本編

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では、本編スタートです。



※ ※ ※



「う~、暇だ~、暇だよ~!」

頼子よりこ足ばたばたしすぎ、スカートがめくれてる、はしたない」



 視界の隅で花柄のギャザースカートが揺れて、僕は読書に集中出来ずにいた。


伊織いおり! ちょっとまさか中、見た訳じゃないよね!?」

「ね!? て詰め寄られてこられても、そうならないように注意したんだけど」


 オフホワイトのノーカットブラウスに身を包んだ上半身を起こして、こちらを振り向き、白い小さな顔を近寄らせて噛み付くように言ってくる頼子に僕は言い返す。


「どーだか、伊織はむっつりそうだから、散々見た後にそういう事をいってきそうだ」


 したり顔でひどい言いがかりを述べて、菓子楊枝かしようじでさしたきなこ餅を食べる。


「だったら、今度からご期待に応えて、頼子を恥ずかしめてから、注意するようにしようか?」

「かっ、勝手な事言ってるんじゃない! そういう事は先にいう! いうの!」


 人の親切にケチをつけて勝手な事を言い出したのは誰なのかと言いたいが、黙っておく。

 頼子が勝手な事を言い出すのはそれこそ今さらだからだ。


 基本、お姫様であるという事は幼馴染の僕はよく知っていた。


 だから、決して用もなく、僕の家に来て、勝手知ったる我が家のように上がりこみ、省エネの為に消しておいたクーラーをつけて、僕のおやつである和菓子を献上した事も既に諦めている。


 けれど、今は騒がしくされるのは好ましくない。

 試しに買ってきた新人の小説が意外に面白く、読書に集中したいからだ。


「ノーとは今更言わないけどさ……そもそも元気余らせているみたいだから、暇ならどっか遊びにいったらいいんじゃないの、友達と」


 高校初めての夏休みが始まって一週間が経ち、実際、頼子は友人と遊び回っていると聞いてたんだけどな。


「……とんでもなく暑いじゃない、今日。外出とか無理」


 そういって窓へと視線を向ける頼子を見て思い出す。そういえば今日は観測場所によれば四十度にせまる猛暑日らしいという事を。


 ちなみに僕の家と頼子の家は隣同士だから、一人でいるのも暇なのでこちらへとやって来たのだろう。


 迷惑な話だった。

 僕は今日はゆっくりと時間をかけて手元にある小説を読み切りたいのだから。


「理由は分かったけど、だったら家で大人しく夏休みの宿題でもしてたらいいんじゃない?」

「嫌だよ、それは。楽しくないもん」


 そういって唇を尖らせる。


 僕は内心ため息をつきつつ、いかにして頼子を追い出すか考え、一つの案を思いつく。


「ん~、そうしたら暇で楽しくないというのなら、しりとりでもしようか?」

「簡単な遊びだよね~、それって面白くなりそうなのかな?」


 ジト目を向けてくる頼子に俺は言葉を返す。


「なに、ただのしりとりだと面白くないから夏にまつわる事にしとこう。後、勝者は敗者の言う事をなんでも一つ聞く事でどうだろう?」

「う~ん、それだったら暇潰しにはなりそうかな。頼子が勝って伊織で遊べばいい訳だし」


 僕をおもちゃにして遊ぶつもりだろうが、甘い。僕は頼子に言われる大抵の事は断れないように出来ている。長年の積み重ねによるもので、もはや条件反射レベルといっていい。だから負けたって僕には実害はないのだ。


 しかし勝てば、頼子に今日は帰ってもらう事が出来る訳であり、これは僕にとってリスクゼロの勝負といえた。


 ――自分で言ってて勝負以前に負けている気がするのは気のせいだろうか?


しまいは頼子になるから、考えなくていいよ、勝った後の想定なんて」

「テラむかつくわね、伊織。かかってきなさい。返り討ちにしてあげるから」


 ふふふっと俺たち二人は笑い合う。


「ラジャー、そうしたらいくよ。花火」

「び!? び、び、ビ――ビーチサンダル!」       

縷紅草るこうそう


「うっ? なに今の?」

「ノットアンサーではないよ。るこうそう。夏に緋紅色の花が咲く。ヒルガオ科のつる性一年草」


 僕は植物学に詳しい訳ではないけど、花言葉が【世話好き】とあって、友達に頼子の命令を僕がかいがいしく聞いてたら、そう揶揄やゆされただけだ。


「う~、そんなの知らないし、いいや、次、ウナギ!」

祇園祭ぎおんまつり、京都の夏の風物詩だね。八坂神社の祭礼で一ヶ月間をかけて行われる長いお祭だ。ちなみに大阪の天神祭、東京の山王祭と並び称される日本を代表するお祭だよ」


「よく知っているし! そこまで詳しい説明いらいないし、去年行ったから私でも分かるもん。じゃあ次は、リンゴ飴!」


 祭と来て、リンゴ飴と来るのは、なんだか頼子らしい。しかし、そもそも祇園祭には僕が連れて行ったのだから知ってて当然だ。頼子に大きな祭りに行きたいと、受験勉強で忙しい夏休みにいわれて、下調べをして、苦労して遠方まで足を運んだのだから。


 本当我ながら、僕は頼子に対して甘い。


「メロン熊。北海道夕張市で誕生したご当地キャラクター。夕張メロンがもっとも熟した収穫期が夏頃で、農家のメロンを食い荒らして変貌した熊の事」

「とんでも熊だよねー……あれっ、なんかキモ怖いし。私はやっぱり同じ熊なら、くまモンの方がいい。じゃあ次は、お魚のマスで! おいしい琵琶マス!」


 僕が誕生日にプレゼントした携帯ストラップのクマもんを見せつけてくる頼子。


 そもそもクマもん好きの頼子がクマもん限定品の商品を欲しがって、僕がユルキャラの販売サイトを探している内に、メロン熊を見つけたのだ。メロンの表面が血管のように浮き上がったマスクをしたメロン熊が、クマもんを捕食している画像があったのだが、ホラーだった。


 結局、限定品は通販では手に入らず、深夜バスに乗って買いに行ったのは今では懐かしい思い出だ。

 本当はその時、頼子に告白しようと思っていたのだが、プレゼントを渡す事で緊張の糸が切れてしまって、そのまま結局何も言えなかった。


 ああいうちゃんとしたイベントで、はっきりと言うのはどうにも緊張し過ぎていけない。


 次の言葉は【す】だから、【スイカ】辺りが、一番まっとうな答えなんだけど、僕はなんとなく今の弛緩した空気なら、告白出来る気がした。


「好きだ、頼子、僕と付き合おう」


 そう思ったらするりと言葉が出た。頼子は僕の言葉に初め意味が分からないという顔をして、じょじょに理解するにつれて、みるみる顔を赤くしていく、それが怒りによる為なのか、恥ずかしさによる為なのか、僕には分からず、黙って頼子の言葉を待つ。


「…………うっ、嘘じゃなくて?」


 上目遣いで耳まで赤くなって聞いてくる頼子に僕は嫌がられてはいない事を心からほっとして、僕は頷く。


「手前みそになるけど、僕ほど頼子を好きな奴はいないよ、賭けてもいい。大事にする。だから僕と付き合おう」

「………………うん」


 小さな声でおずおずと頼子は僕の気持ちを受け入れてくれた。

 僕達はお互い感情が高ぶってうまく言葉にならず、沈黙が流れていく。すごくなんだかこそばゆい。


「……ん~、なんだか、あれだな気恥ずかしいな」

「なっ、なんかそうかも! えへへ、今日頼子帰るよ! ちょっと落ち着きたいし!」

「しょうがないか、気持ちは分かるよ」

「……頼子も伊織の事好きだから、これからもよろしくね」


 頼子は立ち上がり部屋を出て行きしな、一言そう言い残してバタンとドアを閉めていった。


「……………寝ても覚めても思い出しそうな言葉をありがとう……」


 勝者の権利を使わずとも頼子は帰宅した訳だが、僕は結局、その日一日、頼子のせいで小説の中身が全然頭に入ってこなかった。

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