32「大団円」

 アジャクシオには、以前と変わりない日常が広がっておりました。

 父上も母上も、兄上も以前と変わらず私を出迎えてくれました。


 しばらくは第一王都アングレットの状況、そして父の旧友や仲間たちについて近況を説明いたしました。父は懐かしそうに目を細めて耳を傾けます。転領の話に心が動いているのかもしれません。


 相変わらずバシュラール家は身の置き所がない状況が続いておりました。しかし街の状況が変わり始めます。それは野火のように広がり続けました。

【魅了】の噂です。

 第三王都アジャクシオは一見平和です。しかし何かが渦巻き始めました。


 その渦に兄上も、ついに巻き込まれてしまいます。

「噂は聞いたか?」

「はい、メイドたちから」

「酷いものだよ。騎士たちも何人か追放された」

「お兄様は大丈夫なのですか?」

「いや、辞表を叩きつけてきた。部下たちを責めれば、私がそうすると読んでいるのだ。汚い奴らめ」

 令嬢ヴォルチエ・ソランジュがため息をつけば、翌日には王宮から人が去る。そのような噂です。

 辺境流の統治を持ち込んでいると、もっぱらの評判でした。


 強引な治世の代償として、この街の人心はアルフォンス様から離れていきます。ソランジュ様を褒めそやしていた人たちも、徐々に非難を口にし始めました。

 思えばただの流行だったかもしれません。ほんのささいなきっかけで、人の心は揺れ動くのです。


 二人は絶え間なく喧嘩をしている、などとの噂が私の耳にも届き始めます。

 王宮のあちらこちらで、王の臣下であるはずの者たちが争いを始めました。西方派対東方派の主導権争いです。

 そしてソランジュ様が一時辺境に帰領いたしたしました。

 その機に乗じてビュファン・アルフォンス様は、ヴォルチエ辺境伯家の者たちをアジャクシオから追放いたします。

 ついに大きなうねりが始まったのです。


  ◆


 そしてそれがおさまった頃、アルフォンス様が我が家を訪ねて来られました。

「大変なようだな……」

「ああ、君にも去られて、な」

 最上級の応接の間で、兄と私だけで対応いたします。

 アルフォンス様は供の者たちを馬車に持たせ、たった一人でその部屋へと入りました。まるで今の自分の立場を表しているようです。

「ディアーヌを婚約者ではなく、妻として王宮に迎え入れたい。虫の良い話だとは思うがどうか了承してくれないか?」

「……何を言うのか。今更、何を言うかっ!」

 お兄様は立ち上がり両拳を握りしめます。今まで私のために戦い傷つき負け続けた終りが、これなのですから。

 その姿を見たアルフォンス様は、いきなり土下座いたしました。私の目からは涙が溢れます。

「何を調子のよい……」

 そして私はアルフォンス様の隣に立ち、同じように土下座いたしました。

「なっ、なっ――、お前まで何だっ!」

「どうか私共をお許し下さい。お兄様」


 沈黙が続きます。額を絨毯に押しつける私には、兄の顔をうかがい知ることはできません。

「ええいっ、俺にはお前たちが何を考えているなど分からん。しかし賛成するぞ! 全てが元に戻るのだ。反対する者がいたら俺が説得する。たとえ父と母でもだ!」

「お兄様……」

 アルフォンス様も顔を上げました。

「感謝する。友よ」

「ありがとうございます」

「まったく、お前たちときたら――いったい……」

「いずれ愛する人が現われれば、お兄様にも分かりますわ」


 ◆


 何もかにもが、元に戻ろうとしています。全てがまるく治るはずでした。しかしやはり不満を持つ者たちはおります

 最後まで抵抗したのは、ヴォルチエ家でした。当然です。

 使節団を何度も送ってきましたが、それは全て街壁で阻まれました。諦めずに何日も交渉を続けましたが、アルフォンス様はすべてを突っぱねました。

 無駄と分かり諦めたヴォルチエ家は辺境の領地に引き上げます。が、これで終わりではありませんでした。


 ソランジュ様はあれからもアルフォンス様を慕い続け、結婚もせずに辺境の治世と他国との政治に邁進したようです。

 まだ諦めてはいませんでした。

 そして、なんと恐ろしいことに数年後、ルフェーヴル連合王国、第三王都アジャクシオに革命戦争を仕掛けたのです。

 バカですね。

 おとなしく我が軍門に下れば、命くらいは助けてやったのに。辺境の田舎娘は負けという言葉を知らないようです。

 ものごとの終わりを教えてさしあげねばなりません。

 だから火刑にしてやりました。恨めしいと、さぞや燃えたことでしょう。


 第三王都アジャクシオに平穏が戻りました。

 紆余曲折ありましたが、ビュファンとバシュラール両家は信頼関係を続けました。

 国は安定し平和な日々が続きます。

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