第138話 次こそは決着を
ラブリィレッドの必殺の一撃を食らったオウガが仰向けに倒れる。
「っぅ……はぁ、はぁ、はぁ……ゲホッ、ゲホッ、ざまぁみやがれクソが……」
全身で息をしながら、フラフラの体を引きずってラブリィレッドは倒れたオウガの元へと向かった。オウガに立ち上がる気配は無い。
もっとも立っているレッドもいつ倒れても不思議ではない状態ではあったが。今も立てているのは意地と根性によるものだ。
「見事だ。ラブリィレッド……」
「っ、てめぇ、まだ意識あんのかよ」
「あぁ。だがしばらくは動けそうにない。止めを差すなら今のうちだぞ」
「ずいぶんと潔いじゃねぇか」
「俺は敗者で貴様は勝者。敗者の生殺与奪は勝者にある。当然のことだ」
「……確かにな」
立っているのがレッドで、倒れているのがオウガ。もしかしたらこの構図は逆だったかもしれない。そうなってもおかしくないほどの激戦だった。まさしく紙一重の勝利だ。
「よもや貴様がこれほどの力を示そうとはな」
「なんで満足そうなんだよてめぇ」
「貴様は紛れもなく強者だ。その強者と戦い、負けた。何を悔いることがある」
「なるほどな。わかった。じゃあオレも遠慮はしねぇよ」
グッと拳を握りしめるレッド。そこに絞りかすのような魔力を集中させ――。
「オウガ様っっ!!」
「っ?! お前は……」
とっさに後ろに跳んだレッド。
凄まじい速さで襲来したその存在は、オウガを守るようにレッドとオウガの間に立ちはだかった。
さすがに予想外だったのか、オウガもまた目を見開き、その名を呼んだ。
「ライオネル……貴様、いったい何を」
「決まっています。あなたを助けに来ました」
少し前。
ブルーと戦っていたライオネルはその意識のほとんどを『血桜』に持って行かれていた。
体の支配権を奪われ、自由に動かすことも叶わない状態。
『血桜』は持ち主であるライオネルの体の負担など気にしない。無理な動きだろうと関係なく動かし続ける。
あまりにも無茶な動きに全身が悲鳴を上げていた。しかしそれでも構わなかった。ライオネルが求めるのは勝利。後先のことなど考えない。たとえこの勝利の先に死んだとしても構わないと。
ライオネルにとって勝利とはそれだけ重く、己のプライドよりも優先すべきことだった。
しかし、力に身を委ねてもなおブレイブブルーには届かなかった。
斬ろうとしても斬ろうとしてもその太刀は掠りもせず、水の如き変幻自在な動きで翻弄され続けた。
そして――。
「『鏡花水月』」
己の右腕が切り飛ばされる様を見ていた。
それでもライオネルは勝負を諦めはしなかった。右腕が切り飛ばされようとも、まだ左腕は残っている。左腕で太刀を握れば良いと。
だがその時だった。離れた位置から爆発的な魔力の高まり、力の奔流を感じたのは。
それはオウガとレッドの戦い。その決着の瞬間だった。
それを見た瞬間、ライオネルの頭の中から太刀の存在が消えた。
右腕を切り飛ばされたことで太刀の支配からも解放されたライオネルは、先ほどまでの思考は捨て去り脇目も振らずにオウガの元へと走ったのだ。
「っ、待ちなさい!」
遅れてライオネルの後を追いかけるブルーだったが、ここに来てライオネルの速さはブルーが追いつけないほどの速さとなっていた。
そしてブルーを振り切ったライオネルはそのまま止めを差そうとするレッドとオウガの間に割って入ったのだ。
「ライオネル……貴様、いったい何を」
「決まっています。あなたを助けに来ました」
すでにライオネルは自我を取り戻していた。
右腕が無かろうと関係ない、命を賭してオウガを守ってみせると。
「てめぇ……」
「オウガ様には手出しさせんぞ」
右腕のない状態とはいえ、まだ動けるライオネルと立って居るのもやっとのレッド。今の状態では戦えるはずもなかった。
だがそこに後を追って来たブルーも到着する。
「驚いた。まさかあの怪人をあそこまで追い詰めてたなんて」
「うっせぇ。まだケリはついてねぇんだからな」
「っ! その喋り方……いえ、そうね。それよりもこっちの方が優先だわ」
これで二対一。だが構うものかとライオネルが決死の攻撃に出ようとしたその時だった。
「止まれライオネル!」
「っ!」
オウガに言われ、ピタリとその動きを止める。
そしてオウガはゆっくりと立ち上がった。
「てめぇ、やっぱ動けたんじゃねぇか」
「なに、今動けるようになっただけだ」
「ちっ、白々しいんだよ」
「今ここで貴様にやられるならばそれもまた、とも思ったのだがな。どうやらまだその時ではなかったようだ」
オウガはまっすぐにレッドのことを見据えて言った。
「次だ」
「次?」
「次こそ決着をつける。この場を勝利は譲ろう。敗北の汚名も甘んじて受け入れよう。そしてこの敗北という屈辱は再び見えた時に貴様に勝利することで晴らさせてもらおう」
「っ……」
「どの道、その拳では殺せなかっただろうからな。もっと強くなるがいい、ラブリィレッド。より強くなった貴様を下すことで、俺は更なる高みへと至ってみせる」
「あ、おいてめぇ――ぐぅっ!」
いよいよ立って居られなくなったレッドは苦悶の表情を浮かべてその場で膝をつく。
オウガの背後に大きな穴が現れる。それがどこかに通じているのは明白だった。
「……ブルー、我らもまた次こそ決着をつけるとしよう。どちらが上かを決めるためにな」
「上とかどうとか、あんまり興味はないけれど。そうね、決着をつけないままというのは不本意だもの」
そう言ってブルーとライオネルは睨み合う。
「さらばだ」
そしてオウガとライオネルは穴の中へと姿を消していった。そして、それと同時に学校全体を包んでいた空間断絶装置も解除された。
「終わっ……た……」
「そうね……っぅ」
緊張の糸が切れたのか、立ち続けていたブルーも膝をつく。
「さすがに……キツかったわ」
「はっ、情けねぇな……」
口ではそういうレッドだが、それほど余裕があるわけでもなかった。
「レッドさん、ブルーさん!」
遠くからイエローが二人の名を呼びながら駆けて来る。
だが、力を限界まで出し切っていた二人はそれに返事する体力すら残っておらず、そのまま意識を失った。
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