4話 白黒の騎士





 それから、1週間後。ホミカはネスティを連れて、東にあるククリの森へとやって来た。時々魔物が姿を見せることもあるが、薬草が自生しているため取りに来るのだ。魔物には近づかなければ、攻撃されることはない。姿を見せることも少ないため、鉢合わせにはならないだろう。

 午前中は店を閉めて、2人で必要な薬草を採取する。知らない薬草であればそれを手に名前と効果を聞きに来るネスティに説明をする。レニーはその様子を邪魔にならない場所で黙って見ている。

 今日必要なのは、リドという薬草の葉だ。タンポポの葉に似たそれは、腰痛や関節痛によく効く。1番消費される薬草であり、それだけ薬を必要とする人も多い。そのため、これからのために多く作る必要があるのだ。足りなくなれば、ネスティが作ればいい。この1週間で、ネスティに薬作りや研究室と保管庫の掃除も任せるようになった。研究室と保管庫の掃除は時間がかかっても構わないから、綺麗にすること。その言葉の通り、時間をかけて綺麗に掃除をしてくれる。あとは、素早く掃除できるようになればいいだけ。


「店に戻ったら、一緒に薬を作りよ」

「はい!」


 リドの葉をオイルボトルに入れながら元気に返事をしたネスティは、どことなく嬉しそうだ。


(薬作りが好きなのは、薬師にとって素晴らしいことね)


 毎日薬を作ることが薬師の仕事。好きではないとできない仕事でもあるが、ホミカは薬を作らない日がある。時々休憩しないと、疲れてミスをしてしまうのだ。だから、ネスティも5日に一度は休ませている。しかし、店の2階に住んでいるため手伝いに出てきてしまうのであまり休みにはなっていない。

 薬草を採取して、オイルボトルをカバンに入れながら近づいてくるネスティ。


(そろそろ戻りましょうか)


 十分採取して、立ち上がった時だった。レニーが「にゃー!」と大きく鳴いた。普段あまり鳴くことをしないレニーの声に、2人は驚いた。しかし、その原因がすぐに判明した。

 魔物だ。

 まだ2人には気づいていないが、木々の間から角を生やした兎の姿が見える。姿勢を低くして、ホミカはネスティにも低くなるようにと合図をする。そのまま話すこともなく黙っていると、魔物は森の奥へと姿を消した。


「ジャッカロープですよね。可愛いんだけど、角が怖いですね」

「近づかないのが1番よ。元々森の奥に住んでいるから、街の近くに出ても不思議じゃないわ。さあ、戻りましょう」


 ジャッカロープが姿を消した奥を見ながら、街に出ないことを願いながら道を戻り始めた。時々後ろを振り返るレニーは、どうやら警戒しているようだ。何も言わないのなら安全だと思いながらも、ホミカの足は知らずに早くなった。




 店に戻る途中、街の中で1人の冒険者と会った。立ち寄っただけだと言う冒険者は、これからククリの森を抜けて王都へと向かうのだと言う。冒険者なら心配はいらないが、森に魔物がいたことを話すと、見かけたら退治をすると話して立ち去って行った。

 それから研究室で2人で薬を作っていたが、魔物が街に出たという話しもないことから、そのまま森の奥に戻ったか冒険者が倒したのだろう。少し不安だったホミカは、漸く安堵した。森で魔物を見かけることは今までなかったのだ。記憶の中と少し違う行動をしているため、本来出会わない魔物と会ったのかもしれない。

 研究室の掃除を済ませ、お昼を食べてから店を開く。今日薬を取りに来る常連客はいない。けれど、ネスティの薬を飲んだ効果を話しに常連客がやって来た。以前より効果があると言われて嬉しそうに微笑んだネスティに、上達していると分かるとホミカも嬉しくなる。

 ネスティに薬師として教えることも少なくなっている。一人前の薬師として認められるまでは店にいるのだ。それがあと僅かなのか、まだ先なのかはホミカには分からなかった。




 客足も途絶え、閉店時間になると2人で手分けをして店内を掃除する。研究室と保管庫は午前中に掃除を済ませたので、拭き掃除だけだ。保管庫の棚を掃除しながら、ホミカはゆっくりと息を吐いた。


(もうすぐ、来る)


 ずっとこの日を待っていたホミカには、王都から自分を訪ねてくる人がいることを知っていた。無愛想で無表情な男性。王都の騎士である証の白い騎士服に青い装飾。何を言っても聞き耳を持たない男性を思うとため息が出てくる。

 国王の命令に従うだけの、他人の意見を聞かない騎士。それが前回訪ねて来た人だった。何を考えてあのような騎士に、ホミカを連れてくるように頼んだのか未だに分からないでいた。またあの男性が来るのだろうと考えるだけで、口からは何度もため息が零れた。

 拭き掃除を終えて、研究室を出ようと扉を開けるとネスティの悲鳴が聞こえた。思わず立ちすくむと、ネスティは扉に背中をつけて息を荒くしている。


「どうしたの?」


 扉を閉めて近づくと、ネスティは首を横に振っただけで何も言わない。近づかないでほしいのか、何もないという意味なのか。理解できずにいるホミカの耳に、扉をノックする音が聞こえた。しかし、その音にネスティは再び首を横に振る。

 誰かがノックしていることは分かる。きっと無愛想な騎士だとは思うのだが、どうしてネスティが扉を空けられないようにしているのかが理解できなかった。記憶の中のネスティは、扉を閉めずにホミカを呼んでいたのだから。

 そんなネスティに、いつの間にか足元にいたレニーが「にゃー」と鳴いた。まるでそこから退きなさいと言っているように感じられ、ホミカは優しくネスティを扉の前から退かすと扉を開いた。


「お待たせして申し訳ありません」


 顔を上げて、どうしてネスティが慌てていたのかを理解した。そこにいたのは騎士ではあったが、無愛想で無表情な男性ではなかった。レヴェンエーラ王国では見ることも珍しい獣人が立っていたのだ。白い騎士服に身を包んだ黒い獣。左腰には刀を携えている。ネスティの反応に慣れているのか、何とも思っていないように見えるが、耳と尻尾は下がっている。その様子に思わず小さく笑ってしまうホミカに、耳が持ち上がった。


「機嫌を悪くしてしまったらごめんなさい」

「いや、そうではない。貴方は、俺が恐ろしくはないのか?」


 ローバリトンで言われた声に、首を傾げる。恐ろしいとは何のことなのかと疑問に思うホミカだったが、先程のネスティの様子を思い出す。

 獣人を見慣れていない人が多く、人間よりも力が強いと言われている獣人が恐ろしいと思うのは普通なのかもしれない。けれど、ホミカは恐ろしいと思わなかった。


「獣人というだけで、恐ろしいとは感じません。私は、獣人より人間の方が恐ろしいです。犯罪者の多くは人間ですから。それに私にとって貴方は、見た目が違うというだけで人間と変わりません」

「そうか」


 レヴェンエーラ王国に住む多くは人間だ。犯罪者は人間ばかり。そのため、ホミカにとっては種族が違うだけで恐ろしいとは思えなかった。

 微笑んで言うホミカに、獣人は短く嬉しそうに言った。下がっていた尻尾は僅かに揺れていた。


「それで、こちらへはどのようなご用件で?」


 騎士服を着ているのだから、用件は分かっていた。それでも、知らないふりをしなくてはいけない。訪ねて来たのが予想外の人物だったが、話しやすそうな相手に安堵していた。都合も考えずに話を進められると困るのだ。


「国王陛下の命で、ホミカ殿をお迎えに上がりました」


 背筋を伸ばして、畏まる。病を知らないのだから、そのことは伏せなければいけないのだろう。詳しく話してはいけないと言われているのかもしれない。しかし、病のことを知っているのだとしたら話してくれるのではないか。以前のように話せない、無理にでも連れて行くということにはならないだろう。


「もしかして、王都で流行ってる病の件で来たのですか?」

「どうして、それを……」

「王都から女性が薬を探しに来たんです。だから知っています」


 怪訝な顔をされるが、気にせずに笑顔で返す。病のことはまだ秘密にされているのだろう。それを知っていれば怪しむのも当然だ。

 もしもここで、女性は誰だと聞かれたら返すことはできない。あの女性が何者なのか、名前さえも知らないのだから。しかし、怪訝な顔をしたままではあったが何も言われなかった。


「病のことを知っているのでしたら話しますが、薬を作ってほしいのです」

「王都には優秀な薬師がいるはずです。どうして、私が行かないといけないのですか?」

「薬師達は現在、原因を突き止めようと頑張っています。ですが、成果は得られておりません。そのため、『魔女』と呼ばれる貴方なら分かるのではないかということです」

「まるで、私が病をばらまいたように言うのですね」

「いいえ、そのようなつもりはありません。そのように聞こえたのなら、謝ります」


 素直に謝る様子から、本当に悪気はないのだと分かる。後ろにいたネスティが心配そうにホミカに声をかけるが、視線を向けると大丈夫と言うように微笑んだだけでレニーへと視線を向けた。

 レニーは鳴くこともせずに、真っ直ぐホミカを見つめている。ネスティを扉から退かせるために鳴いたレニー。今ホミカは、彼に選択肢をあたえられているのだろう。今日ここに来たのが、以前と同じ男性だったら選択肢はなかった。


「たとえ、『魔女』と呼ばれていたとしても原因が分からなくては薬は作れません」

「分かっています」

「私がどんなに頑張っても、原因は分からないかもしれません」

「はい」

「もしも、原因が分かっても薬を作れないかもしれません」

「はい」

「それでも構わないのでしたら、王都へ行きます」

「ありがとうございます! 国王陛下には今の言葉を伝えます」


 話を聞いてくれたことにホミカはいつの間にか入っていた力を抜いた。以前の男性のように話を聞いてくれない人物であったら、今回も同じ運命をたどっていたかもしれない。


(もう、処刑なんかされたくない)


 嬉しそうに言う獣人に、思ったより表情があるのだとホミカは思っていた。獣人は揺れる尻尾だけではなく、表情にも感情が出やすいのかもしれない。もしくは、全ての獣人が同じなのか。しかし、他の獣人を知らないのだから分かりはしない。


「それでは、これから王都に……」

「明日では駄目かしら?」

「明日、ですか?」

「ええ。準備もあるし、母にも話をしないといけないから」

「分かりました。では、明日もう一度伺います」


 そう言うと、獣人は頭を下げてククリの森へと向かって歩いて行った。王都から歩いて来たのではなく、馬車が邪魔にならないようにとククリの森に置いてきたのだろう。無理強いをせずに立ち去る様子に、すぐに連れてこいと言われているわけではないのだということが分かる。それなのに以前の男性は無理矢理ホミカを連れて行った。その違いはいったい何なのだろうか。

 彼はそのまま馬車で寝泊まりをするのだろうと、思いながらホミカは掃除の続きをするために扉を閉めた。振り返るとネスティが不安そうな顔をしていた。王都に行くため、1人になるのが不安なのだろう。


「大丈夫よ、きっとひと月以内には帰ってこれると思うから。その間、お店をよろしくね。無理はしないように」

「分かりました」


 少し不安そうな顔をしながら頷いた。店の掃除はほとんど終わっているようで、最後に椅子とテーブルを拭いて掃除を終わらせる。

 明日から研究室で薬を作ることができないということは分かっていた。そのため、この1週間は毎日薬を作っていた。王都に行ってしまうと薬屋の薬を補充できないため、できるだけ多くの薬を作っておく必要があったのだ。たとえ薬が足りなくなったとしても、種類によってはネスティが作ることができる。心配はないだろう。


「それじゃあ、戸締りお願いね」

「はい。お疲れ様でした」


 店から出ると、鍵の閉まる音が聞こえた。レニーと一緒に帰路に就く。家に着くまでの間、母親にどうやって説明しようかと考える。以前は、1人暮らしになっていたため店にいたネスティが知っていれば問題はなかった。

 明日まで待ってもらったのは、母親に説明するためでもある。説明もなく突然いなくなれば、心配されてしまう。以前の人が無理矢理にでも連れて行ったのは、国王の命令に従ったからだろう。国王の命令に反対する人はいないと考えていたのかもしれない。しかし獣人の様子を見ると、すぐに連れて行かなくても良かったように見える。それなら、以前の男性はどうして無理矢理にでも連れて行ったのだろうか。考えても分かるはずはなかった。

 結局、母親への説明はありのままを話すことにした。ホミカの仕事でもあるため、納得してくれた。ただ、「気をつけてね」と少し心配そうな顔をした。病が流行している場所に行くのだから、心配しないはずがないのだ。

 それから一緒に夕食を食べ、お風呂に入り明日の準備をする。2週間分の着替えをブラウンのトランクに詰めていく。もしもそれ以上王都にいる場合は洗濯したものを着ればいい。もう1つの黒いトランクにはノートや本などを入れていく。薬を作るのに必要な道具は、店から持ち出せばいい。持って行っても問題ないものだけを持ち出せば、ネスティが薬を作る時に不便な思いはしないだろう。薬草も近場で入手できないものは持って行けばいいのだ。


「そういえば、明日の何時頃に来るんだろう?」


 明日伺うと言っていたが、いつ来るとは言っていなかった。聞いておけばよかったと思っても遅い。朝早くからは来ないだろうと考え、早めに就寝することにした。王都へは馬車であっても約1日かかる。移動だけで疲れてしまうだろう。少しでも勉強しておきたいが、疲れを残しておきたくなくて一度母親に声をかけてからレニーと共に眠りについた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る