第四章 第九話 穂積家とは

 その夜、宗次郎は久しぶりに夢を見た。


 記憶を失っている間はしょっちゅう見ていたので、新鮮な気持ちになる。


 内容は妹と再会したせいか、家族に関するものだった。


 実家である穂積家は宗次郎自身が言うのもなんだが、平々凡々な貴族の家系だと思う。


 厳格な父に優しい母、引っ込み思案な妹。一般家庭でも普通にありそうな構成だ。


 夢の中で色々な思い出が駆け抜けていく。


 寝る前、母に絵本を読んでもらった記憶。外に遊びにいくとき、震える方で私も一緒に行きたいとせがんだ妹。


 そして、


「穂積家の一員として、恥ずかしくない振る舞いをするんだ!」


 という父の口癖。


 家にいるときはいつも何かに怒っているような、鋭い視線を向けていた父。常に家の繁栄を第一に考え、それ以外の事柄には目もくれなかった。


 はっきり言って、宗次郎は父親が好きではなかった。


 父の根底に怯えがあることをわかっていたのだ。


 幼い頃は父が何に怯えているのか、なぜ家がそんなに大事なのか、さっぱり理解できなかった。ただただカッコ悪く見えていたのだ。


 今は違う。


「家族、か」


 夢から覚めた宗次郎は灰色の天井を見上げてぽつりと呟いた。


 記憶の治療中、宗次郎は穂積家の歴史に触れる機会があった。宗次郎の祖父が遺した日記を見つけたのだ。


 日記によると、宗次郎の曽祖父にあたるご先祖さまが波動師として活躍し、仕えていた大貴族から領地をもらったことがきっかけなのだそうだ。


 四代しか続いていない、ありふれた中級の貴族。玄静の実家、六大貴族の一角を担う雲丹亀家とは比較にならないほど弱小だ。


 そんな穂積家も、かつて一度だけ家が断絶する危機があった。


 宗次郎の祖父が当主だった頃、穂積家に領地を与えた大貴族が失脚したのだ。


 大貴族の領地は没収された。合わせて、付き従っていた中級、下級の貴族たちも同様に。


 では、なぜ穂積家の領地は没収されなかったのか。


 答えは簡単。


 偶然だ。


 たまたま穂積家の領地が隣の大貴族の領地との境目になっていたので、家ごと領地を吸収してもらったのだ。


 偶然拾った幸運に甘んじることなく、祖父と父は穂積家の存続のために尽力した。


 特に父は自身を鍛え、次の当主となり、新たな主に忠誠を尽くした。


 そのおかげで穂積家の領地は少しづつ増えていき、発言権も増していった。


 こうして穂積家は取り潰されることはなかった。


 めでたしめでたし。


 とはいえ、無傷だったわけではない。


 当時幼かった宗次郎の父に深い傷を残したのだ。


「穂積家の一員として、恥ずかしくない振る舞いをするんだ!」


 その発言の真意。今なら共感はできなくても理解はできる。 


 家がなくなる。領地がなくなる。死刑宣告にも等しい絶望と恐怖は父の人生そのものを変えてしまったのだ、と。


 自分を、ひいては家族を守るため、父は必死だったのだ。


 だからこそ、宗次郎に類い稀なる波動の才能があると知った時は大変喜んでいいた。


 これで穂積家も安泰だと、そう思っていのだろう。


「……」


 時計を見れば七時半。確か、八時に下に降りろとの指示だったはずだ。


 宗次郎は重たい体を起こし、朝の支度を始めた。



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