第58話「それは瞬きの間に」
────…………そして、次に気が付いたときには、
「ゲホッ! ゴホッ、げぇぇ……!」
げほ、ごほ!! おぇぇぇぇえええ!!
ガッツーーーン! と殴られたような衝撃とともに、クラウスはガクンと両膝をつく。
腕には力が入らず、全身の筋肉が悲鳴を上げてブルブルと震える……。
オマケにいがひっくり返りそうなほどの嘔吐感!
「げぇぇえええ……」
ビチャビチャと情けなくも吐き戻す。
体を襲った負荷はこれまでとは比較にならないものだった。
冗談でも比喩でもなく、指一本でも動かせばバラバラになりそうなくらいの疲労と筋肉痛。
だけど、そんなことよりも今は──!
「はぁ、はぁ、はぁ…………ア、アークワイバーンは?!」
それでもクラウスは顔を持ち上げる。
戦いの結果を届けるために、体に鞭を打つ。
クラウスの【
焦点の合わない視界の先に────……。
ズ、ズズ……──ドズゥゥゥゥウウウウウウン…………!
と、すさまじい地響きを立てて、バラバラになったアークワイバーンの体が地に墜ちる。
濃密な血の匂いとともに、もはやピクリとも動かぬその体を見て……。
う、
「嘘だろ………………?」
ヨロリと後退るクラウス。
途端にビキビキと筋肉が軋みあげるが、必死で耐えるとグッと立ち上がった。
(し、信じらんねぇ……!)
「か、勝った……?」
……勝ったのか、俺?!
血に伏せるアークワイバーンはズタボロで、首がすべてない。
そこに、クラウスの勝利を裏付けるかのように、ドサッ、ドサッ……! と、上空からアークワイバーンの3本の首が降り注いだ。
どれもこれも、まるで切り落としたてのトカゲの尻尾のように、ビクンバタンッ! としばらく暴れまわっていたがそれもじきに動きを鈍くし、
当然のことだが、クラウスにはまったく記憶がない。
どうやって倒したのか、本当に自分ひとりで倒したのかもわからない。
ただ、事実だけが目の前にある。
地に臥す──黒い体皮の巨体。
あの、アークワイバーンの討伐を成したという事……。
……これを。
……俺が?
「──ほ、ホントに、俺が?」
ざわ……。
ざわざわ……!
ざわざわざわ────!!
さざめきの様に、どこかで驚愕の声がしている。
クラウスの偉業に驚く声が────。
もはや、あのドス黒い竜の体はピクリとも動かない…………。
「か────……」
勝った──……!!
勝った…………!!
「勝ったぞぉぉっぉぉぉっぉおおおおおおおおおお!!」
※ ※ ※
クラウス・ノルドールの
クラウス・ノルドールの
クラウス・ノルドールの
クラウス・ノルドールの
クラウス・ノルドールの
クラウス・ノルドールの
クラウス・ノルドールの
クラウス・ノルドールの
クラウス・ノルドールの
クラウス・ノルドールの
クラウス・ノルドールの
クラウス・ノルドールの
クラウス・ノルドールの
クラウス・ノルドールの
クラウス・ノルドールの
※ ※ ※
「う、うぉぉぉぉおおおおおおおおお!!」
全身を駆け巡るレベルアップの高揚感にクラウスが勝利を実感し、痛む体に鞭を打って両手を突き上げる。
俺が……。
あのクラウス・ノルドールが────。
「アークワイバーーーーーーーーーーン、獲ったぞぉぉぉおおおおお!!」
や、
や……。
やった……!!
「やっっ
「「────クラウスぅぅぅううううううううう!!」」
ドッスゥゥゥウウウウ……!
ボッスゥゥゥウウウウ……!
「ぐっほぉ!」
渾身のガッツポーズを決めようとした瞬間、何か二つの小さなものが砲弾のようにクラウスの腹部に命中し「く」の字に折れ曲がるクラウス。
もちろん突っ込んできたのは砲弾ではなく、ちびっ子
『自動戦闘』直後は、体を限界まで酷使しているのだ。
しかも、アークワイバーン戦は、これまでで最大級の戦闘時間……。
──こ・れ・は・キ・ツ・イ!
と思ったのも束の間。耐えきれなくなったクラウスのボディが危険信号を発し……。
「あ」
「あ」
だめ、……出るっ。
「…………あ、出ちゃう」
──げろぉぉぉおお……!
「「ひゃああ!」」
びちゃびちゃビチャ……!
「うわっ! き、きったね~!!」
「きゃ! ク、クラウスばっちぃ!」
腹に顔を
ふ、不可抗力やっちゅうね──オロロロロロロロロロロロロロ……!!
「て、手加減しろ、よ……」ウップ……。
「ひぇぇぇえ! 桶、桶ぇえ!」
「あわわわ! トイレ! トイレはどこー_?」
き、君たちね────。
吐しゃ物の心配より、俺の心配しろよ……。
「ご、ごめん……。まさか、本当に倒すなんて」
「クラウス、強い! やっぱり強いよ~」ぐりぐりぐり
は、はは……。
「お、俺も、自分でも信じらんねぇ……」
……っていうか、どいて。
これマジで死んじゃう……。
「ま、まぁ、二人が無事でよかったよ」
密着する二人の頭をかい繰りしつつ、拘束から逃れようともがく。
……ぶっちゃけ、今すぐにでも体がバラバラになりそうなくらい悲鳴を上げているのだ。
地面に伏せたまま一歩も動けなくないクラウスは、文字通り、正真正銘、体力を使い果たしたのだが───……。
「あ、」
そうだ!!
(この二人が無事ってことは……!!)
クラウスが、今もっとも一番に会いたい人────……。
「………………リズっ!」
……大事な大事な義妹!
リズ。
弾かれたようにクラウスが顔を上げると、その瞬間!
「リ──────!!
バッチィィィィイイン!
「……バカぁぁぁああ!!」
「あだぁ!」
グルンと顔が反転するほどのすさまじいビンタのクリーーーーーーーンヒット。
冗談抜きで身体が浮き上がってズザザと地面を滑る……。
───おぅふ……。
目の前がチカチカとして視界がホワイトアウトしかける、が。
それよりも前に、ガシッ──と顔全体を柔らかな何かに包まれる。
「……ばか」
その瞬間、フワリと良い香りがクラウスを包み込み、不思議と安堵感に包まれる。
何かに包まれたクラウスの視界は暗く閉ざされてしまうが、まったく恐怖はない。
それどころか、その力には悪意などなく──むしろ親しみすら覚える。
……だってそうだろ?
それは、汚れて、汗ばんでいて、埃と煤の匂いがしたけど……。
「…………リズ?」
───優しく、温かく、リズの匂いがした。
その柔らかなリズの温もりを堪能していたクラウスであったが────。
「ばか!!」
り、リズ?
「ばか!! ばか!! ばかーーーーーーーー!!」
ぎゅううううううううううう!! ゴリィ……。
「おっふ…………!──────リズ? いたたたたたた!」
出る出る出る。
はみ出るからぁぁぁあ!!
「ばか、ばか、ばか、ばか、ばか、」
何かが出ちゃうぅぅううう!!
「ばかばかばかばかばかばかばかぁあああああああ!!」
いだい、いだい、いだい!!
り、リズさん?!
「ぎぶ! ギブギブ!! ギブぅうう!!」
──ぎゅううううううううううう!!
リズさん? リズさん?! おっふ、ギブアップです! マジ勘弁して!!
「痛いいたい、いたい!! ほんとに痛いんだよ、リズぅ!」
滅茶苦茶痛い…………。
め、滅茶苦茶痛い!!
痛い痛い痛い痛~~~~い!
「うるさい! うるさいんだから、バカお兄ちゃん! 痛いのは生きてるからだよ! 生きてるから痛いんだよ! バカぁ!!」
「わかった! わかったから、い、いいいい、痛いって!! ちょっと、リズさん? お、お兄ちゃんね! いま、全身筋肉痛なの。無茶苦茶な機動をしたせいで身体は限界寸前なの!? 頭とか
だ、だから──!!
(や、やめて! クラウスさんのHPはとっくにゼロです!!)
「ばかぁぁぁぁぁああああああああ!」
ぎゅぅぅぅうううううううう!! メリッ。
「い、」
──いってぇぇぇええええええ!!
手加減しないリズの抱擁にクラウスは本気で悲鳴を上げる。
だけど、
それだけに、リズの苦悩と心配と安堵が伝わってきた。
「し、心配したんだから!! 無茶苦茶心配したんだから!!!」
ひっく、ひっく。
「ごめんって、リズ────……だけどさ、」
「ば……か」
バカってばっかり言わないでくれよ──。
「……か、勝てるわけないじゃん!! ド、ドラゴンにお兄ちゃんが勝てるわけないじゃん!!」
いや、勝ったちゅーに……。
「よ、弱いくせに! お、臆病なくせに……!」
「そ、そうだけど────」
「いつもいつもいつも! ヘタレのくせに、ビビりにくせに! スケベなくせに、ムッツリなくせに!! か、カッコばっかりつけて! 無茶ばっかりして! 」
「え……」
…………いや。
いやいやいや!! 途中の関係なくない?!
スケベとか、ムッツリとか関係なくない?
なくなく、なくなく、なくなくなーーーい?!
「──……独り言大きくて、誰もいないところで元気よく空気とお喋りばっかりして、」
え、ちょっと……。
「──……寝言も大きいし、外では時々叫んでるし、友達もいないくせに、」
ちょ、ちょっとやめてリズさん。
「……───くせに、くせに、くせにぃぃい!!」
イタイイタイ、心が痛い、リズさぁん!!
(…………いや、もう。それただの悪口やん!!)
ひ、独り言も一人でいるときしか言ってないよ?!
それに!
「…………と、友達おるわーーーーい!!!」
──嘘だッ!!
「う、嘘ちゃうわ!」
「嘘だもん。お兄ちゃん、いつだって一人だもん!…………一人で何でもやろうとして! 格好ばっかりつけて! いつもいつもいつも、私のことばっかり、私のために、私のせいで────自分を、」
リズ……──。
「わ、わた、私なんか────なんか……」
り、リズ?
「わ、わた────ぅわぁあぁ…………私なんかぁっぁあああああああああああ!!」
リズ……違う!
それは違うぞ────!
「う、うわぁぁぁぁああん! わっぁぁあああああああ!!」
リズ!!
「リズ!!」
泣くなよ、リズ……!
グスグスとしゃくりあげるリズが抱擁を解き、クラウスの顔を両手で包んで正面から見つめた。
「──な、泣いてないもん! 馬鹿お兄ちゃん……」
「……はは、知ってる」
めっちゃ泣いとるがな。
泣きじゃくるリズを慰めたくて言葉を探すクラウス。
だけど、こんな時に気の聞いた言葉が出るほど、クラウスはコミュ力が高くはない。
(あーと、えーっと。……あ、そうだ)
だから──。
「な、なぁ! ほ、ほら。ゆ、夕飯に……間に合っただろ?」
リズが、音がしそうなくらいに顔を持ち上げる──その表情たるや。
「お、お夕飯?! こんな時に、ば、バカぁぁぁああ!!────も、もう、」
精一杯茶化すクラウスであったが、当のリズが直視できずに、プイっとそっぽを向いてしまった。
「と、とっくに夕飯、冷めちゃったよ────……」
そういって、涙で腫らした顔をなんとか笑みに形作りながら和らげるリズ。
実際は、夕飯が冷めたどころか、家ごと吹っ飛んでしまって周囲は更地。……飯どころではないのは明白だけど──。
だけど、こういうのは雰囲気ってやつだろ?
「ゴメン──。次からはもっと早く帰るからさ」
「…………うん。約束だよ?」
「あぁ、約束する───……ただいま、リズ」
「──お兄ちゃん! うん、うん!!! おかえり、お兄ちゃん! おかえり! よ、よかった。よかった。よ、よかったぁぁああ!!」
うわぁぁぁあああああああん!!!
「あーあー……もー」
せっかく泣き止んだと思ったのに。
ようやく、納得してくれたのか、今度は感極まったように、首に腕を回して頬を合わせて泣き出すリズ。
その顔はグッチャグチャだったけど──。
あの可愛い顔が、
涙と鼻水と煤と埃と血となんだかよくわからないゴミで、凄く小汚かったけど……!
だけど、この世で一番────────美しかった。
「ひぐ……ひぐ……」
抱き着くリズに軽く腕を回し、頭をポンポンッと叩いてやる。
……こーゆーときは、必殺リズだましだ。
「──なぁ、リズ」
「ん」
まだ泣いてるし。
「…………勝ったよ」
「うん」
「驚いたか?」
「うん」
「あー……俺、カッコよかったか?」
「…………………………………うん」
……って、なんでそこだけ長いねんッ。
やっぱ自動戦闘中の俺って、白目でも剥いて戦っているのだろうか。
う~む。ほんと、客観視できないのは怖いな。
「……ま、まぁ。───お前が無事でよかった」
そのためだけでも、戦った価値はある。
ポンポン。
軽く彼女を引き離すと、その額に唇を落とし──最後にポスッ。とリズの頭に手を置き、撫でてやる。
正直その動きだけで激痛が走る。
よくわからないが、これ……どこか折れてるよな。
疲労骨折??
なんか口の中も血の味がするし、
だけど、泣きはらしたリズがクラウスを見上げ、その真っ赤になった目を向けてくれるだけで……戦った甲斐があったと思った。
この子を守るために戦えたことがどれほど誇らしいか───。
「ば、ばかぁッ……! わ、私こそ──お、お兄ちゃんが無事でよかったよぉ……!」
よかった……。
よかった────。
「よがっだぁぁぁああ……」
うわぁぁぁあああああああん!
うわぁぁぁあああああああん!!
「あ、」
まーた、泣いちゃった。
「うわぁぁぁぁっぁあん、うわぁぁっぁああああああん」
「あー、あー、あー、でっかい声で、まぁ───」
わんわんと泣くリズをあやすクラウス。
もう15歳にもなるのにな──と途方に暮れる。
「あ、クラウス泣かしたー」
「クラウスー。女の子泣かしちゃだめー」
いや、不可抗力やん。
どないせぇちゅうねん!!
メリム&シャーロットのちびっこ女子ーズに責められ空を仰ぐクラウス。
おまけに……。
「っていうか、ちょっと、くっつきすぎじゃね?」
「うん。クラウス不潔ー」
…………なんでやねん?
メリムはなぜか唇を尖らせているし、
シャーロットは羨ましそうに唇に指をあてている。
(うるせぇよ!子供か、君等は────!!)って、まだ子供だったな……。
いやさ、そもそもさ……。
「さっきから何言ってんの君ら? 羨ましいも、不潔もなにも、リズは義妹、やっちゅうねん!」
ただのスキンシップやがな!!
……そもそも、何なの君ら?!
──────あーもぅ……。
「…………どっと疲れたぜぇぇ」ドサッ。
いや、ほんと…………。
夕暮れが迫るなか、どす黒い体のアークワイバーンの死体を背景に、クラウスは地面に横たわる。
その隣にはリズがいて、メリムとシャーロットがいて…………。
やかましいほどであった警鐘もいつの間にか鳴りやんでいる。
周囲がやたらと静かなことは相変わらずだが、脅威はもはや感じない。
「…………ったく、酷い一日だった」
本ッ当、なんて日だよ。
「うー……これで終わりかぁ? もうヘトヘトだぜぇ」
そこに頭合わせにメリムもドサリと倒れる。ゴチン!
「いで!」
「あ、ごめ!」
そっと触れる指先。
「……助かったぜ、メリム」
「ん。い~ってことよ」
ぎゅっと軽く彼女の指先を握りしめる。
そこに、
「む……!」
ゴロ~ン、となぜかリズも倒れこむ。ごチン!
「いたいッ」
「ごめ~ん」
悪びれていないリズの声。なぜか、空いた方の手をぎゅ~っと握られる。
「リズ……。無事でよかった」
「……うん。お兄ちゃんも」
それを見ていたシャーロットまでもが地面に転がる。
「あーシャロットも寝るー」ごチン!
なんでやねん!
「だから、いたいって!」
そして、空いた手がないので、シャーロットはなぜかメリムとリズの手をギュウギュウと握る。
……だから、なんでやねん!
「えへへ」
「ははは」
「「「「あははははははははははははははは!」」」」
四人で頭合わせに転がり、空を眺める。
赤い夕焼け空から紫に代わり、徐々に薄暮時へと暮れなずむ──。
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