第一部 第二十六話 剣(つるぎ)なしの姫君 その1

 結局、巫女の力を借りて一斉に捜索してもシオンは見つけられなかった。

 

 宗次郎は傘を持ったかどたちを見送り、先日と同じように燈の手伝いに明け暮れた。人数が増えた分だけ報告の量も増え、昨日以上に忙しい一日を過ごした。


 ガラスに叩きつけられる雨とあらぶる風、たまに落ちる雷を背景音楽にしながら、宗次郎と燈は報告の内容を地図に記載していった。


 シオンの目撃情報はいくつか得られたが、天斬剣が盗まれてからの情報はほとんどなかった。


 地図に記載された丸印は市全体の八割に及んでいる。探していないのは役所や学校、市の外れくらいだ。


「はあ」


 疲れから、宗次郎はついため息を出した。


 天気の悪さに比例するように戻ってきた八咫烏たちの顔は暗い。いつも元気な森山にも目にクマができていた。


 夕食もどんよりした空気のまま終わり、いつものように作戦会議が開かれた。明日はついに宗次郎も捜索に加わることになった。


 宗次郎は明日の捜索担当地域を聞いて部屋に戻る。


「ふう」


 空気がしんどい。まるで葬式だ。初日に燈が高めた士気は無くなってしまったように思えるほどに。


「あと三日か」


 カレンダーには天斬剣献上の儀が行われる日付に印をつけてある。


 あと三日、正確には儀式の前に剣を回収しなければいけないので二日。タイムリミットは近づいている。


 もらった地図を見ると、宗次郎が捜索するのはこの別荘の近くだ。こんな目と鼻の先ににいるのかと疑ったが、別荘はもともと市のはずれにある。人が多くない分隠れるにはうってつけだ。


「ま、いざとなったら燈を呼ぼう」


 見つけられたとしてもシオンをどうにかできる実力はない。なら、別荘にいる練馬と燈に連絡をすればいい。捕まえるのはそれからでも━━━


「あ、そうだ。手錠」


 捕まえるには手錠が必要だ。以前燈との話にも出てきた、波動師を捕まえるための手錠を宗次郎はまだもらっていなかった。


 宗次郎は立ち上がって部屋を出た。廊下を進み、曲がろうとしたところで足を止める。


 角の向こうから会話が聞こえてきた。


「このままでは我々の面目は丸つぶれだぞ」


「……仕方あるまい」


 こっそりのぞくと、隊員である烏が二人、神妙な面持ちで会話をしていた。手に持っている盃には酒が入っているのだろう。その顔は若干赤く、食事の時より饒舌になっていた。


「どう考えても無茶だ。このまま天斬剣が見つからなければ儀式はおしまいだ。ここは恥を忍んでも、情報を公開し、屯所とんじょにいる仲間たちに協力を仰ぐべきだ」


「そうなっては敵の思う壺ではないか。大ごとになってしまう」


 話し声は雨にも負けず鮮明に聞こえてくる。どうもこの二人は燈の指揮に思うところがあるようだ。


「はあ……よりによってつるぎなしの姫君と運命を共にするのか。運がないなあ」


「バカ、殿下に聞かれたら殺されるぞ。もう寝ろ。明日に備えるんだ」


「ああ」


 背中から哀愁を漂わせながら二人の青烏は部屋へと消えていった。


 ━━━剣なしの姫君?


 聞きなれないワードに宗次郎は首をかしげる。


 おそらく燈を揶揄やゆしているのだろうとはなんとなく想像がつく。


 どこか見下したような表現に嫌な感覚を覚えながら、宗次郎は先ほど青烏たちがいた廊下を歩いた。


「おわっと」


「おや、申し訳ない」


 突然、扉が開いて中から練馬れんまが現れた。急な登場に宗次郎はつい情けない声を上げる。


 練馬は寝間着を着て、メガネを外していた。


「いえ、こちらこそすいません」


「気にしないでください。それよりこんな時間にどうしたのです?」


「ちょうどよかった。練馬さんは手錠を持ってますか。もらうの忘れちゃって」


「そうでしたか。中へどうぞ」


 促されるまま宗次郎は練馬に割り当てられた部屋に入る。作りは宗次郎のものとなんら変わらないので、真新しさは特にない。あるとすれば持ち込まれた大きなスーツケースくらいだ。練馬は中身を漁り、手錠を一つ取り出した。


「どうぞ」


「ありがとうございます」


 宗次郎は手渡された手錠をまじまじと観察する。手に取ると重い。普段見かけるどころか触ることなんてないので、ついいじってみたくなる。


「眠れないのですか?」


「……はい。緊張しているみたいで」


「でしょうね。人を探すのは疲れる仕事です。しかもこちらは、なぜ探しているのかを秘密にしたままにしなければならない。記憶を失っている宗次郎くんには大変な業務となるでしょう」


「何かアドバイスみたいなものはありませんか」


「そうですね…………自然体で会話しながらそれとなく聞きだす、でしょうか」


「わかりました。やってみます」


 素直に頷くと、練馬が慈しむような目で宗次郎を見ていた。たまに門が見せる面持ちにそっくりで、この二人は本当に似ているなと感じた。


「どうかしましたか?」


「ああ、申し訳ない。私にも兄弟がいるのですが、今の宗次郎くんのように素直な返事をしていまして、つい」


 そういって練馬は優しく目を細めた。


 同じく妹がいる宗次郎はより練馬に親近感が湧くと同時に、


 ━━━この人も裏切っている可能性があるんだよな。


 心に暗い疑念が落ちてくる。


 練馬が裏切っているとは思えない。ただ可能性は否定できないのも事実だ。


 ━━━部屋に二人きりという状況はもしかしてマズいのだろうか。


 嫌な想像をして、額に小さく汗をかいた。


「宗次郎殿?」


「ああ! ええっと」


 固まった宗次郎を練馬は心配していた。宗次郎は怪しまれないよう、慌てて会話の内容を探す。


「剣なしの姫君ってなんのことですか?」


 とっさに口を飛び出した言葉は烏たちの会話で出たものだった。


 宗次郎はすぐに後悔した。練馬が眉をひそめたからだ。


「宗次郎くん。どこでその言葉を?」


「すみません。さっき隊員の人たちがそこの廊下で話しているのを立ち聞きしてしまって」


 心の中で烏に謝りながら、宗次郎は素直に白状した。


 経験上、こういうときに嘘をついてもろくなことにならない。


「全く、しょうがないですね」


 眉をひそめたまま、練馬はため息をついた。どうやらよっぽど聞かないほうが良かったようだ。


「……どうしても知りたいですか」


「……ええ、まあ」


 知りたいか知りたくないか。どちらかといえば、知りたい。


 理屈ではなく、燈に関しての内容ならグッと興味が湧いた。


「わかりました。お教えしましょう。疑問をそのままにするのは罪、疑問を抱かないのは大罪ですからね」


 メガネをクイッとあげて、練馬が教師モードに移行する。宗次郎は門から教育を受ける際のように正座をした。


「剣というのは、王族が与える称号です。『王国記』を読んだ経験は?」


「ありません。絵本でなら、三日前に読みました」


「素直でよろしい。では。まず『王国記』に登場する英雄、初代王の剣から説明しましょう」


 これは長くなりそうだ。宗次郎は気合を入れた。


「ご存知の通り、初代王の剣はこの国の礎を築き上げた英雄。魔神・天修羅を斬り伏せた最強の波動師とも言われています」


 宗次郎は頷く。これは絵本で読んだ通りだ。


「彼と同じく、初代国王に仕えた波動師には、歴史に名を残した英雄は数多くいます。雷神剣と謳われた居合の名手・和田甚助わだじんすけ。炎魔と名高い炎の波動の使い手・花菱柳はなびしやなぎ。彼らは今の十二神将の元となったと言われています。しかし初代王の剣に関して、その素性についてはほとんど記録に残っていません。歴史書においても、彼の詳しい記載はないのですよ。どこで生まれ、どこで育ったのか。親兄弟は誰なのか。その一切が不明なのです」


「そうなんですか?」


「はい。男性であること、優れた剣士であること以外は。現に名前すら分かっていません」


 そういえば絵本にも、初代国王の名前はあるのに、英雄の名前は載っていなかった。


「どうしてでしょう。大陸を救った英雄なのに」


「理由は学者の間でも意見が分かれているのですよ。有力説としては、元の身分が奴隷であったためとされています」


 天修羅が現れるまで、大陸は戦国時代の真っ只中だった。一つの大陸に六つの国が入り乱れ、領土争いを繰り返していたのだ。


 その影響もあって当時は身分が低く、名前を持たない奴隷が一般的に存在した。


「『王国記』では、私設部隊を率いていた皇大地、初代国王が十三歳のとき、この市内にある橋で初代王の剣と出会ったとされています。その出会いは最悪で、なんと王子は身元不明のまま戦場にいる不審者として、彼を逮捕したそうです」


「えぇ……」


 英雄だけにその活躍は終始かっこいいものだと予想していたが、裏切られてしまった。 


 ━━━ていうか、俺と一緒じゃん。


 宗次郎も燈に国家反逆罪だと宣告され、首輪をつけられた。伝説の英雄と共通点を持つとは。それも残念な部分で。


「出会いこそ最悪なものでしたが、初代国王陛下は早々に彼を剣士として登用しました。妖との戦いは激しさを増す一方だったので、戦力が足りなかったのでしょう。そのおかげで、『誰もが幸せに暮らせる平和な国を作る』という夢を持つ初代国王と、『英雄になる』という夢がある初代王の剣。戦いの中で、二人の少年の間に固い友情が結ばれていったのです」


 宗次郎に子供の頃に抱いていた憧れと情熱がふつふつと湧き上がる。


 今はもう波動もなく、戦うすべをなくしてしまっても、このワクワクは止められなかった。


「戦いの中で、初代王の剣は実績を残していきました。重要な戦いでは必ず重要な役割を果たし、勝利を導き、ときに敗北を喫しても、必ず初代国王の元へと帰参したそうです」


 宗次郎は正座をしながらモジモジと体を動かした。


 そろそろ日付が変わるというのに体力が溢れ出る。いつの間にか精神だけでなく、体まで子供に戻っていた。


「彼らの信頼関係を象徴するエピソードとして有名なものがあります。宗次郎くんは『王国記』がどのように締めくくられるかご存知ですか? 初代国王とその剣はどのような結末を迎えたのか」


「うーん」


 まるでテレビ番組のように疑問を投げかけられ、宗次郎は真剣に悩む。


 信頼関係を象徴するようなエピソード。信頼関係。


「わかりません」


「素直でよろしい。正解は━━━」


 素直に頭を下げた宗次郎にした練馬の回答は、意外な内容だった。



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