第160話 肥大化した理想

 今でも若葉は覚えている。いや、夢に見ることすらある。

 あの怪人オウガの恐ろしさを。その絶望的なまでに強力だった力を。


「あの日、わたしは戦えませんでした。わたしが魔法少女として培ってきた力は、憧れてきた力は、あの怪人の前には無力だった。手も足も出なくて……あの日、わたしの心は折れた。結局魔法少女の力を手に入れても、わたしは本当の意味で魔法少女になることはできなかった」


 自分の魔法が通じず、一方的に蹂躙される。あの時に若葉が感じた無力感はトラウマを植え付けるには十分なほどだった。

 そしてそのトラウマが原因となり、若葉は怪人と戦うことに恐怖を覚えるようになってしまったのだ。

 怪人と戦おうとする意思はある。だが、その度にオウガの恐怖を思い出し体の震えが止まらなくなるのだ。


「でも、あの怪人に……あの恐怖にあなたは立ち向かった。真正面から。そして打ち勝った。恐怖に、力に屈することなく立ち向かう。あの時のあなたはまさしくわたしが理想とする魔法少女そのものだった」


 若葉はまっすぐレッドの、晴輝の目を見据えて言う。その視線に含まれる感情は決してプラスの感情だけでは無かった。微かではあったが感じ取れる、自分のできなかったことをやってのけた晴輝に対する負の感情があった。


「ねぇ、どうしてあなたはあの怪人に立ち向かうことができたの? わたしの何が間違ってたの? わたしの憧れは……間違ってたの?」

「それは……別に間違ってるわけではないと思うけど」

「じゃあ、わたしには何が足りなかったの?」

「足りなかったもの……」


 実力。足りなかったものとして一番最初に晴輝が思い浮かべたのはそれだった。だが、すぐにその考えを否定する。オウガと戦う前のホープイエローの実力は、ラブリィレッドと遜色ないレベルだった。少なくとも、絶対的な力の差があるというほどではなかったのだ。

 だがそれでもラブリィレッドはオウガに勝利し、ホープイエローはオウガの前に屈した。

 もちろんホープイエローとオウガの相性が悪かったというのはあるかもしれない。だがそれ以上にラブリィレッドとホープイエローの二人の間にあった二人の差は――。


「意志……じゃないかな」

「意志?」

「上手く言葉にはできないけど。たぶん、そうなんじゃないかなって」

「わたしには戦う意志がなかったってこと?」

「そういうわけじゃ……いや、でもそういうことなのかもしれない」


 一瞬言い直そうかと言葉を考えた晴輝だったが、あえて思ったことをそのまま告げることした。それが一番若葉に伝えるべきことだと思ったからだ。


「知ってると思うけど、私は魔法少女が嫌いだよ。今でもそれは変わってない。でも、嫌いだからこそわかることもある」

「わかること?」

「魔法少女は理想の存在なんかじゃない。フィクションの存在なんかじゃない。紛れもなく現実に存在するものなんだって。今ここにこうして私がいるように、魔法少女が嫌いな人間だって魔法少女になれてしまう。理想はあくまで理想、それに近づこうとするのが悪いことだとは思わない。でも、理想しか掲げない人は脆いよ。若葉はそうだったように」

「っ……」

「私は理想の魔法少女なんか知らない。だから自分の力の範囲で、自分のできることしかできない。でも若葉はそうじゃなかった。理想の魔法少女が……ううん、憧れ続けたことで理想以上の存在に肥大してしまった魔法少女像があった。だから、自分がその理想になれないと思った時に意志が折れた。理想を失った若葉にはそこから立ち上がる力が無かった」

「わたしの憧れは……間違ってたの?」

「間違ってたとは言わないよ。それが若葉にとって魔法少女としての根幹だったんだろうから。でも、それだけじゃダメだった。私がそうだったように、零華がそうであるように自分自身が魔法少女として戦う理由が必要なんだと思う。若葉にはそれがある?」

「わたし自身が魔法少女として戦う理由……」

「それが見つからないと、また同じ状況になった時若葉は戦えなくなると思う。だから、ちょっと手荒だけど……私なりの方法でやろうと思う」

「え?」


 素っ頓狂な声を上げる若葉の隣で、晴輝は静かに己の中の魔力を練り上げる。


「変身して若葉。そんでもって、今抱えてる不満全部私にぶつけてよ」 

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