サルも木から落ちる

 ぼくがヒザを怪我した原因をそろそろ話さなければ。

 別に忘れていたわけじゃない。

 単に時系列に沿っていただけ。

 ただ、あまり面白い話でもないのでサラリと簡潔に流すように伝えたい。


 あの死闘の次の日は土曜日だった。

 つまり学校は休み。

 疲れていたので二度寝を決め込もうとしていたらスマホがブルブルと震えた。

 ミーナからのメッセージを読むと食べるものも食べずに急いで外へ出た。


「その、昨日は逃げてゴメン。体調はどう? どこか痛いところは?」

 待ち合わせ場所の校門前、ミーナは申し訳無さそうに言った。

「いや、あの場面は逃げるべきだよ。まだダルいし痛いところはあちこちに。でも大したことはないよ。心配かけちゃったね。それで緊急の用事って?」

 ミーナのメッセージはいつもポエムのようなふわふわした感じの内容なのだが、今日のはちょっと様子が違っていたので慌てて


「トーテムポールのあのノラ猫。てっぺんに登ってもう4日は経っているはず。でも誰も助けようとしない。皆んな関心を持っていない。ねえケン、ケンならなんとか助けられるでしょう? お願い! ノラ猫を助けて!」

 美少女が必死になって両の手を胸の前で組み、うっすらと涙をためた目で上目遣い。

 ぼくは正しく祈りの姿を見た。

 これに心を動かされなかったらもう人間じゃない。

 

 松ぼっくり小学校では土曜も日曜も校庭を一般に開放している。

 今日は土曜日。

 親子連れや児童がそれなりにいて賑わっている。

 ぼくはその中をかき分けるようにしてゆっくりとトーテムポールの下へたどり着いた。


 下から上を見上げれば予想以上の高さにたじろぐ。

 やはり高さ20メートルは伊達じゃない。

 深呼吸を数回して心を落ち着かせた。

 大丈夫だ。

 この程度の高さの木、石松とよく一緒に登っていたじゃないか。


「こんなこと頼んじゃってごめんなさい。でも、ケンにしか頼めなくって。ボクはケンを信じている。チュッ」

 ミーナの唇の感触を頬に感じた。

 もう怖いものは何もない。


「すぐに戻る」

 そう言うとスルスルとトーテムポールを登った。

 あたかもましらの如く。

 20秒もせずにてっぺんに到着。

「やあ、お腹空いただろ。今、下ろしてやるから。こっちに来るんだ」

 ノラ猫はぼくの胸に飛び込んできた。

「ふう」

 これでミッションコンプリート。

 後は慎重に気をつけながらゆっくりと下りれば問題はない。


 ところが。

「へ!?」

 体重をかけるべき足を滑らせた。

 片手はノラ猫を抱えている。

 もう片方の手はポールから離れてしまった。


 一瞬、感じる浮遊感。

 そして始まる自由落下。

 こんなシーン、有名な映画で観た記憶がある。

 おっと、頭部だけは守らなければ。

 守る優先順位はしっかりと。

 空中で体勢を入れ替えて、と


 後は説明しなくてもわかるので省略したい。

 というかぼく自身もよく覚えていない。

 右ヒザは痛さよりもガツーンという衝撃が来た。

 ミーナも泣きながらぼくに謝っていたような気がする。

 ぼくも泣いたかって?

 多分、泣いていないはず。

 だって気を失いながら泣けるほどぼくは器用じゃない。


 確か9月の半ばの出来事だったはず。

 後で確認してみるけど、大体はそれで間違っていないはず。

 あまり面白くもない話なのでもっと短めにまとめてみたかったんだけどこれ以上は無理。


 1、ミーナにノラ猫救出を頼まれた。

 2、高いトーテムポールに登った。

 3、落下してケガして入院。


 いや、試しにやってみたら3行にまとめることができた。

 自分で自分に限界を作ってはダメだ、なんて師匠にもよく言われたっけ。

 ちなみにノラ猫は助かった、と後で聞いた。

 ノラ猫が無事でよかった。

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