第74話 理性なき獣

 人狼から巨大な狼へと変身したグロウ。その身から放たれる圧倒的な力は先ほどまでと比べ物にならないほど上がっている。


「ね、ねぇ、これはさすがに……」

「えぇ、マズいわね」


 さすがにブレイブブルーも苦い顔をしている。当たり前だ。どうみたってこんなの魔法少女とはいえ、人がやり合うような相手じゃない。戦車とか持って来いって話だ。それでも相手になるかどうかわからねぇけど。というか普通の戦車じゃ無理か。

 これとやり合えって? 冗談じゃねぇぞ。でも、逃げるわけにもいかねぇし。あぁ、クソ! オレの詰めの甘さはわかってたってのに。

 いや、今は反省してる場合じゃねぇ。戦うにしても逃げるにしても、このままじゃ無理だ。まずは体勢と立て直さねぇと……って、まずい!!


「グルルルァアアアアアアッッ!!」


 巨狼となって再生した右腕を地面に叩きつける。その瞬間、大地が揺れた。比喩でもなんでもなく、視界が揺れてまともに立ってられないほどの衝撃が襲う。


「ちょ、あ、ありえないんだけど!」

「しっかりしなさい!」


 剣を地面に突き立てて耐えるブレイブブルーに対して、オレは支えにできるものが何もないせいで思わず尻餅をつく。

 さっきも地面殴って揺らしてたけど、それよりもずっと揺れが強い。

 ってかなんで右腕が再生してんだよ! どういう理屈だ! ふざけんな!

 今の姿になって、再生力も上がったとかそんな感じだろうけど、それでも無くなったもんを復活させるとかありえねぇ。怪人相手に常識に囚われてもしょうがねぇかもしれねぇけどさ。

 飛びながら戦うって手段もある。でも、魔法で飛び続けるのは思ったよりも集中力がいる。まだ飛ぶのに慣れてない今のままじゃ威力の高い魔法は使えねぇし。というか飛んでたら狙いうちされそうなんだよな。

 とりあえず無茶苦茶に暴れてるあいつをなんとか止めねぇと。

 幸いというか、今のあいつは完全に我を失って滅茶苦茶に暴れてるだけだ。オレ達のことも視界に入ってるかどうか怪しい。

 それでもこっちからちょっかい出したら敵認定されそうだけどな。とりあえず動き止めるしかねぇか。多少強引にはなるけど、鎖で動き止めるしかねぇ。効くかどうかはわからねぇけどな。


「とりあえずやってみるしかない! いくよ——」

「っ、待ちなさいレッド、迂闊に仕掛けるのは」

「『愛の鎖ラブチェイン』!!」


 ありったけの鎖をグロウの体に巻き付ける。遠慮なしの全力だ。もしうまく巻き付けれたらさっきの奥の手もまた使えるかもしれねぇしな。まぁ、あれは奥の手というか裏技って感じだが。

 

「グルァッッ!!」

「え、嘘!?」


 グロウが巻き付いた鎖をいとも容易く引きちぎる。

 自慢じゃないが、オレの鎖は鉄よりも硬い。さっきまでのグロウだって完全には振りほどけてなかったのに。

 そして今ので、暴れまわってただけのグロウはオレのことを認識した。

 ギョロリとした巨大な目がオレのことを射貫く。その目には狂ったような殺意だけが宿っていた。


「やばっ——」


 とっさにグロウから距離を取ろうとするが、それよりもグロウの方が速かった。

 巨体ならではの鈍重な動きじゃない。それはまさしく狼を彷彿とさせる速さ。


「ウォオオオオオオオッッ!!」

「っぅ!!」


 直撃こそ避けたが、右腕を振り降ろした時に起こった風圧だけで吹き飛ばされる。

 そこにすかさず今度は薙ぐように振られた左腕がオレに迫って来る。ってマズい! この姿勢じゃ避け切れねぇ!


「レッド!」

「うわぁっ!?」


 不意に横から蹴り飛ばされる。その衝撃でゴロゴロと地面を転がることになったが、おかげでなんとかグロウの一撃は避けることができた。

 今のはあいつの仕業か。おかげで助かったけど……もうちょっとマシな助けかたねぇのかよ。

 蹴られた横腹を抑える。グロウのに当たるよりはマシだけど、相当強く蹴りやがったなあの野郎。


「あきらかに普通じゃない相手にいきなり仕掛けるかしら? あなた、やっぱり馬鹿なんじゃないの?」

「う、うるさいなぁ」

「今ので最初の借りは返したから。次は助けないわよ」

「っ……」


 くそ、何も言い返せねぇ。ほとんど無策だったのは事実だからな。


「で、でもどうするの? 段違いの力と速さだけど。鎖でも動き止められないとなるととれる手段が限られるんだけど」

「さっき止めをさしておくべきだった……と言いたいところだけど、この怪人からは聞かなきゃいけないことができたわ」

「聞かなきゃいけないこと?」

「あなたには関係のない話よ。とにかく、是が非でも捕まえる」

「そのための手段を聞いてるんだけど。言っとくけど、今の私が使える魔法の中になんとかできそうな都合のいい魔法とかないからね」


 というか、さっき爆発させた時と今使った鎖にありったけの魔力を使ったから、もうそんなに大きな魔法をポンポン連発できそうにもない。なんの考えも無しに使い過ぎた。


「これから考えると言いたいところだけど……そんな暇もなさそうよ」

「っ!」


 攻撃を避けられたことでさらに腹を立てたのか、滅茶苦茶に暴れまわるグロウ。ダメだ、手が付けられそうにもねぇ。

 ひとしきり暴れたグロウは今度はオレ達の方に目を向ける。


「ガァッ!!」


 っ、冗談じゃねぇ、噛み砕くつもりかあいつ!

 顎を大きく開き、噛みつこうとしてくるグロウ。十メートル以上は離れてたはずだが、瞬きの間にその距離が零になる。

 わかってても避けるので精一杯。いや、この速さを相手にいつまで避け切れるかわからねぇ。

 何か対策を考えようにも思いつかない。焦れば焦るほど思考が狭まる。

 苦し紛れに魔法を放っても痛痒を与えられず、ブレイブブルーの剣も鋼のような肉体に弾かれる。

 万事休す。いよいよ打つ手がなくなってきたその時だった。


「あははっ♪ なんか面白そうなことになってるねぇ」


 突然割り込んできた第三者の声。

 知らない声じゃない。どっかで聞いたことが……って、この声は!


「ねぇ、せっかくならわたしも混ぜてよ」


 オレ達とグロウの間に降り立つ、漆黒の影。

 そうだ。前に一回会った……。


「ト、トイフェルシュバルツ……」

「やぁ、会ったね。ラブリィレッド」

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