02「家族会議」

 自宅に戻りますと、屋敷は騒然としておりました。婚約破棄の通知が届いていたからです。

「帰ったか。ディアーヌ!」

 私は怒りに顔をゆがめた兄に迎えられました。

「来てくれ」

 そして足早に、父上の執務室へと向かいます。私も後を追いました。

 そこには狼狽した母上もおりました。

「一体何があったんだ? こんなこと、非常識にもほどがあるぞ」

 お父様はまだ、半信半疑の表情です。

「何かの間違いなのか? しかし正式な書類だよ。これは……」

 そう言って奇異なものでも見るようにサイドテーブルを見つめます。ビュファン家の紋章が刻まれた書類が置かれておりました。

 私は今日起こった悲劇について説明いたします。

「うーむ……」

 バシュラール伯爵家としても立場があります。相手はいくら王家の血筋とはいえ、このような無体は連合王国として許されるものではありません。何か裏の思惑があるのではないか? 父上はそのように考えているようです。

 私もそのように思いたいです。アルフォンスは何か事情があって、あのような態度をとらざるをえなかったと。

「……それは分かった。しかし、一体なぜこんなことになったのだ? なぜ婚約を破棄されなければならない。こちらにどんな落ち度があったというのだ?」

 全員がしばし無言となりました。このような事態になった理由を考えます。そして、これからどう対処するかもです。

「落ち度などありませんよ。あの・・女のせいです」

 兄は憤怒ふんぬの形相です。怒りを押し殺すように言いました。

「むう……。噂は聞いていたが、それほどの話であったのか……」

 父上は呆れたような表情です。あの・・女とは最近王都にやって来て、王宮社交界にデビューした令嬢のことです。

 名前はヴォルチエ・ソランジュ。西方の有力な辺境伯、ヴォルチエ家の令嬢です。

 皆は再び押し黙りました。相手が悪いのではないかと。

 母がそっと私を抱きしめてくれます。

「ディアーヌ……。なんてことに……」

「お、母様……」

 ポロポロと涙がこぼれ落ちます。もう、もう止まりませんでした。ここは愛する我が家なのですから。

「……うっ、うえ。えっえっーー……」

 そのまま母の胸に顔を埋めて嗚咽を押し殺します。

「アルフォンスめ~、首を跳ね飛ばしてくれるわっ!」

 兄上はここ、ルフェーヴル連合王国、第三王都アジャクシオの政務庁舎を守る、第七騎士団の団長を拝命しております。若くして抜擢されました。

 アルフォンス様は王族の一人であり、若手行政官の旗手と評判でした。

 二人は親友です。いずれ王国を担う人材だと、将来を嘱望されおります。

 私のバシュラール伯爵家、アルフォンス様のビュファン公爵家。私たちは幼なじみであり、私はその縁で彼と婚約いたしました。両家は祖父の代から深い縁で結ばれております。

「ヴィクトル。くれぐれも、軽挙妄動は慎めよ……」

「はっ、父上……」

 兄は素直に応じます。貴族同士の私利私欲による争いは、厳正に罰するとの決まりがあるからです。

 私もさすがに、首の跳ね飛ばしはやり過ぎかと……。それでは復縁も不可能になってしまいます。

「ディアーヌ。早速明日にでもアルフォンスに面談を求める」

「それはどうでしょうか? ヴィクトル、自分の顔を鏡に映して見なさい。それではディアーヌの立場は悪くなるばかりですよ」

 母がとりなしてくれました。それほど今の兄上は恐ろしい顔をしております。

「そうだ。今日の明日では何も進展などしないぞ! お前はまず頭を冷やすのだ。書類の提出は出来るだけ引き延ばす。まずは情報の収集だよ」

「しかし――」

 父上の政治力を使えば、この事件の真実も見えてくるかもしれません。対処方を考えるにしても今は情報が少なすぎるのです。

「――わかりました……」

 私は父や母、兄上に迷惑をかけないためにも、この婚約破棄を素直に受け入れようと思っておりました。相手は王族なのですから。

 でも皆はなんとかしようと考えてくれています。

「あいつめ。もしかして、【魅了】されているのではないか?」

「ま、まさか。そのようなことは……」

 兄の言葉に、私は狼狽いたしました。

 それは禁忌きんきと呼ばれている魔法技です。もしここ王都でそのような力を使えば、それは反逆を意味します。ありえない話です。

 人は皆、魔力を持って生まれてきます。

 殿方はその力を使い魔獣と戦い、時には人を守り、人間同士で争いをいたします。

 私たち女性は傷を治療したり、癒しの力に使ったりいたします。

 その使い道を誤れば魔女と呼ばれ、人間社会では生きていけません。それが【魅了】です。

 そもそもアルフォンス様を【魅了】する者がいるなど、想像もつきません。

「王宮の魔導士とているのだ。そんな仕掛けなどありえんぞ」

「はい……」

 兄は父上の常識的な判断に従いました。

 武力により政務庁舎を守る第七騎士団としては、魔力からの守りの要、魔導師団がどれほどの実力かはよく知っているのです。

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