失踪した同級生の女の子が俺の部屋の押入れにいる件

柳成人(やなぎなるひと)

第1話

 二学期も終わりに近づいたある日、同級生の高木愛里が失踪した。


 愛里失踪の情報は瞬く間に保護者の間を駆け巡り、その日の夜には俺達生徒の間でも周知のものとなった。クラスのグループラインでも愛梨に関する情報がひっきりなしに飛び交ったが、愛里本人からは何の返答もないどころか、本人のトーク履歴にも既読マークすらつかなかった。彼女の携帯電話は「電波の届かない所にいるか電源が入っていない」という状態になっていたから彼女がメッセージを見ないのは当然だろう。

 しかし彼女は少なくともクラスのグループラインだけはこっそり確認していた。副端末やPC連動などと中学生女子にとっては難易度の高い方法ではなく、彼女はもっと原始的な方法を編み出していたのだ。


「ちょっと待って。テストの成績が一番じゃなかったから家出したって私そんな豆腐メンタルに思われてるの? っていうか佐々木君が私に勝ったのって保健体育の筆記テストだけなのに」


 愛里は本人の知らない所で好き勝手飛び交う投稿に、ぶつくさと文句を言っていた。

 彼女がいるのは、俺の部屋の押し入れの下段。

 言うまでもないだろうが、彼女が操作しているのは俺のスマートフォンである。


「ねえ、尊君。ちょっと来て」


 元は俺のベッドにあった毛布にくるまりながら、愛里は事ある度に俺を呼んだ。1階にいる両親は 当然息子の部屋に失踪騒ぎの渦中にある女の子が潜んでいるとは想像もしていない。気付かれるないようにと、会話をする際には目一杯顔を近づけ、声を潜めてひそひそと囁き合うしかない。

 彼女が着た俺のTシャツは彼女には大きすぎて、普段なら制服やジャージに隠されている首回りの白い肌が眩しくて仕方がないのだけど、愛里は一向に気にする様子もない。


「ちょっと見てよこれ。ひどくない? いつのまにか私に大学生の彼氏がいて、妊娠したとか言われてんだけど」


 大学生の彼氏や妊娠なんていう漫画みたいな話に、俺の心臓はドキドキと鼓動を早めた。


「家庭教師が一回家に来ただけなのに。どうしてこういう変な噂が広まるかなぁ」


 すぐさま飛び出した否定の言葉に胸を撫で下ろす。愛里がずっと年上の男とそういう行為をしているところを一瞬でも想像してしまった自分を、ひどく情けなく思った。


 どうして愛里の変な噂が広まるかって?

 そんなのわかりきった話だ。

 単純に、それだけ愛里に対するみんなの関心が高い事に他ならない。

 学年で一、二を争うほど成績優秀、スポーツもそこそこで何よりも眉目秀麗。男女問わず、関心を集めないはずもない。

 高木愛里はクラス一、いや学年・全校で見てもトップクラスのマドンナなのだ。

 そんな彼女が降りしきる雨の中、ずぶ濡れの制服姿でうずくまっているのを見つけたのは、ほんの数時間前の話だった。



   ※     ※     ※



 真面目で勉強もできるやつというのは不思議と学校を休まない。高木愛里もそんなタイプだったから、朝から教室に彼女の姿が見えないのは、リビングからテレビが無くなったのと同じぐらいの違和感をもたらした。

 しかしまだその時点で事情を知らない俺達は、担任の教師ですら、珍しいね、風邪かなぁなんて呑気に構えていたのだ。

 だから帰り道、通学路の自動販売機の横に蹲る彼女の姿を見つけた時は、自分の目を疑った。背中まである長い黒髪も制服もバケツの水をかぶったように濡れて彼女の身体にべったりと貼り付いていた。


「尊君……」


 俺の名を呼んだ彼女の唇は真っ青に青ざめていて、俺は考える暇もなくすぐさま彼女を家へと連れ帰った。

 親が不在なのを良い事に、家へ着くなり真っすぐバスルームへと案内し、シャワーを浴びさせた。俺のTシャツとハーフパンツをとりあえずの着替えとして差し入れ、温かいココアを淹れたら、彼女はだいぶ赤みを取り戻した顔に「ありがとう」と笑顔を浮かべた。

 びしょびしょの制服はお風呂場で軽く絞った上で、俺の部屋の中にでも干す事にしよう。靴と靴下は、ドライヤーの風でも当てて乾かすしかないかと部屋に運び入れたその時――


「ただいま」


 とパート先から母親が帰って来た。

 俺はそこでなぜか判断を誤ってしまった。後から思えば高木愛里を保護したのは決して悪い事ではないのだから、すぐさま帰宅した母に事情を打ち明ければ良かったのだ。

 でもどうしてか、母親の声に稲妻に撃たれたかのように飛び上がった俺達は、顔を見合わせるや否や逃げ場所を探し、気づいた時には高木愛里と彼女の痕跡を表す全ての物を押入れの下の段へと押し込んでいた。

 女の子にシャワーを使わせ、部屋に連れ込んだ上、さらに自分の服を着せている事に、親には言い出しにくい背徳感のようなものを無自覚に感じていたのかもしれない。実際、その時の俺達を見られたら不埒な行為に及んだと誤解を受けてもおかしくなかっただろう。

 押入れの戸が閉まるのと、二階に上がってきた母親が部屋のドアを開くのはほぼ同時だった。


「尊、シュークリーム貰ってきたから食べない?」

「ああ、うん。あ、でも後にしようかな」

「あらそう。あと、あんたシャワー使った? ボイラー上がったままになってたけど」

「帰りに雨で濡れたから。ちょっと足だけ洗ったんだ」

「使ったらちゃんと下げなさいよ。ガス代かかるんだから。それにしてもひどい雨。乾燥機かけなきゃ駄目かしら」


 ぶつくさと言いながら母親が出ていくのを見計らって、押入れからそろりと高木愛里が顔を覗かせる。


「……行った?」

「うん」


 どこか嬉しそうな彼女の顔を見て、俺は自分の失敗に気づいた。

 母親に打ち明ける最大のチャンスを逃し……かくなる上は彼女の存在を両親の目から隠し続けるしかないと覚悟したのである。

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