第5話

 図書委員の業務を終え、僕は高井の家の前にやってきた。

 玄関の前に立ちインターホンを押そうと手を伸ばす。すると唐突にドアの向こう側の電気がつき、人の影が曇りガラスに映し出された。


 カチャと解錠音と同時に僕はドアから一歩後ずさった。高井が出てくるものとばかり思っていたが開いたドアから顔を覗かせた人物は予想と違っていた。


「あら、柚実のお友達かしら?」


 見た目は三十代半ばくらいだろうか? ばっちりとメイクをしたお洒落な出立ちの美人の女性が、香水の匂いを振り撒きながらドアから現れた。


「あ、えと……高井さんいらっしゃいますか? クラスメイトの遠山と言います」


「あら〜柚実の彼氏かしら? あの子も隅に置けないわね」


 彼氏と呼ばれて肯定するか否定するか悩んだが答えている暇はなかった。


「今、呼んでくるからちょっと待っててね」


 お姉さんは大学生と言っていたから、たぶん高井の母親だろう。夜の時間に男が自分の娘を訪ねてきているのに特別驚いた様子は見せなかった。



 しばらくするとその母親と思わしき女性が玄関に戻ってきた。


「遠山くんと言ったかしら? 柚実はすぐ下りてくるから中に入ってリビングで待ってて」


「あ、はい。分かりました」


「それじゃ私は出掛けるから柚実をよろしくね。あ、ちゃんと避妊はするのよ?」


 ――ブッ!


 僕が何をしに来たのかバレてるようだった。さすがにセフレだとは思っていないだろうが。

 爆弾発言をした母親と思われる女性は僕を玄関前に残しさっさと立ち去って行った。


 それにしても……自分の娘が初めて会った見ず知らずの男とセックスするのが前提として受け入れている親とは一体? 理解がある親なのか、それとも逆に無関心なのだろうか……?


「まあ、入っていいって言ってたし取りあえずお邪魔します」


 勝手知ったる他人の家だ、間取りは十分把握している。僕は迷わずリビングに向かった。


 リビングには部屋着姿の高井がソファーに座っていた。


「なあ、母親がいるとは聞いてないよ」


「仕方ないじゃない。私もいるとは思わなかったんだから。あの人の行動は私にも分からないわ」


 娘ですら母親の行動を完全には把握していないようだ。


「それに俺たちの関係がバレているみたいだったよ。避妊はちゃんとしてって言われた」


「あの人は子供さえ作らなきゃ何してもいいって思ってるから」


 高井は先ほどから母親の事を“あの人“と呼んでいる事が彼女の家庭事情が複雑である事を物語っている。


「そんな事より私の部屋に行きましょう」


 高井はソファーから立ち上がり僕の腕に自分の腕を絡め胸を押し付けてくる。控え目だが柔らかい彼女の胸の感触を感じる。

 普段はこういった行為はしない高井だが、今日の彼女は積極的だ。僕は彼女の部屋まで腕を組んだまま半ば強引に連れて行かれた。


 高井の部屋に到着するや否や僕は彼女のベッドに押し倒された。


「ど、どうしたの? 今日の高井はなんか変だよ」


 高井は質問には答えず無言のまま僕に覆い被さりキスをしてきた。いつもとは違う情熱的なキス。僕はしばらく彼女と熱いキスを交わした。




 いつもより激しく積極的だった高井と僕は二人してベッドの上でグッタリと横になっていた。


「なあ、今日は一体どうしたんだ? 朝から変だよ。もしかして上原さんが関係してる?」


「別に上原さんは関係ない。それに私はいつもと変わらないわ」


 上原さんが僕に絡むようになってから高井の態度がおかしくなってきたのは間違いないように思えた。。


「もしかして……さ、嫉妬してる……とか?」


 一番考えられる理由としてはこれしか無い。恋人同士では無いとはいえ肌を重ね合った同士、何か思うところはあるかもしれない。


「……私たちはセックスするだけの関係。そんな感情は――持っていない」


 高井は否定したが一瞬言葉に詰まったように聞こえた。


「そうか……そうだよな。僕の思い違いだったよ」


 その後、高井はひと言も話さずそのまま眠ってしまった。だが彼女の手は僕の手を握ったままだった。

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