第3話 水冠(すいかん)

箱の中 1


 海の上に出た。錯覚させる。淡く金色に縁取られた。細かな波。


 見上げて、確かめる。蓋は、閉じていた。代わりに、鮮やかな黄色に光る。天体に似た物。自分をちっぽけと思わせる。


 イリスは胸を弾ませる。闇の中という、初めて入る世界に。自分と祖母のキセラで、一致した推測。それぞれで情報を集めて、分析して出した答え。


「闇は世界を、丸ごと呑み込んだ」


 正しいか、間違いか。結果が出るから、楽しみでもあった。


「フッ、フフ~ン」


 短い曲を奏でる。弾むような。右手の中の丸い物体。自立思考型の携帯端末ラナンは、持ち主の影響を受ける。似た性格になった。未知との遭遇に、興味津々だ。


 意識して、呼吸を浅くしようか。イリスは考える。闇は毒と等しい効き方をすると聞いていた。


 自分を見上げる。くりくりした黒目と合う。小さな生き物たちには、難しい。体の変化も貴重な情報。普段のままを、心がける。


「ようこそ、闇の世界へ」


 腹に巻きついていた闇の触手。箱の外に出る気がないと判ると、イリスからもウルムからも離れた。つながる海面__闇面か? 向けて縮んでいく。追いかける形になった。


「チュウ」


 左手の中にいる、ネズミが鳴く。灰色の毛並みの。コリウスを心配しているのが伝わる。


 イリスは見やる。ウルムに抱えられたコリウスを。未だに、意識が戻らない。乗っ取られた後遺症と戦っていると思われた。


 視線を戻す。イリスは、ネズミに伝える。意識がない状態で、闇に入っても良いのか不安がってもいた。むしろ、闇に入った方が、コリウスが意識を取り戻すきっかけになる。


「無事かな?」


「鏡がいれば、大丈夫」


 曲げた左肘の内側にいるウサギが訊く。泉から預かった、淡い黄色の毛並みの。イリスは欲しがっている言葉を与えた。


 チラッ。イリスの脳裏をかすめる。小さな生き物たちの根にあるのは、不安。外套があれば、心を和らげられた。無い物ねだりをやめる。


「辺りを照らせるか? 私たちの体が収まるくらいの広がりで」


「了解! 純度は?」


「80%ほどで。高いと、体を損ねる」


 本物の魂核に、イリスは思念を飛ばす。胸元で深紫色の光が灯る。体は光に包まれた。


 詰めていた息を吐く。ウサギもネズミも。暗い色だが。光は安心させた。


 光と闇が接する。水面を叩く音。上がる水しぶき。明るさをあげて、押し広げていく。通りすぎた頭の上では、水が戻る。


 闇に沈んでいく。イリスもウルムも、抱えられたコリウスも。イリスとウルムは、自分の体の状態に注意を向ける。呼吸、脈。共に、正常。疲れは出ているが。痛みはない。


 教えられる。闇に呑まれたとしても、全員が溶け合う訳ではない。


「私の推測では、力を補給できる。使いきれ!」


 本物の魂核に思念を飛ばす。濃さが増した闇の色。小さな生き物たちの不安も増す。イリスは推測した。魂核は応じる。最大限まで明るくなった。


「ブ~!!」


「もう少し、待って。面白いものが見られるから」


 ウサギとネズミが鳴く。ラナンは音を鳴らす。何も見えないと不満そうに。


 確かに、明かりのないトンネルを通って見えた。イリスはなだめる。期待させる一言を添えて。

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