第二部 第二十一話 陸震杖の力 その3

 壕は口が悪かった。頭が良すぎるせいか、正論をズバズバ並べ立てて相手を追い立てる。そのせいで前にいた部隊では完全に孤立していた。




 大地の部隊に来ても仲間とよく口喧嘩をし、大地は周囲から『なぜあんな奴を部隊に入れた?』と詰め寄られたほどだった。




 そんな壕の評価が一変したのは、多大な戦果を挙げた戦いがあったからだ。




「壕が仲間になってすぐ、多田羅山脈たたらさんみゃく一橋いちのはしから救援要請があった。王国記には載ってるかな」




「初耳ね。何があったの?」




 多田羅山脈は波動刀や波動杖の原料となる鉱物が豊富に産出される。対妖の戦闘においては重要な戦闘拠点の一つとなっていた。




「妖の集団が迫っていると知らせがあって、大地は防衛の任を受けた。ところが妖の総数は大地の予想を超え、戦力差は倍近く。さらに集団を二つに分けて波状攻撃を仕掛けようとしていた。俺たちは一つの集団に対応するのが関の山だったんだ」




 妖の総数はざっと七千。対して我が軍は一万だった。通常、妖一体を倒すには、波動師は少なくとも三人は必要だ。自軍より数で勝る妖と戦闘するのは自殺行為でしかない。




「途方に暮れていると壕が言うんだよ。『妖の集団を一つ、丸ごと叩き潰す策がございます』ってさ。俺も含めてみんな非難したよ。新参者のくせにでしゃばるな、そんな都合のいい策があるわけがないってさ」




 それでも一応聞いてみようと大地の判断で、壕の作戦に耳を傾けた。




「まず壕は、山脈に沿って進んでくる妖たちに対して、先行する集団との接敵地点を定めた。そして軍を三つに分け、大地、宗次郎、壕が隊を率いる将としたんだ」




「敵より数が少ないのに、自軍を三つに分けるなんて大した度胸ね」




「全くだ。不安で仕方がなかったよ」




 未来から来た宗次郎は壕が優秀な軍師であると分かっていたが、それでも内心こいつは本当に大丈夫なのかと思案した。




「壕は三つに分けた隊にそれぞれ指示を下した。




 壕たちの部隊は全て術士、遠距離攻撃が得意なメンバーで構成されたいた。彼らは接敵地点の後方に一キロほど離れた山の斜面に波動符を設置する。




 大地の部隊は八咫烏で構成され、最も数が多かった。彼らは接敵地点と壕たちがいる地点の真下、山脈の麓までの間に罠を仕掛ける。仕掛け方として、接敵地点に重点的に仕掛けるようにする。




 宗次郎の部隊は三つの隊の中で最も数が少ないが、精鋭で構成されていた。彼らは大地の部隊と離れ、大きく迂回して妖の第二集団の背後に付くように移動する。合図があるまで敵に気付かれないようにと壕から念を押されていた。




「それで、どうなったの?」




 少しだけ興奮気味になっている燈に急かされて続きを話す。




「正午過ぎ、作戦が開始された。まず大地の部隊が先攻する妖の集団と接敵し、小競り合い程度の戦闘を起こして撤退する。そうすれば妖は大地の隊の後を追う。途中の罠で一定数が離脱するものの、お構いなしで突き進んでくる」




 別働隊として動いていた宗次郎は何があったのかを直接目にしていない。戦いが終わった後、仲間たちから何があったのかを聞いたので、淡々と説明する。




「それで?」




「大地たちは一定の距離を保ちつつ、罠が完全に切れたところで一気に距離をとったんだ。妖も罠が徐々に少なくなっていると気づき、さらに大地の部隊が距離をとったのに合わせて一気に移動速度を上げた。そして、先攻集団が加速の勢いに乗ったその瞬間━━━」




 宗次郎は大きく息を吸い込んだ。




「壕は波動術で大規模な土砂崩れを起こして、先攻する妖たちを壊滅させたんだ」




 後攻する妖のさらに後ろにいた宗次郎たちにも、土砂が崩れた影響による地面の揺れがはっきりと伝わってくるほどだった。




 化物の集団が流れ込んでくる土砂に、岩石に、大木に飲まれて消えていく光景はもはや痛快さを感じさせた。




「すごいわね。あえて寡兵をぶつけて撤退させて。さらには罠で意識を前に集中させたところで、上から奇襲攻撃を仕掛ける。単純そうに見えて考え込まれているわ。さすがは最高の軍師ね」




 この説明だけで作戦の真意を看破する燈も大概だ、と宗次郎は感心する。




「そうだな。壕の話じゃ、大雨が降っていた影響でそれほど波動を消費せずにできたことが大きかったらしい。事故に見せかけるっていう意味でもな」




 先攻集団の壊滅を受け、後攻する妖の集団は土砂崩れの現場に急行した。事態の把握と、まだ生きている仲間を救助するために。




 こうして残る後攻の妖のみと戦う構図になる。戦闘能力が匹敵する軍同士の戦いになり、ここでも壕の作戦が展開された。




 作戦段階その一。後攻の妖たちが土砂崩れが起きた地点まで来たところで、大地の部隊が側面から強襲を仕掛ける。土砂崩れで積もった土を迂回して、山脈の反対側から襲い掛かったのだ。




 作戦段階その二。大地の部隊に対処するために妖が陣形を敷き、山脈側に背を向けたところで壕たちの部隊が斜面から波動術による攻撃を仕掛ける。




 壕たちの攻撃は土砂崩れが人為的に起きたと思っていない妖たちの虚を付いた。まして背後から、それも高低差を利用しての遠距離攻撃は絶大な効果を発揮した。




 五大属性による波動術が空から降り注ぐ。荒ぶる炎が妖を焼き払い、吹き荒ぶ風が妖を切り裂き、濁流のような水が妖を押し流し、炸裂する雷が妖を貫き、雪崩のような土が妖を生き埋めにする。




 状況は明らかに不利。奇襲を受けて数を減らし、尚且つ山脈側と麓側から挟撃を仕掛けられれば勝ち目はない。鉱山側へ逃げようにも土砂崩れのせいで土の壁ができている。




 とすれば逃げ道は一つしかない。元来た道を戻るしか。




 しかしそれを許さぬ存在がいる。




 作戦段階その三。撤退をしようとする妖に、今まで背後にいた宗次郎達が鬨の声を上げて襲いかかる。数こそ少ないものの精鋭の集まりだ。いかに強大な妖でも、負傷を抱えたまま撤退しようとするところで襲われてはひとたまりもない。




「こうして妖の集団は三方を大地の軍に攻められて壊滅。対して大地の軍は損害が軽微。まさに完全勝利ってやつさ」




「……」


 燈は黙ったままだ。ゆっくりと頷き、感心しているように見える。




「衝撃だったよ。軍略があれば一方的な戦いになるんだって感動すらした」




 こうして壕は宗次郎を含め、大地たち全員から一目置かれるようになった。信頼を勝ち取ったのだ。




「で、俺はようやく壕に言われたことの意味に気づいたんだ」




 お前たちが強いのは認めるが、それだけだ。むしろそのせいで兵士が無駄に死んでいる。




 最初の怒りはどこかへ消えて、冷静になって考えればまさしくその通りだった。




「壕が加入するまでは俺を含め、仲間は脳筋だらけだった。小細工をせずに真正面からぶつかって、一体でも多く妖を倒すことばかり気にしていた。その陰で多くの仲間が犠牲になっていても、なんの疑問も抱かなかったんだ。戦いに勝っているからいいじゃないかってさ」




 妖と戦って多少の死人が出るのは仕方ない。当時は兵士を含め人々が妖に殺されるのは日常茶飯事だったので、感覚が完全に麻痺していた。




「俺の自惚れ、そして最小の損害で最大の成果を出すという考え方。そのふたつを、壕は実力を以って示してくれた。だから、感謝してる」




「……結構面白かったわ。宗次郎には語り部の才能があるのかもね」




「よせよ」




 茶化されて宗次郎は頬をかく。




 宗次郎としては自分の体験を語っただけだ。大したことはしていない。




「面白い話のお礼に私も一つ教えてあげる」




「何を?」




「玄静のこと。伝説の軍師である雲丹亀壕の子孫がどんな活躍をしたか、聞きたいでしょう?」




 宗次郎はゆっくりとうなずく。




 おそらく戦うであろう玄静の情報があるのなら、知っておきたいのが本音だった。




「私が天主極楽教の教主を捕らえた作戦は知っているでしょう」




「ああ。君が十二神将に選ばれるきっかけになったやつだろう」




 燈は二ヶ月以上前、テロリストである天主極楽教の教祖を捕らえ、組織に大打撃を与えた。その功績を称えられて最強の波動師集団、十二神将に選ばれたのだ。




「具体的に何があったか知ってる?」




「確か三つの拠点を同時に攻め込んだんだっけか」




 その作戦の折、かつて燈の目付役をしていた南練馬とテロリストの戦闘員だったシオンが奇跡的な再開を果たしたのが前の話だ。




「そう。実はね━━━」




 並んで歩いていた燈が宗次郎の前に立ち、真っ直ぐな瞳で見つめる。




「大まかな流れを考えたのは玄静なのよ」




「!」




 宗次郎の足が止まる。




「教主を捉えるには三つの拠点を同時に攻めるしかない。だから私は玄静に協力を依頼して、二人で作戦を考えたの。奇しくも雲丹亀壕と同じく、三つの部隊を動かす作戦をね」




「そうだったのか」




 陸震杖の使い手に恥じないだけの実力を玄静は秘めている。宗次郎は普段チャラチャラしている茶髪の男の認識を変え始めた。




「なら、どうして玄静は十二神将に選ばれていないんだ? 選ばれていないにしても、論功行賞で表彰されるレベルだろうに」




「作戦に参加していないから表彰されていないの。めんどくさいからやりたくないって。そこは壕と違うみたいね」




「らしいな」




 日頃から面倒だのやりたくないだのゴネている玄静を見ていると簡単に想像できた。




 ようやく宗次郎達が暮らしている宿舎が見えてくる。




「平和な時代になったってことかな」




 壕と手を組んでいたのは妖という共通の敵がいたからだ。もしいなかったら、皐月杯のような戦いで競い合ったのだろう。




 ━━━燈の言うとおり、これは楽しそうだな。




 術士と剣士。本来なら支えあう間柄。公式の大会で戦うなんて王国史上初の試みかもしれない。




 そう考えると、皐月杯へのやる気が湧いてくる宗次郎だった。


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