第3話 夢を紡ぐタイプライト

 ある日、私にとって、期待しつつも恐れていた事件が起きた。


 私はサイトから届いていた一通のメールを見て驚いた。

相手は、……風見詩経、先日圭介ではない事が判明した、例の作家からだ。震える手でキーボードのキーを叩き、メールを開く、何千、何万人という投稿者がいる中で、しかも順位で上位にも入らないこの私に、彼が一体私に何の用なのか。


 私はメールを恐る恐る開く


「はじめまして、樒 麓しきみ れい様、風見詩経と申します。私はあなたの小説の大ファンです……」瞬間、胸が熱くなる。人違いとはいえ、自分が三年間、強く惹かれ続けていた作家に、しかも大ファンだなんて初めて言われてしまったから、胸が急にキュンと、締め付けられてしまう。圭介とは別の惹かれていた小説の作家だけに、胸が熱くなる。

 しかも昨日の今日で人違いだったとこっちがかなりの精神的混乱を受けているこの最中になんて心揺さぶるメールをよこすのだろうこの人は……。ファンメールかな……。少なくとも私の心を奪った小説を書く人からのメールなのだ。気になる。非常に、ごめん、圭介、私は浮気者だ。でも読んだら、ちゃんとこのメールを削除するからね。


しかし私は彼の文面に衝撃を受け、釘付けになる事になった。


 文面には圭介が関わっていた。


 実は今日こうしてメールを差し上げたのは、先日、倉木 圭介と名乗る男性からメールでコンタクトがあり、私のペンネーム、風見詩経の由来について聞かれました。私はすぐに、ピンときました、彼があの、私の憧れていた風見詩経である事を、そして今は軽蔑すべき相手であり、私の永遠のライバルである事を、かつて、風見詩経は私の憧れの作家であり、目標であり、尊敬の対象でもありました。ですが彼は三年前のあるコンテストの発表の落選から、コンテストの結果が納得できないものだとサイトで運営を下劣にもののしり、サイトから消えました。私は許せませんでした。彼は知らない、風見詩経がどれだけサイトの作家達の尊敬たる存在であったかを。そしてあの無残な発言はどれだけファンを傷つけたかを、そしてあの時にコンテストの大賞を取ったこの私を置き去りにして、作品ごと私の存在自体を無視し、消え去ったのです。解りますか? 憧れ、追いかけ、自分の理想とまで尊敬し熱くなれたその人の存在のおかげでここまで書けた、だが彼は私の作品ごとすべてを無視したのです。その尊敬する相手にすべてを否定され、現実を受け入れず逃げるように姿を消したその相手を、あの時の裏切られたその時の私の気持ちを……


「きっとあのコンテスト事件だ」


私には思い当たる節があった。覚えていた。きっと三年前のコンテストだ。圭介がネット投稿をそれ以来きっぱりと辞めてしまったというのは本当だったんだ……


 それはサイト内のちょっとした短編のコンテストだった。だがその熱量は凄まじかった。当時の風見詩経はネット上では神童とさえ言われるほどの神がかり的な研ぎ澄まされた美しい文章を書く作家として、一世を風靡する人気を誇っていた。


誰もが風見詩経の作品を望み、誰もが彼の、圭介の作品を貪るように読んだ。勿論、今度のコンテストも誰もが彼が賞を取るだろうと思っていた。作品は賞を取るには十二分に申し分ないものだった。だが番狂わせが起きた。今でも覚えている、風見詩経の作品と名は挙げられることはなく、変わりに、聞いたこともない単身飛び込んできた一人の作家に賞があてられたのだった。でも私は覚えてる。その人の作品は圭介にも劣らない美しく類稀に見る素晴らしい希少な作品であった事。正々堂々ととった賞なのに、当時、味方の多い圭介の心ない一言によって、彼は理不尽な仕打ちをネット上で受けた事。


……覚えてる、覚えてるよ、確か、彼の名前は、萎ヱ木 樺棲なえき かすみ……圭介を初めていわゆる王座から引きずり下ろした作家の名前を忘れるはずがなかった。私は彼のメールに没頭した。


 僕のペンネームは萎ヱ木 樺棲なえき かすみ、これは本名です。僕はペンネームに本名を使っていました。

僕は許せなかった、彼の所業を、僕と僕の愛する作品を認めなかった事なんかよりも、僕と正々堂々と面と向かうことなく、腰抜けのように逃げおおせた風見詩経の作家としての姿を、だから彼が去った三年前、彼のペンネームを使い、僕が風見詩経として、彼の汚名を晴らすべく引き継ぐことにしたのです。彼がこの事に気が付き、再び僕の前に現れるその日まで、そして先日、ついにその時がきました。大型新人賞のコンテスト、彼も投稿しているんですよね。風見詩経としてね。僕も小説を投稿しましたよ。今度は風見詩経としてではなく、萎ヱ木 樺棲なえき かすみとしてね。今度こそ、逃がさない、あの時の決着をつけたくてね。正々堂々とリベンジできる準備を僕はしてきたんだ。風見詩経として堂々と彼が戦える下地を僕は作ってきた、昔と変わらず風見詩経の人気はネットでは不動だ、三年前のあの時のままにね、だが僕は再度、彼を正式に超えて見せる。この大きな大舞台のコンテストでね。先ほど、サイトにコンテストの応募を宣言しました。風見詩経として派手にね。きっとファンは心待ちにしている筈さ。三年前と同じにね、次は逃げられないよ、風見詩経。なにしろ今度の新人賞の発表はラジオ放送もされる、風見詩経は僕が守ってきた三年前の不動の人気のまま、今度こそ、この萎ヱ木 樺棲と正々堂々戦って超えさせてもらう。僕の名誉、三年前の汚名を返してもらうよ


樒 麓さん、風見詩経本人と、二人で僕に会ってください、風見詩経とけじめをつけなければならない。あなたにも話したい事があります


彼のメールはそこで終わっていた。圭介と彼は、やはり無関係ではなかった。三年前の根深い因果関係、風見詩経を名乗ってすれ違いに現れたタイミング、計画的に狙ってのタイミングだったのだ。私でさえ、彼が圭介でないと気が付けない訳だわ。


 しかし恐るべきは、この三年間の彼の投稿小説の数々だ……なぜなら彼はあたしに圭介の作品だと思い込ませ疑わせないほどの実力と、毎週上位という、風見詩経がやってのけた結果を出し続けたのだから……でもあたしにはひとつだけ腑に落ちないことがあった


私はメールを返した。


 萎ヱ木 樺棲さん、あなたと圭介の因果関係は理解しました。でも、あたし関係なくないですか?あたし、二人の因果関係に何も関係なくないですか? ですよね? 何故あたしと圭介二人であなたに合わなければならないのですか?


返信を待つ……。


来た。


 関係ありますよ。彼はこうも言いました、風見詩経はある女性の側に居る為にだけ存在する作家、彼女の心を惑わすのはやめてくれと、誰の事かわかりますか? 樒 麓さん、貴方の事ですよ。勿論僕は反論しました。先にも書きましたが僕はあなたの大ファンなんです。これは嘘じゃあない。貴方の作品は素敵だ。僕はあなたの描く恋愛作品が大好きです。だから芸術と創作の純粋な作品の前にそんな恋愛の私情など持ち込むなと、私は彼に言いました。そういうの、嫌いです。これは私とあなただけの問題だとね、でもそうこう禅問答を繰り返していくうちに、同時に、こうも思うようになりました。今現在の風見詩経を体現しているのはすでに彼ではなく、僕自身だ。


風見詩経を三年もの間引き継いできたうちに、風見詩経の全てを奪いたい、僕が受けた屈辱を彼に敗北と同時に、彼の輝く栄光の全てを奪いたい、ともね。そして僕もとても興味を持つようになりました。あなたの小説の大ファンだった私が、現実の樒 麓しきみ れい自身にね。とても会ってみたくなったんですよ。彼からあなたの事を聞いているうちにね。夏樹 紗希さん。


私は眩暈で頭の中がクラクラしてきた。そして能天気にもこうも思った。


これモテ期来てる?


そして彼から届いた最後のメールにはこう書いてあった。


たった今、風見詩経からメールが来ました。どうやら今回は覚悟を決めて、逃げずに会ってくれるそうですね。この僕に、是非あなたも一緒にと。


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