戻って来てしまいました
一瞬、時間が巻き戻ったのかと思った……と苦笑いしながら、壱花は店内の様子を眺めていた。
京都に出発する前日と変わらない光景がそこにあったからだ。
子ダヌキや子ギツネたちが集まっているストーブの上ではカニが煮られ、七輪ではカニが
ケセランパサランがまた鍋に飛び込み、煮られようとしていた。
いや、
「京都は、どうだった?」
と訊いてくる班目に、
「いや、まだ帰ってきたわけじゃないんだが……」
と倫太郎が言っていた。
班目が、焼いた太いカニの足にカニミソをつけて壱花に渡してくれる。
酒も出てきた。
子ダヌキたちが面白がって、二匹で一升瓶を抱え、酌をしてくれるのだ。
「ほら、お前も食べろ」
と斑目はやって来た生活に疲れたサラリーマンにも、身も旨味もぎっしりのカニの脚を渡していた。
なかなか見かけないような太いカニの足に、受け取ったそのサラリーマンは少し考え、申し訳ないと思ったのか、その辺の駄菓子を幾つも箱飼いしようとする。
「い、いやいやいや、いいですっ。
サービスですっ。
また来てくださいっ」
と慌てて壱花は止めた。
倫太郎が班目に言う。
「うちの店は1個10円とか30円とかなんだ。
そんなのもらったら客が困るだろうが」
いや、社長も結構、振る舞ってますけどね……。
自分で作った好きなものとか、と思う壱花に班目が訊いてきた。
「京都観光はしてきたのか」
「はあ、一条戻橋とか、二条公園とか、嵐山とか、雪の貴船神社とか、一瞬だけ、
「夕方から行ったんだろ?
ずいぶん回れたんだな」
はあ、おかげさまで……。
「なんで二条城じゃなくて、二条公園なんだ?
貴船神社、今、雪降ってんのか?」
降ってるわけないですよね~、と思う壱花に、
「で、明日は何処行くんだ?」
と班目が訊いてくる。
オウムに頭に乗られながら、倫太郎が言った。
「明日、……っていうか、もう今日か?
神社に行くんだそうだよ。
リベンジしに」
そのまま、ぺらっとその神社と壱花との因縁をしゃべられ、笑われる。
「恋愛に祈願なんて、なんの意味もないぞ。
気休めだ壱花」
と言う班目に、
まあ、そうなんですけどね……と壱花が思っていると、班目は、
「俺は神や仏には頼らない。
倫太郎にも頼らない。
自分の力でお前を手に入れる」
と壱花を見つめ、言ってきた。
いやいや……、真正面から見て言わないでくださいよ。
冗談だとわかっていても照れるではないですか、と思う壱花の横で倫太郎が、
「待て。
なんで今、俺まで入った?」
と訊いている。
「あやかしにも頼らない、という意味だ」
そう班目は言った。
友人として協力してもらうという意味ではなかったようだ。
「こんなあやかしばっかりの店やってるお前もあやかしだろうよ」
「それなら、壱花もあやかしだろう……」
と言いかけ、ん? と倫太郎は店の隅を見る。
「なんかあの辺、なにかなくなってないか?」
高尾がぎくりとした顔をした。
「あっ、柚子が足らなくなったね。
小豆洗いのおじいちゃんがたくさん柚子持ってきてくれたんだよ」
と言いながら、立ち上がり、奥へ行こうとする高尾を胡散臭げに倫太郎が見ている。
壱花はさりげなく高尾について行き、
「高尾さん、なにかしました?」
と訊いてみた。
「いや、別に?」
と高尾は笑いながら、奥の座敷にあった白い大きなビニール袋から、何個か柚子をとっていた。
「それはいいんだけどさ、化け化けちゃん。
いいの?
神社で祈願し変えて」
「えっ?」
「その間違った名前で祈願したせいで、やってきたのが倫太郎じゃないの?」
……いや、そんなこと。
「正しい名前で祈祷して、倫太郎が君の前から消えちゃったらどうするの?」
…………いやいや、そんなこと。
別に社長とはそんなんじゃないですし……。
会社でも此処でもただの雇用関係でしかないですし。
「どうした、壱花。
冷めるぞ」
高尾と一緒に柚子を手に戻った壱花に、倫太郎が言ってくる。
はあ、と生返事をし、美味しくカニをいただいて、包丁振る鬼に追われたり、京都中走り回ったりした疲れは吹き飛んだが。
昨日みたいに、すっきりはしなかった。
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