第29話

「目覚められましたか」


 私は気がつくとソファに横たわっていた。

 隣ではレイネがすやすやと寝息を立てている。

 ここは王城のゲストルーム。

 帰ってきたんだ、元の世界に……


「ソフィア……おはよう」


 心配そうな顔をして、私の様子を見ていたメイドに声をかける。

 

「クララ様が突然姿を消されたと聞いて、心配しておりました……お怪我はありませんでしょうか」

「ないよ、つかれただけ」


 これは本当だ。

 なぞの誰かが塗ってくれた薬草のおかげで、外傷はすべて消えている。


「ほんのわずかな時間とはいえ、クララ様が誘拐されてしまったのではないかと皆で探し回っておりました」


 わずかな時間……絵の中に私たちは随分滞在していたはずだが、外とは時間の流れが違ったのか。

 なんにせよ、ごまかす事柄が一つ減った。

 だけど心配をかけたという事実は変わらないかな。


「ごめんね」

「いえ、無事であられたのならそれでいいのです……が、いくつか私の質問に答えていただけますでしょうか」


 ソフィアの鋭い瞳が私を射抜く。

 ……これは、よくない流れだ。

 

 どこにいたのかなんて聞かれても、宝物庫に忍び込んでいたなんて正直に答えられない。はぐらかそうにも限界がある。


「い、いいよ……」

 

 私は体を起こしてから、ゆっくりと頷く。

 ――心配してくれたソフィアを無下にはできない。


「……その女の子、誰ですか? 王宮に勤めるメイドたちも誰も見たことがないと言っていました」


 ソフィアの視線がレイネに向けられる。

 いきなり答えにくいのから来た。


 ――この女誰よ!

 意訳すればこんな感じ。

 だが状況は修羅場とは別ベクトルで深刻だった。

 レイネの身分を証明する手段がなにもない。

 この世界においてレイネは自称王族のただの女の子に過ぎないのだ……


「この子はね、うちの子になるの」

「な、なにをおっしゃって……」


 困惑した表情を浮かべるソフィア。

 

 私は考えた、これからどうすべきかを。

 居るべき場所もないレイネを置いて、私だけ帰るのは論外だ。

 それならいっそ、うちで一緒に暮らしてもらおうと。


 一度決めてしまえばやることは明確になる。父を説得するだけだ。


「それより、ちちはどこにいる?」

「団長なら王に報告を――」


 ソフィアが怪訝そうに、されど私の問いに答えたとき――


 バァン!


 ゲストルームの扉が勢いよく開かれた。


「――お待ちください!」


 廊下の方で父の声が反響する。入ってきたのは父ではなかった。


 荒々しく扉を開けたのは背の高い男、平常時なら見るもの惹きつけるであろう白い髪も今は乱れてしまっている。

 その顔を見て、私は呼吸ができなくなった。



 私の部屋に断りもなく入ってきたのは、この国の王だった。


 

 目を大きく見開いたまま、私の座るソファに近づいてきた。どういった感情でこちらを見ているのかは分からないが、こわばった表情を見る限りただごとではなさそうだ。

 その距離が縮めるにつれ、私の額から滝のように汗が噴き出る。


 まさか……バレたのか⁉

 私たちが勝手に宝物庫に入って物品破壊しまくって、宝玉触って、挙句の果てにガーディアンを消し炭にしたことが……‼


(レイネ! おきて、いそいでにげるよ)


 未だ気持ちよさそうに眠るレイネの肩を強引に揺さぶり、意識を覚醒させる。


「んう……ここ、は……」

「あ……ああ……」


 信じられないものを見たかのような顔をした王が、そのまま前傾姿勢を取った。

 二つのまなこがレイネを捉える――


「にげて!」

「へ?」


 私が叫ぶより早く、弾丸のような速度でレイネに迫る。

 操魔灯ライターを取り出すも間に合わない――





「姉上――――――――――――――――!!!」





 ひしっ――と王がレイネの腰に抱き着いた。

 あ、あねうえ?


「し、知らない人……」

「我です! リカルドです! 幼いころによく遊んでくれたでしょう!」

「……リカルドは私の弟だけど、おむつ穿いてる赤ちゃんだよ?」


 レイネは戸惑ったまま動けない。

 弟を名乗った王が船場の牡蠣カキのようにへばりついているからだ。


「ああ……やはり我の記憶はまちがっていなかったのだ」


 少女の純白のドレスを、涙で濡らした王に誰も声をかけることができなかった。

 あとから駆け付けた父でさえも……





「ぜったいにあそびにきてね」

「うん、私とクララちゃんとの約束!」


 王城の外、見送りに来てくれたレイネと指切りを交わす。

 馬車の用意はできたようで、ソフィアが扉を開けて待っている。


「……ほんとに、うちにこない?」


 そっちの方が楽しいのに……

 私はレイネの腰元に目をやりながら、もう一度聞く。


「私も行きたいけどね――」


 レイネも目線を下げる。

 その腰にはまだ国王リカルド坊やが張り付いていた。


「弟が泣いちゃうから、こっちに住むことにしたの」

「そっかー」


 王は姉を取られるまいと私を、睨みつける。

 最初の威厳はどこにいった……

 あっ、受け止められきれなかった父は頭を抱えて先に馬車に乗っています。

 そろそろ私も乗らなくちゃ。


「レイネ、ばいばい」

「クララちゃん、またね!」



 私たちは別れの言葉を伝え合う。

 そしてソフィアに抱えられ、馬車のなかへ。


 堅牢な扉が閉じられ、外の景色が見えなくなるまでレイネは手を振ってくれた。


 ……大丈夫、この縁は無くさない。

 もしもの時はまた、私から会いに行こう。


 ――馬のいななきとともに、馬車が動き出す。





「クララ様、お茶が入りました」

「ありがと」


 差し出されたカップに口を付けながら、馬車に揺られて帰路つく。


「ああ、まさか我が王が……」


 仕える主が幼女に抱き着いていたのはかなりのショックだったようで、父はまだうなだれたままブツブツと言っている。

 レイネはとても甘えん坊で泣き虫な弟だと笑っていたが、父にとっては厳格ながらも柔軟な良き王に映っていたんだろう。


 本当に人って身勝手な生き物かしら~


 妖精の声が聞こえた気がした。

 だけどそれは私の頭が作りだした幻想で、肩の上にコレットの姿はなかった。

 行きのよりも、一人だけ乗員の少ない馬車。


 十年後、コレットは戻ってくる……

 レイネが教えてくれた。

 だけど、手こまねいて待っていられるか。

 それより早く会いに行って、驚く顔を笑ってやろう。

 


「少し揺れますよー」


 御者の吞気な声が室内まで聞こえた。

 直後、ガタガタと上下に大きく揺れが生じ、私はカップを取り落としてしまう。


「あ――」


 地面にぶつかるという寸前で、それを誰かの手が見事にキャッチした。


「……なんですかこれは」


 ソフィアが私を抱えて、その腕から・・・距離を取る。

 カップを受け止めたのは、ソフィアでもなければ父でもなかった。

 私の影から生えた白い腕が、すれすれのところで掴んでいた。


 ボコ、ボコと影が盛り上がり、人の形をとる。

 な、なんだ……何が私の影に潜んでいたんだ⁉



「――ミュシャですにゃ!」



 ぽんっと影から飛び出したのは、私のメイドのミュシャだった。


「ずっと……いたの?」

「はい! クララさまの身を守るため、四六時中おそばに控えさせてもらってます」


 四六時中……あんなときもこんなときも……べつにやましいことなんてしてないけどさ。



「ミュシャは昔王宮に忍び込んで、宝玉に触ってな……獣人なのにギフトが使えるんだ、影も操れる。それでクララの護衛をしたいっていうから任せていた」

「おー。ぷらいばしー、ぜろ」


 表情を変えることもなく言った父に、私は非難の目を向ける。

 

「……ミュシャ」

「はい!」


 私が名前を呼ぶと、誇らしげな顔をした。

 どうして怒られると思わないのか……

 

 だが振り返ってみれば、ミュシャのおかげで命の危機を脱したことも多かった。

 レイネを助けるときに食らった氷塊。

 服のなかだけ妙に傷が浅かったし、いつのまにか全身に薬草が塗られていた。

 螺旋の宝玉にあと一歩届かなかったときに、足場になってくれたのも今思えばミュシャだ。

 お礼を言っておくべきだろう……


「ありが――」


 微かな違和感が、私の言葉を止める。

 待てよ……

 どうして扉の老人が最後になって突然怒り出したんだ?

 行きは問題なく通してくれたのに。 


『盗人め』


 その言葉がフラッシュバックする。

 ふさわしくない言葉だと思った。

 なぜなら正当な王族であるレイネに許可をもらった私たちが、盗人であるはずがないからだ。

 だが以前に宝物庫に忍び込み、盗みを働いたネコミミがいたとしたら――


「――おばか!」

「にゃんで――――――⁉」


 それでも、助けてくれてありがとう。

 聞き取られないように小さな声でささやいた。

 舞い上がるだろうから、直接は言わないよ。

 ――向かいに座るミュシャのネコミミが、ピクリと動いた気がした。




「つきましたよ」


 うたた寝をしていた私はソフィアの声で目を覚ます。

 馬車から降ろしてもらおうと両手を伸ばすと、間に割り込んだミュシャが勝手に抱っこした。

 まあ、降りれるならどっちでもいいか。


 私は久しぶりに草の生い茂った庭の土を踏む。

 ほんと何年振りかって気持ちだ……。

 沢山の気配に顔を上げると、玄関の前に屋敷の人々が勢ぞろいしていた。


 柔らかな笑みを浮かべた母を中心に、手を振るフレディと、立派なレディ然とした態度を取ろうと胸を反らすキャロライン。

 執事にメイドもみな、温かく私のことを迎えてくれた。

 帰ってきたんだ……我が家に!


 私は雑草を踏みしめて走り出す。


 どこにって?

 決まってる、私の大切な家族のところに――




「――みんな、ただいま!」


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