13話 甘いものが好き




 毎日の日課となっている作業をこなす。試験管の中に薬を入れて、3時間経ってからスライドグラスの上に血液を一滴垂らして生物顕微鏡で確認をする。12日経っても結果は変わることはなかった。これ以上の効果がでる薬を作ることはできないのかもしれないと考え始めていた。

 けれど、14日から症状が悪化しているのだ。それを確認するまではこの作業を止めるつもりはなかった。

 お昼過ぎに昼食を持って現れたガルフレッドは「遅くなった」と謝ったが、「気にしないで。貴方だって疲れているんだもの」と微笑んで2人でいつものように昼食を食べた。

 どうやら寝坊をしたようで、この時間にやって来たようだ。食堂に寄ってから来たため、朝食は食堂で食べたことをコックに聞いたらしい。

 そこで、ホミカはコックが言っていた言葉を思い出した。最後の一口を飲みこんでから気になっていたことを尋ねた。


「ガルフレッドって甘いもの好きよね? 今までコックが焼いたクッキーは食べなかったって言っていたけれど……どうして?」


 ゴクリ。ガルフレッドが昼食を飲みこんだ音が響いた。言いにくいことなのか。何かを考えるように俯いて黙ってしまう。

 それから喉を紅茶で潤すと顔を上げた。


「甘いものは好きなんだが、クッキーは不味いものだと思っていたんだ」

「どういうこと?」

「俺は、孤児院出身でな。そこで出されたクッキーが不味くて、それから食べられなくなったんだ。だから、クッキーは不味いものだと思っていた」

「でも食べたんだ」

「ああ。ホミカだって不味いのは食べたくはないだろう?」


 どうやらホミカの元に持って行くつもりで不味いかを確認するために食べたようだ。しかし、食べてみればクッキーは美味しい。大人になってからの大発見だっただろう。

 クッキーを食べる時のガルフレッドはまるで子供のようだ。きっと大人になって味覚が変わったというわけではないのだろう。過ごしていた孤児院があまりいい場所ではなかったのかもしれない。


「騎士にはどうやってなったの?」

「10年前に孤児院から抜け出したんだ。でも、まだガキだった俺は何日も飲まず食わずで歩き続けて倒れたんだ。その時にアルハイトに助けてもらった」


 アルハイト。ククリの森で一度聞いた名前だった。その人物が当時のガルフレッドを助けたというのなら、彼よりも年上なのだろう。

 ガルフレッドはそのまま話を続ける。


「帰る場所も行く場所もない獣人の俺を家に連れ帰り面倒を見てくれた。家族や周りの人達だって嫌な顔をしていたのに、気にせず彼方此方連れまわされた。いろいろなことも教えてくれた。騎士には、アルハイトに誘われてなった」


 誘われて騎士になったとは言っているが、騎士になるには試験を受けなくてはいけない。筆記試験では合格点をとり、実技も合格しなくてはいけない。獣人だからと不利になった可能性もある。

 しかし、レヴェナで試験を受けた場合は獣人だろうと不利になる可能性は低かっただろう。

 何故なら、試験は国王が見ているのだから。レヴェナでの試験に合格した騎士は、王宮付きになる人が多い。そのため、国王自身が確認をするのだ。

 現在の国王はヒューバートだ。ガルフレッドが試験を受けた時、すでにヒューバートが国王だった可能性が高い。他の国王だった場合、見た目で落とされていてもおかしくはない。人は誰しも獣人を怖がる。王都に来てホミカが実感したことの1つだ。


「新米騎士の頃は、古株騎士に集中的に訓練で狙われて生傷が絶えなかったもんだ。いくら力の強い獣人でも古株には勝てないもんでな。獣人相手に1人じゃ怖くて大勢で向かってこられたこともあった。そんな時はアルハイトが助けてくれたよ」


 それからアルハイトについて行くと決めたんだと目を閉じて言う。アルハイトという人物がいなければ、彼はここにいないのだろう。騎士を辞めていた可能性だってあったのだ。

 何度も助けてもらっていたから、ついて行こうと決めたのだ。側にいればいつか恩返しができるかもしれないと考えているのかもしれない。


「アルハイトが隊長になった時、副隊長として俺を指名してくれた時は嬉しかった」


 昼食の最後の一口を食べながら嬉しそうに笑みを浮かべて言う。彼にとって、自分を助けてくれたアルハイトが全てなのだろう。

 アルハイトに誘われたから騎士になった。もしも誘われていなければ、彼は今ここにはいなかったかもしれない。それを考えると、ホミカは顔も知らないアルハイトに感謝をした。

 もしもアルハイトがガルフレッドを見つけても助けなかったら、彼はここにいない。ホミカも誰かを好きになることはなかったかもしれない。病気の人を助けるということしか頭にないような状態だったのだ。


(ガルフレッドに会えてよかった)


 一緒にいるだけでも幸せなことがあるのだと、紅茶を飲みながら改めて実感するホミカは、幸せそうに話を続けるガルフレッドの話を聞き続けた。





 ホミカは昼食の食器を片づけてから夕方までガルフレッドの話を聞いていた。甘いものは大好きだという話しだったり、メイド達と話すことにも慣れてきたというものだったり。

 最近では尻尾に触れてくるメイドや、背伸びをしながら頭を撫でるメイドも増えてきたのだという。頭を撫でるメイドの多くは、一度はレニーを撫でたことがある人物が多いようで、レニーの毛はさらさらしているけれど、ガルフレッドの毛は硬めなどと感想を述べるのだという。

 ガルフレッドの話が終わると、日光草の話になった。ずっと机の上の瓶が気になっていたようで、それはなんだと問いかけて来たのだ。

 机の上から瓶を手に取り、テーブルの上に置く。


「これが今朝採取した日光草よ」

「日光草。光ってるが、これも薬草なのか?」

「満月の当日の朝1時間程度しか花を咲かせない薬草よ」

「花が光っているが、ずっとこのままなのか?」

「この瓶には時間を止める魔法がかけられているから、採取したままの状態なの」


 日光草は、他の薬草と混ぜて使うことしかできない薬草だ。花が咲いている時しか薬草としての効果がないため、花を咲かせている状態で採取して使わなくては意味がない。

 使う時は、花から茎まで全て一緒にすり潰す必要がある。しかし、ホミカにはその後が分からなかった。すり潰した全てで1回分の効果なのか、一滴で1回分の効果なのか。珍しい薬草ということもあり、どの本にもそれらは書かれていない。もちろん、夜に採取しに行こうとしている薬草も同じだ。

 だから自分で試さなくてはいけない。


「この日光草にはどんな効果があるんだ?」

「毒の効果があるものを消すの」

「毒って言うと、魔物の攻撃で受けた毒とか?」

「それも含まれるし、人為的に作った毒とかにも効果があるの」

「それなら、解毒効果があるものにはそれが使われているのか」

「解毒剤は別の薬草を使っているの。これは他の薬草と組み合わせないといけないし、珍しいものだから使われてないわ」


 他の薬草と組み合わせるため、薬を作っても解毒の効果だけにはならない。そのため、売られている解毒剤は別の薬草が使われているのだ。

 珍しい薬草ということもあり、多くを使えない。量産されている解毒剤に使用しているはずがないのだ。

 もしも日光草を増やすことができるのなら、薬の量産も可能かもしれないが、日光草を増やすことができるという話しは聞かない。

 だが、ホミカは僅かにその可能性があるのではないかと考えていた。

 自宅の裏にある庭には常に日光が当たっている。そこに、根ごと採取した日光草を植えれば、満月の朝には花を咲かせる可能性があるのではないかと考えている。そうすれば日光草が必要な薬も多くつくることができるのではないかと考えていた。

 ただ、もし成功しても誰にも言うつもりはない。言ってしまえば、日光草を採取して同じように増やそうとする人が増える。そうすれば結果的に乱獲する人が現れてしまうからだ。

 土の関係で植え替えたとしても枯れてしまう可能性もある。環境が変われば元気がなくなるのは全ての生き物共通だ。


「それで、夜にもナジャの森に行くんだろ?」

「ええ。次は、月光草を取りに行くの」

「本当に大丈夫なんだな」


 レニーと一緒に行くといっても、心配なことには変わりない。猫と一緒だと何かあっても逃げるしかないのだから仕方がない。

 魔物には一度も会っていないとはいえ、崖の下には魔物だっている。その魔物が崖を登ってこないとも言えないのだろう。

 心配するガルフレッドの気持ちも分からないでもない。


「月光草を採取したら帰ってくるから大丈夫」

「それも1時間だけ花が咲くのか?」

「月光草は深夜から3時間くらい咲いているはずよ」


 一度仮眠して、日付が変わってからナジャの森に行くと続けると不安そうな顔をされた。

 女性が深夜に出かけるということが心配なのだろうということは分かる。けれど、その時間に行けば月光草が咲いているかもしれないと思うと行かないわけにはいかないのだ。

 日光草と同じで珍しい薬草。珍しさ故に店にも出回ることはないので、自分で見つけて採取するしか入手方法はないのだ。

 たとえガルフレッドに止められたとしても、ホミカはナジャの森に行くだろう。次の満月の日には王都にいないかもしれないのだから、チャンスである今日止められても行くのだ。

 薬師であるホミカの気持ちも分かるのだろう。強く止めはしないが、心配そうな顔をしていることには変わらない。


「仮眠するなら、少し早いが夕食を持ってこよう」

「ありがとう」

「これくらいしかできないからな。大人しく待っていろ」


 まるで子供に言い聞かせるように頭を撫でてから部屋を出て行った。最近スキンシップが増えてきていることに戸惑いながらも椅子から立ち上って、机の上に日光草が入った瓶を置いた。

 窓の外には、街の中から上がる紫の煙が見える。それは見慣れてしまったが、見慣れてはいけないものだ。


「早く製薬所に行きたい」


 今では内部の見学をしたいという気持ちより、あの煙を採取したいという気持ちの方が大きくなっていた。目にするようになってから途切れることなく空へ向かって昇り続ける煙。

 調べたいものが手元にあれば、ホミカはある魔法を使うことができる。それは隠しているわけではなく、使う機会がないだけの魔法。しかしそれを使うには、手元にないといけないのだ。離れていては使うことができない。


「あれを採取する方法を考えないと」


 採取する時は時間を止める魔法がかかっている瓶を使えばいい。けれど、採取するにしても目撃されては困る。

 製薬所で働いている薬師達に疑われていると思われたくないのだ。気づかれず採取しなくてはいけない。見学という名目で訪れるまでに考える必要があるのだが、視線を逸らすのが一番だろう。だが、その方法をどうするかだ。


「レニーかガルフレッドに協力してもらう必要があるかもしれないわね」

「面倒なことじゃなければ協力しないでもないわよ」


 そう言うレニーに「ありがとう」と言うとガルフレッドが戻って来るまで本を読んで待つことにした。

 夜に採取する予定の月光草。それともう1つ目をつけている薬草があった。採取するほど成長しきれていない薬草だったが、朝見た時には夜には採取できそうなほど成長していた。

 その薬草も珍しいものではあったが、薬として使えるのではないかと考えていた。もしかすると今回の病に使う薬草は、全てが入手することが難しいものなのかもしれない。そう考えてホミカはため息を吐くのだった。

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