第6話

夜遅く家に帰ってきた。

2月も半ば。あっという間に3月だ。

寒暖の差がここの所激しい。あったかくなったと思ったら、今日は、底冷えのする寒さ。天気予報では、明日の天気は雪。

触ると氷のような、ドアノブをに手をかけて、マンションの部屋へと入る。

開けると、足元に黒い影。

電気をつけると、俺を見上げながら顔をすりつけてくるのは、飼い猫のハル。

「ニャー」

嬉しそうに鳴き、俺の足の間を縫うように歩いてく。踏みそうになるけれど、踏むことはない。リビングで、ひとしきハルを撫でていると、チャイムが鳴った。

「お、来たな。よかったな、ハル。ご飯がきたぞ」

「ニャー」

ハルは、俺の膝の上に手を乗せて抱っこをせがんできた。

抱き上げ、玄関へと向かう。


扉をあけると、ビニール袋を下げた、あきらが藍鼠色のコートの下はパーカーといったラフな格好で立っていた。

俺はといえば、まだ、スーツだ。

「いらっしゃい」

「おう、ハル。ごはんだよ」

「おい、こっちに挨拶なしで、ハルかよ」

「ハル」

一歩、陽が近づくと、ハルは俺の腕からスルッと抜け出し、リビングへと駆けていった。

「まだだな」

ガックリと肩を落とす陽の背を押して、中へと促す。


ハルはといえば、キャットタワーの箱の中から顔だけ覗かせていた。

「ハル、ご飯」

俺がハルを呼ぶと、行きたそうなそぶりはみせるものの、動こうとはしない。

陽は大の猫好き。けれど、実家では猫が飼えないから、こうして頻繁に俺の家へと通い、餌づけ作戦を実行中だ。

ハルは警戒心が強く、来客があると、どこかへ隠れてしまう。

今、顔だけだしているのは、少しは慣れてきた証拠だろう。

「陽、猫缶あげたら?」

「おう!」

コートを脱いで、腕まくりする陽が可笑しくて笑う。

「笑うな」

「へい、へい」

俺は、着替えるために隣の部屋へと移動した。

陽がハルを呼びながら猫缶をあける音が聞こえてきた。


リビングに行くと、勢いよく食べているハルを、嬉しそうにしゃがんで見ている陽の姿があった。

隣にしゃがむ。

「明日も来るんだろ?」

「いや、明日は来ない」

ここのところ、毎日来ていたから、戸惑った。

戸惑うこと自体おかしいのだが。

あれ、なんで、来ないだけで寂しく思うんだろ。

寂しいって何だ?


陽は、柔らかく笑った。

「そんな顔してくれるなんて、これも餌づけ効果か?」

「え?ちょ、ちょっと待て。陽。餌づけってハルだろ?ん?俺?」

動揺する俺に、嬉しそうな顔をしている。


「両方。来ないって聞いてがっかりしてくれた?」

分かってて聞いてくる顔に、ムカッとしていると、ご飯を食べ終わったハルが、俺と陽の方へ顔をこすりつけてきた。

いつもは、俺の方にだけ来ていたのに、今日は陽の方へも愛想を振りまいている。

陽は、初めてのハルの頬ずりに、顔を紅潮させ、ハルに抱きつこうとしたところで、猫パンチをくらっていた。

笑うと、陽も嬉しそうに笑う。


「がっかりなんてしない。だって、また来るんだろ?」


「ああ、来るよ。俺が寂しいからね」

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