高尾さんに地図をもらいました


 神社が連れてきた間違った相手は社長じゃないんだろうか、と思いながら、冨樫はまだ揉めている二人を眺めていた。


 班目と壱花より、倫太郎と壱花の方が恋愛関係に近い気がしたからだ。


「そういえば、高尾さんが地図くれたんですよ」

と言いながら、壱花はガサゴソと鞄から地図を出そうとする。


 倫太郎と二人、慌ててそれを押さえた。


「やめろ、あいつのくれた地図とか。

 開いた瞬間になにかが起きそうだ……」

と倫太郎が言う。


 確かに。

 このメンツで行くと言うだけで、既になにかが起きそうなのに。


 そんなもの開いたら、千年の都で、千年級のあやかしとか飛び出してきそうだ。


 かつては超常現象的なことは絶対に信じないと思っていた冨樫だったが。


 疑いつつも、あやかし駄菓子屋に通い詰めているうちに、誰よりもそういう勘が鋭くなっていた。


 常にこれ以上の厄介事が舞い込みませんようにと身構えているからだろうか。


 そんな冨樫の勘が外れることは、あまりない――。




 京都に着いた壱花たちは駅近くのホテルに荷物を預け、スーツから着替えた。


 いつも通りのビジネスホテルだ。


 せっかく京都まで来たのだから、老舗の旅館にでも泊まりたいところだが。


 経費でそんなもの切ったら、木村さんに、こらーっ、と言われるだろうし。


 それ以前に、一緒に来ている冨樫さんが、こらーって言うよな……。


 そう思いながらも、身軽になった壱花はホテルの前で、

「京都観光ーって感じですねっ」

と言って笑う。


「……仕事で来たんだからな」

と一応、倫太郎は釘を刺してきたが、壱花が川床に行きたいと言ったのを覚えていてくれて、鴨川のほとりにあるフレンチの店で奢ってくれた。


 新幹線の中で予約してくれていたらしい。




「美味しかったですっ。

 あと、京都といえば、抹茶系のデザートですよねっ」


「……今、デザート食べたよな。

 コース料理についてたやつ」

と倫太郎は言ったが、その横で冨樫が、


「じゃあ、パフェ以外で」

と言った。


 倫太郎が、なにっ? と振り向く。


 京都に来たからには抹茶のなにかを食べたいと思っていたのは冨樫も同じなのか。


 冨樫が反対しなかったので、甘味処に行けた。


 うーむ。

 私より冨樫さんのお願いの方が社長には効果があるということか。


 それとも、滅多に言わない人が、滅多に言わないことを言ったから聞いてもらえたのだろうか。


 そんなことを考えながら、壱花は寒いのに、かき氷を食べた。




 店を出たところで、

「お前、ほうじ茶の食ったろ。

 抹茶が食べたいって言ってたのにっ。


 また違う店で抹茶のスイーツが食べたいって言いださないかっ?」

と倫太郎に壱花は罵られ言う。


「いやいや、ちょっとほうじ茶の誘惑に勝てなかっただけですよ。


 ふわふわのかき氷に香ばしいほうじ茶。

 とろっとしたミルクッ。


 あれは食べなきゃ駄目でしょうっ。


 でも、確かに抹茶に未練はありますけど。

 スイーツはもういいです」


 そうか? と疑わしげに見た倫太郎に、

「京都、パンも美味しいらしいですよ」

と壱花は言って、


「……観光のためにホテルを出て来たんだよな?

 何処を見た? 俺たち」

と詰め寄られた。


「か、鴨川を眺めた気がしますよ……。

 対岸の灯りが水面みなもに映って綺麗だった気がしますよ」


「あやふやな記憶だな。


 そして、その適当な鴨川以外に俺たちが見たのは、フレンチとかき氷だっ。

 今度はパンを眺めるのかっ」

と怒られる。


「わかりましたよ~。

 なんか神社が閉まってて、気が抜けちゃって」

とうっかり言って、今度は冨樫に、


「神社は閉まらないのでは?


 祈祷ができないだけだろう。

 神様、お休みがあるのか」

と屁理屈を言われる。


 ……神様、寝てるかもしれないじゃないですか。

 ねえ? と誰にともなく壱花が思ったとき、倫太郎が溜息をつき、言ってきた。


「しょうがないな。

 会議のあと、少し時間があるだろうから、その神社寄ってやるよ」


「えっ?

 いえ、お忙しいのにいいですよっ」

と壱花は断ったのだか、


「いや、行け」

と倫太郎は言ってくる。


 冨樫が横で、ぼそりと、

「間違った祈願によりやってきたのかもしれない班目さんを追い払おうとしてませんか……?」

と呟いていた。


「あ、あの、私はもう満足なんで――」

と壱花が言いかけると、倫太郎が、食っただけでか、という顔をする。


「あとは社長と冨樫さんの行きたいところに行ってください」


 そう言ったのだが、ふたりとも悩んでしまった。


 何処か見たい、とは思っていたようなのだが、何処を、というところまでは考えていなかったらしい。


「この時間からというと、ライトアップしてあるところとかかな」

と言う倫太郎に、


「あ、いいですね~」

と笑いながら、壱花は鞄からガイドブックを出そうとした。


 高尾のくれた地図がひっついて一緒に出てきた。


 ふわりとアスファルトの上に舞い落ちる。


 ぱさりと開いて落ちた地図を三人は無言で見つめた。














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