第165話 退院祝いの食事会
晴輝と若葉が戦った後のこと。
そのまま帰ろうとしていた若葉だったのだが、ちょうどそのタイミングで帰ってきた秋穂に引き留められ、結局そのまま夕飯までご馳走になることになった。
さすがにそのままでは申し訳ないということで、若葉が夕食作りを手伝った結果。紅咲家の食卓にはこれ以上ないほど豪華な料理が机の上に所狭しと並べられていた。
「それではお兄ちゃんと青嵐寺さんの退院を祝して!」
「「祝して!」」
「「「おめでとうございまーす!!」」」
秋穂、若葉、空花の三人がパチパチと盛大に拍手する。
「おめでとー、にーたん! れーちゃんも!」
「おでめとー、にぃ! れーちゃ!」
「おう。ありがとな千夏、冬也。ただ冬也、おでめとうじゃなくておめでとうだ」
「ふふ、ありがとうみんな。でも、本当にここまでしてもらってよかったのかしら」
「もちろんです。青嵐寺さんにはお兄ちゃんが普段からお世話になってますし」
「誰がこいつの世話になってんだ誰が!」
「あ、とりあえず唐揚げもーらい」
「空花は普通に食ってんじゃねぇ!」
「ねぇね、もう食べてもいい?」
「い?」
「あ、うん。もう大丈夫だよ。ちょっと待ってねよそってあげるから」
「あはは、すごく賑やかですね。ところであの、紅咲君のご両親は?」
「あー、まぁどうせ仕事だろ。帰ってくるのが遅いのはいつものことだしな。気にすんな。どうせこの量なんか食い切れねぇだろうし、残ったの置いときゃ大丈夫だ」
「それならいいんだけど。えっと、それじゃあわたしもいただきます」
食べ始めたことで食卓は一気に騒がしくなった。
「あ、おい空花! その春巻きは俺が食おうとしてたやつだろうが!」
「こういうのは早い物勝ちだ。残念でしたー」
「てめぇなぁ!」
「あーもうお兄ちゃん。こんな時まで喧嘩しないで。春巻きならまだ残ってるでしょ。あ、このだし巻き卵美味しい……黄嶋さんが作ったやつですよね。どうやって作ったかまた後で教えてもらっていいですか?」
「はい、大丈夫ですよ。後でレシピ書いておきますね」
「ごはんおいしー!」
「しー!」
そんな騒がしい食卓の中で、ただ一人零華だけが静かなことに晴輝は気づいた。
その表情がどこか憂いを帯びていることにも。
「なんだよお前、食わねぇのか?」
「ちゃんと食べてるわよ。ただあなたやそこの彼女みたいに意地汚くないだけ」
「意地汚いってなんだよ。ぶっ飛ばすぞてめぇ」
「事実でしょ。まったく、食事くらい静かに食べられないのかしら」
「んなこと言ったってなぁ。多かれ少なかれうちの食事はこんな感じだぞ。千夏と冬也がうるさいからな。今日みたいに空花が来たりしたらだいたいこうなるしな」
「……そう」
「えっと……もしかしてお口に合いませんでしたか?」
「そんなことはないわ。すごく美味しくて驚いてるくらい。一流のシェフにも負けてないんじゃないかしら。」
「さすがにそれは持ち上げ過ぎですよ。私の料理の腕なんて普通ですから」
「謙遜しなくてもいいのに。ただ……そうね、こんなに騒がしい食事、久しぶりだなって思っただけよ」
「はんっ、なにをセンチになってんだか知らねぇが。さっさと食わないなら食っちまうからな」
「あ、待ちなさい。だから食べてるって言ってるでしょう」
「こっちはあたしがいただきー」
「あなたまで、あぁもうホントに油断も隙もないわね」
そうして気づけば零華も晴輝と空花のペースに巻き込まれていき、気づけば零華の表情から憂いは無くなっていた。
それに気づいた若葉は小さく笑みを浮かべた。
「みなさん、まだまだたくさんありますから。そんなに取り合いしなくても大丈夫ですよ」
若葉がそう口を挟んだところで零斗と空花の奪い合いが止まるはずもなく。賑やかな食事会は全員がお腹いっぱいになるまで続いたのだった。
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