7-97 真っ直ぐさ
遡ること一時間前。未だに待機が続き、建物に隠れながら基地内の敵と睨み合いを続けるトゥールとジャンは、夜も長いとして配給されたコーヒーの余りの不味さに顔をしかめていた。
「不味い! 泥水を
「もともと安物なのを下手な人間が淹れていますからね。豆を変えるか、淹れ方を変えるかで大分味も違いますが……まぁ、そんな事に予算など使わないでしょう」
「今度、部隊が再編される時は、コーヒーを淹れるのが上手い奴を採用項目に加えてやるかな」
「なかなかハードルは高いでしょうが……」
ジャンはそう言ったが、マシでも幾分か有り難いとは思っていた。カフェイン摂取のために軍にコーヒーが欠かせない以上、毎日泥水を
「少佐!」
二人が軍のコーヒーの不味さに打ちひしがれていた時、トゥールの副官代理アングレッド軍曹が彼等へ敬礼を向けた。
「何だ軍曹? 敵に動きでもあったのか?」
「いえ、その……お客様です」
少し戸惑った様子のアングレッド軍曹に、ジャンとトゥールは首を傾げ合うが、お客の正体がわかった瞬間、納得と共に呆れが噴出する。
「よっ!」
「よっ! じゃねぇよ……何で居んだよ、
本国に待機している筈の友人に対し、ジャンは眼鏡越しに呆れ気味に細めた目を向けた。
「いや〜っ、な? 親友なら分かるだろ?」
「我慢出来ずに人事部長脅して来やがったな?」
「御明察!」
「この戦闘馬鹿が……」
もう頭が痛いとばかりに頭を抱えるジャンに、隣でトゥールは苦笑を
「しかし……どうやって来たのだ? 人事部を脅したからと言って、勝手な戦闘参加は許可されない筈だが?」
「いえね? トゥール少佐。ルミエール・オキュレ基地が敵に落とされたらしいじゃないですか? で、補給部隊に紛れて援軍に行くっ
「なるほどな……戦線拡大の恐れがあるから、下手な軍は送れんし、一騎当千たる、お前さんを送るのが妥当だと判断したのだろう」
「勿論、個人的な感情による行動なので部下達は連れて来ませんでしたよ。まぁ……それより……」
シャルルは辺りを見渡し、緊張感は残りながらも妙な燃え尽きた感を醸し出す共和国兵達の姿を視界に入れた事で、現状について直ぐに察する事が出来た。
「どうやら、遅かったらしいな……」
「見ての通りの惨敗だ。オリヴィエが落とされたからな」
ジャンから
「オリヴィエが落ちた⁈ マジか‼︎」
「あぁ……マジだな。しかも、例のごとく奴に踊らされて、だ」
ジャンの口から出た名詞。言われずとも分かるその正体に、シャルルの身の毛が興奮によりよだった。
「居たのか、ジャン……奴が……」
「あぁ……居やがったよ。それで
「あはははは! 流石だな! 流石はエルヴィン・フライブルク! 我が宿敵だ‼︎」
闘志を沸かせ、眼を戦意でギラつかせるシャルルだったが、直ぐにジャンから冷や水がかけられる。
「言っとくが、もう戦えんからな。勝負は既に着いた。戦端をまた開かれても迷惑だ」
「わかってるよ……あ〜っ、チクショ〜‼︎ 早く来りゃあ良かったぜ‼︎」
シャルルは戦闘狂だが、自制を効かせられる程の冷静さは持っている。だからこそ、今回は負け戦なのだと悟っていたし、自分が出しゃばって良いタイミングを逃したのだとも気付いていた。
戦意と強敵の存在による高揚感を抑えながら、弁えるべき退き際を持って、彼が背中から剣を抜く事はなかった。
「しっかし、エルヴィン・フライブルク……また
「まぁ、当分は無理だろうな」
「チクショ〜! 本当にチクショ〜ッ‼︎」
「どんだけ悔しがんだよ」
「滅多に居ない宿敵だぞ! そんな奴と戦える機会を逸した事に残念感が湧かない筈が無いだろう!」
「確かに、敵もダメージを受けている以上、敵方面軍は当分防衛に専念し、中央軍に後を任せるだろう。オリヴィエが落ちた以上、
「チッ、帝国中央軍に他の優れた指揮官が居りゃ良いがな……」
敗北した後とは思えない会話の数々。シャルルが現れた事で、自然と周りの空気に光が僅かばかり戻った様だった。
今回、彼は戦いに参加していないため敗北感が無く明るさを振り撒けた、というのも一因であるが、彼自身の前向きで根は真っ直ぐな性格自体に、妙な光明力があるらしい。
「楽しく会話をしとる所悪いが……ラヴァル中佐、総司令官に挨拶せんで良いのか?」
「そうだった! 遅ればせながらの援軍だが、挨拶はしとかんとな!」
「俺も行くよ。お前だけじゃ心配だ。トゥール少佐は待機をお願いします」
「当然だな。意気消沈しとる部下達を捨て置く事もできん」
そうして、通信機を置いたジャンと背中の剣を兵士に預けたシャルルは司令部へと向かったのだが、ペサック大将がマシー少佐を殴る瞬間に出くわし、シャルルが咄嗟に間に割って入り総司令官を殴った、という訳である。
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