PART4

 かくて、その日は来た。

 年が明け、正月3日に、俺はその神社に足を運ぶ。

 何度も言ってると思うが、俺は基本的に無神論者であるから、神社や寺の類にはガキの頃を除いて、進んで出かけたことは殆どない。

“神頼みなんてのは、爺さんになってからでも出来る”がモットーだからな。

 そんな俺だから、たとえ仕事でもこういう神聖な場所に足を運ぶのが、些か躊躇ためらわれる訳である。

 だから鳥居から中には入らず(断っておくが、無神論者ったって、別にアナキストみたいな妙なたぐいの思想なんか持っちゃいない。今のところは現実を見て仕事をしてるからさ。その点は勘違いしないでくれよ)、鳥居の柱にもたれていたというわけだ。

 通常三が日だと、門前に幾つもの屋台が並び、参拝客が押すな押すなという体が見られるのだが、本当に通常の半分、いやそれ以下と言っていいだろう。


 参拝を終えた二人がやっと現れ、俺達は速水時雄氏が指定した場所・・・・門前から南に10分ほど歩いたところにある和風喫茶”みやびへと移動した。

 速水時雄が待ち合わせに指定してきたのがその店だという。

 店内は殆ど客はいなかった。時期が時期だからな。

 よく見ると、隅の方に三人、妙に目つきの悪い男が向かい合わせで汁粉を食べている。

 ”絵にならん図だ”俺は思った。

 彼女たちは一番奥の、カウンターに近い席に、俺は俺でそこから少し離れたところに陣取る。

 梅昆布茶と豆大福を頼む。

 酒呑みにはあまりいい取り合わせじゃないが、しかし何も頼まんわけにもゆかんだろう。

 10分ほど経ったろうか。

 入り口の上にある鈴が鳴り、男が一人入ってきた。

 サングラスに黒のトレンチコート。 

 ウールのタートルネックにこれまた黒のジャケット。

 男の姿を見つけると、二人が俺に視線を送った。

 こいつが速水時雄だな。

 彼は辺りを気にしながら、ベルとヨーコを見つけると、まっすぐにそちらに歩いてきた。

 俺はイヤホンを耳にめる。

 ヨーコの胸には、ブローチに擬した小型マイクが着けてある。

 俺は耳に神経を集中した。

 速水は二人の席に近づくと、気障な仕草でサングラスを外し、

”ごめんなさい、遅くなってしまって、待ちましたか?”

 わざとらしくすまなそうな調子で言いながら、二人に向かい合う形で腰を降ろした。

”いいえ、ちっとも”

 ヨーコが答える。

 ベルもにっこりと笑いながら頭を下げた。

”僕もさっきお参りしてきましたよ。こんな世の中だけど、やっぱり初詣はしなくちゃね”

 速水は快活な調子で喋っている。

 三人は少しの間、とりとめのない雑談をしていたが、3分ほど経った時、速水が急に真面目な表情を作った。

”ところで、ヨーコさん、持ってきてくれましたか?”

 ベルの目が俺を見た。

”ええ”

 ヨーコは答え、傍らにあるバッグに手を伸ばし、口金を開けた。

 預金通帳と印鑑、それにキャッシュカードが出てきた。

”貴方になら、信頼して預けられそうです。”

 彼女は三点セットを卓子テーブルの上に置く。

 速水の目が妙な輝きをした。

 俺は迷わず立ち上がり、大股で歩み寄り、奴の背後に立ち、肩を掴む。

 後ろの方で、あの目つきの悪い三人組が立ち上がる気配も感じていた。

『五年ぶりかな・・・・速水時雄・・・・いや、権藤辰三ごんどう・たつぞう、または”スケコマシの辰”というべきかな?』

 俺は片手でコートの内ポケットから、認可証ライセンスとバッジを取り出し、鼻先に突き付けてやった。

乾宗十郎いぬい・そうじゅうろうだよ。忘れたわけじゃあるまい』



 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る