこの学院の一員なんだ。そんなにかしこまらなくても平気さ。俺のことも気さくにツノ、もしくはアッキーと呼んでくれ」
「は、はぁ」
宗次郎は苦笑いを浮かべ、角掛会長に促されるまま椅子に腰を下ろす。
初対面の人間にここまで気さくに話しかけられたのは初めてだった。玄静も馴れ馴れしかったが、あちらと違って気怠げな物言いではない。明るくて朗らかだ。
「会長。無駄話はそこまでにしてください」
「な? こんなふうに硬いと眉間に皺ができちゃうのさ」
「会長!」
「はっはっは」
いじられた数納副会長がメガネの奥でますます皺を寄せている。
二人の様子に朱里は苦笑いし、憙嗣は小さくため息をついていた。
どうやらこれがいつもの生徒会の光景らしい。
━━━若いなぁ。
宗次郎とそう年は違わないはずなのだが、宗次郎はどこか壁を感じずにはいられなかった。
「明。第二王女の前だぞ。少しは慎め」
「いいじゃないか、ツグ。俺はただ宗次郎に楽しい学園生活を送って欲しいだけさ。どこか緊張しているみたいだし、ね」
角掛会長は視線を憙嗣から離し、その奥にいる舞友に向けた。
━━━もしかして、バレたのか?
宗次郎の背後に冷や汗が伝うと、角掛会長が宗次郎にウインクする。
━━━さすがは生徒会長、ってことなのかな。
出会って数分もたたないうちに、兄妹の仲がギクシャクしていると看破する洞察力。それとなく宗次郎を元気付けると同時に、視線を向けても憙嗣のガタイがあるから舞友に気付かせない気遣い。
明るい性格、周りを振り回す行動力だけではない繊細な立ち回りができる男なのだ。宗次郎はそう認識した。
━━━そうだよ、角掛っていえば確か……。
宗次郎は記憶の糸を手繰り寄せる。
角掛。数納。門之園。どれも王城に向かうにあたり目を通した要人たちの資料の名前にあった。大陸各地に領地を持ち、国政に関わっている貴族たちだ。
三塔学院は波動師を育成するための教育機関。しかし、優秀な波動師の才能を持つ者は貴族が多い。となれば必然、貴族として権力を持つものが三塔学院においても成績を残す。
目の前にいる生徒会のメンバーはまさに三塔学院の現状を表していると言えた。
「さて」
おほん、と咳払いをして会長は空気を引き締める。
「宗次郎は八月に行われる試験を受けるために来た。で、合ってるかな?」
「そうです」
「そうかそうか」
うんうんと頷いて、
「実はね、俺たちも八月の卒寮試験を受けるんだよ」
奇遇だね。と笑う角掛会長。
「全員、ですか?」
「いや、流石に全員じゃないよ。な、里奈」
「はい。私と朱里は引き継ぎのために残るんです」
どうやら舞友と副会長である数納里奈、会計の門之園朱里は試験を受けないようだ。
と、言うことは。
「舞友は受けないのか?」
「私は三月の試験を受け、飛び級で卒業する予定です。さすがに生徒会のメンバーが一斉に卒業すると引き継ぎに支障が出ますから」
咎めるような鋭い声を出す舞友に、宗次郎はたじろぐよりもむしろ感心していた。
舞友はの年齢は今年で十七。本来は一八で卒業するので、飛び級で卒業するつもりらしい。
━━━舞友……。
父が死に、穂積家は地位を多少なりとも落としている。そんな中で舞友が生徒会のメンバーとして働き、飛び級するほど好成績を収めた。
それはきっと、彼女なりに努力を積み重ねてきたからに他ならない。
「そっか、頑張ったんだな……」
「当然です」
「あー、おほん」
舞友のツンツンした雰囲気を吹き飛ばすように、角掛会長が手を叩く。
「試験は絶対評価だから、ライバルとか気にしなくていいし。俺たちもできる限り協力する……と言いたいんだが」
ここで初めて角掛会長は笑みを消し、困ったように頭を掻いた。
「七月に体育祭があって、俺と憙嗣はそっちの準備にかかりきりになってしまう。そんなわけだから、何か困ったことがあったら舞友を頼ってくれ」
無論、空いている時間であれば俺たちを頼ってくれていいからな。と角掛会長は補足した。
「そうですね。お二人に比べれば時間はありますし」
ここで舞友は壁に立てかけられた時計に目を向けた。
「そろそろ一限が始まる時間では?」
「おっと、のんびりしてはいられないか」
時間はあと二十分で九時になろうとしている。どうやらそろそろ授業が始まるらしい。
「それじゃ、宗次郎。この学院を楽しんでくれよ。舞友。あとは任せるぞ」
「わかりました」
「殿下、失礼いたします」
角掛会長、数納副会長、門之園兄弟の四人が別れの挨拶をして、部屋を出て行く。
残された宗次郎たち。一瞬の沈黙を打ち破ったのは舞友だった。
「私たちの予定を説明しますね」
「……舞友は授業に出ないのか?」
「私、水曜日に授業は入れてないの」
宗次郎が話しかけても、やはり舞友の反応は刺々しい。手で触れようにも触れられぬ様に、次第に宗次郎もどう声をかけていいのかわからなくなる。
「まず、兄さんは生徒会棟で待機です。今日は制服を作るために体格を測ります。そのあとは━━━」
舞友は机の下から紙の束を取り出し机の上に置く。
「こちらの試験を受けていただきます」
「……試験?」
「今のレベルがわからないと授業も選択できませんし、卒業試験への対策も立てられませんから。入学試験と違って落とされることはないので、気軽に受けてください」
宗次郎は血の気が引いた。
紙の束はかなりの量だ。何せ机の上に置いたとき、どんと音を立てていたくらい。
━━━気軽? 今、気軽って言った?
喉まで言葉が出かかったが、聞き返すとまた舞友が不機嫌になりそうなので黙っておく。
「燈、おほん。燈殿下には兄さんに付き合ってもらいます。試験中は例の件について相談させてください」
「ありがとう」
舞友と燈が何か話しているが、じわじわと絶望感が膨れ上がる宗次郎の耳に入ってこない。
「森山。あなたには仕事をお願いするわ。内容はメールで伝えるので、それまで部屋で待機していて」
「わかりました」
「あ、兄さん」
「……」
「兄さん!」
「あぁ、悪い」
急に大声を出された宗次郎は我に返る。
「兄さんはここから出ないでくださいね。この前みたいに大騒ぎになるので」
「わかった。いつまでかかるんだ?」
「正式に入学の手続きを終えるまでです。なるべく早く終わらせるので……」
「わかった」
舞友が早めに手配してくれたおかげで宗次郎は今ここにいる。それに、どのみち勉学に励まなければならないことに変わりはないのだ。
━━━うし!
学院生活一日目だ。悔いのないように過ごそう。
宗次郎はそう決意した。
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