狂科学者 1

 白い光が差し込む。不自然と呼べるほどの広い空間。災害級と評される物事が起きた時。臨時に寝台を並べて、治療が行える場所。今は、椅子が並ぶ。


 誰もが不安を抱える。椅子に座る人たちも、立っている人たちも。少しでも和らげるために、用意された壁画。絵の一部に見間違いされそうな。前に立つ、艶のある白い髪の女。着替えたのは、白い服。病的に白い肌を包む、前で重ね合わせる形の。白い靴を履く。


 フィーラの傍に、イリスは歩み寄る。


「お待たせ!」


「どこから来た!?」


 少し、フィーラは、ぼんやりしていた。イリスの声を聞いて、現実に戻る。青い瞳が大きく開かれた。驚きの声を上げる。


「ケガ人に付き添ってきた」


 イリスは答える。当たり前のことをしてきた。フィーラは額に手を当てる。便利に使われているだけなのでは。


 リルドと友人の入院の手続きを取ってきた。どちらも独り身で、惑星プレーティンに家族も親族もいない。グロシュライトから聞いた。ついでに、自分に掛かった代償を押し付けてきた。


「じゃあ、行こうか」


「うん」


 イリスが切り出す。一気に、フィーラは緊張。消え入りそうな声で、返事をした。


 壁に沿って、左に曲がる。渡り廊下を通った。ポツポツと、窓に当たる。風が吹き荒れる中、滝のように雨が降った。隣の建物に辿り着く。雲が切れて、青空が覗く。日が差した。


 イリスは気づく。フィーラがいないことに。廊下の半ば。食い入るように、窓の外を見ていた。虹が掛かっている。


「惑星が生きているって、感じがするよね」


「うん」


 傍らに戻った。フィーラが感想を述べる。声が上ずり、目が輝いている。イリスは素直に頷く。


「あの大量の水は、どこに行くのかな」


「真水は貴重だから、都市の地下に溜めている。生活に使われるよ」


 高ぶった声のまま、フィーラが訊く。現実に引き戻す、イリスの説明。


「やっぱり、あんたとは、合わないわ」


 先に、フィーラが歩き出す。重要なことなのに、イリスは首をかしげる。


 溜めた水は、都市内を循環するが。足りなければ、川から取水する。ただ、川の水は、農業と工業に使いたい。他国との兼ね合いもある。できるだけ、争いの芽は摘んでおきたかった。


 建物が変わる。行き交う人の数が減った。壁は掲示物でおおわれる。研究を目的として建てられた。進行状況を知らせるのは、義務だ。怠れば、次の予算が減らされる。昇降機を使って、最上階へ。足音だけが響く。


 すぐ、左にある扉。脇の呼び鈴を鳴らす。強く叩く。室内からの反応はない。誰かがいる気配もない。


「グロシュライト」


「いらっしゃいます」


 イリスは足元に声を掛ける。グロシュライトの返事。聞いて、扉を開く。


「こんにちは。クロトン先生」


「クロトン先生なんていませ~ん」


 室内に向かって、イリスは挨拶する。不在の返事を聞いても、ずんずん進む。棚に並ぶ、大きさが違う容器。収められた、妙な物。おっかなびっくりに、フィーラは後を追う。


「イリスです」


「え~!? 今日、検査の日だっけ~」

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