第6話 水底 (みなそこ)

仕掛けられた罠に、はまってみた件 1


「我ら、反政府武装組織、明けの明星が包囲した! 貴様らに、逃げ場はない!!」


 卓を挟んだ、向かいに座る男。立って、椅子を蹴る。後ろに飛び下がった。ラバーマスクを外して、叫ぶ。


 ズンッ! 肚に響く音。建物が揺れる。天井の一部がはがれた。パラパラ落ちて、砂埃が舞う。


 双方の動きが止まる。音と揺れの大きさの割りには、被害が最少だった。ほぼ、一瞬の隙。イリスは逃さない。


「身を屈めていてください」


 淡紅色の旅行鞄──スーツケースを開いて立てる。イリスは指示。卓の手前に座る、年配の男。椅子から滑り下りた。開いた本のように立てられた、鞄の後ろで身を縮める。両手で頭を抱えた。


「寄せ集めの国が!」


「威張ってんじゃねぇ!!」


「これからは!」


「おれたちの国の時代だ!!」


 想定の範囲内。表情は変わらず。首領の男は手を挙げる。左右に展開する戦闘員──護衛を装っていた──が、銃を連射。後ろに控えていた男たちが、刃物を振りかざして飛んで出る。


 スーツケースに隠れる男の左右。応戦する、戦闘員。こちらも護衛を装っていた。彼らの後ろで、イリスは片膝を立てた。飛び交う銃弾に動じず。無表情。


 空気が変わる。かすかに、風が吹き込む。意味を察した戦闘員。次々に、銃を放る。空中で、各部品に分かれた。床に接触。爆発した。


 旅行鞄から落ちた部品を拾い上げて、イリスは組み立てた。銃口を左に向けて、引き金を引く。結果に、血の気が引く。シスイ~、と、うめく。自分で注文を付けておきながら、文句を言いたくなった。


「イリス!」


 セツナの声。瞬時に、我に返る。イリスは銃を部品にばらした。落とされた部品は、地面に沈む。シスイに届けるように、グロシュライトに命じた。


「は?」


 正面の戦闘員の視線が右を向いていた。あんぐりと、口が開く。天井に開いている穴は、自分たちが開けたもの。敵に傷一つ与えていないのが癪に障るが。壁は……。


 今居る部屋を含めた、六つの部屋を仕切る土壁だけでなく。建物を形作る壁にも、穴が開く。各部屋と道に、巻き込まれた人たちが倒れる。想像以上に、威力のある銃が持ち込まれていた。


 静まり返る。砂埃が収まっていく。次に取るべき行動が判っているのに。誰も動けない。


「もう、大丈夫ですよ。ヘメロカリス大臣、おケガは?」


「ない。きみの旅行鞄に助けられた」


 相手方の戦闘員の士気が下がり、戦う意欲を失った。読み取った、イリスは声を掛ける。


 ゆっくりと立ち上がり、着ている黒い服に付いた砂埃を払う。ヘメロカリス・プレーティン・シュウメイは手を振って、合図。後ろに居た戦闘員が、分かれた銃の部品を拾う。鞄に仕舞う。


「そろそろ、仲間も着く頃ですし。引き上げましょうか?」


「いいのかい?」


「人形遣いの方が、接触してくるでしょう」


 用はなくなった、イリスは言う。一瞬、シュウメイは視線を向ける。今回の会談相手に。操り人形と答えた。


 旅行鞄を閉じて持つ。イリスと並んだ、シュウメイが手の動きで合図。戦闘員が穴の前に集まった。


 ブワッ、と、風が吹き込む。冷房を必要とする、周りの気温よりも高い。通りから腰を屈めて、穴をくぐり抜ける。入ってきた男は、一人。高い背丈がまとう服は、白。赤金色の髪をなびかせて、悠々と進む。

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