幕間2
幕間2
王族達が退席し、多く者が帰り支度を始めている中、リリアーナは、宴に参加していた部下の騎士達を集めて城の出口に向かうことにした。
宴は、まだ終わっておらず、部下達の中には、まだ飲み足りない者もいたようだが、リリアーナはそのような者達も追い立てるようにし、急ぎこの会場を離れることにした。
ここは王宮の中であり、下手な失態は、今後自分達の首を絞めることになる可能性が高いことを、彼女はよく理解していたのである。
幸い、今の段階では、まだリリアーナも、その部下達にも、目立った失態はなかった。
だからこそ、急ぎ席を外し、そのまま安全な外に逃げたいという気持ちに急き立てられるよう、彼女は、城の出口に向かっていたのである。
途中、おべっか使いの貴族や軍人達が、彼女の気を引こうと色々と声をかけてきたが、彼女は、その誘いを失礼がないように、されど有無を言わさない態度で断り続けながら、出口に向かった。
ようやく城の出口が見えたが、当然のように出口は人で溢れており、すぐに出れるような状況ではなかった。
されど、ここまで来れば、そうそうトラブルもないだろうと彼女は胸をなでおろした。
そうして一息をついた彼女は、雑踏に足止めをされながらも、横にいる副官と話をしながら、周りを見渡すことにした。
すると、向こうの人ごみの奥の方に、セレトが一瞬見えた気がした。
見知った顔を、改めて見ようとしたが、セレトは人ごみに紛れて、すぐに見えなくなってしまった。
「どうかしましたか?」
隣に立つ青年、副官のロットが声をかけてくる。
身長こそリリアーナより高いものの、どこか痩せ気味でひ弱そうな印象を与えている副官のロットであったが、その剣技の鋭さと、冷静沈着で的確な指示を出せる頭脳を以て、常々彼女を助けてくれている優秀な男であった。
「いや、向こうの方に見知った顔を見かけたのよ。この人ごみにすぐに紛れてしまったけど。」
リリアーナは、ロットにそう返事をする。
ロットは、リリアーナの言葉に合わし同じ方向を眺め、すぐに顔を戻した。
「いやはや、人が多すぎますな。早く帰って休みたいですよ。」
ロットは疲れたようにぼやく。
彼も、リリアーナ程でないにせよ、功績を挙げた部隊の副官ということで、多くの場所に引っ張りだこであった。
互いに貴族の出ということで、様々なパーティーには出席したこそあるものの、今日のような大規模な宴で主役のように振る舞うことなどなかった。
そのため、慣れない役を演じ続けたことで、互いに疲労困憊という状況ではあった。
「そうね。早く体を休めて次の戦いに備えないとね。」
リリアーナは笑いながら、そう応え、ロットは、その様子に呆れたような表情を向けた。
列が動き、リリアーナは部下達とようやく城の外に出れた。
リリアーナは、隣に立つロットと同じく、既に疲れがたまっている状況であったが、彼女の部隊の多くの者達は、まだまだ体力が有り余っている者も多く、街の賑やかな様子に心が惹かれているような者も見えた。
そんな部下たちの様子を見ながら彼女は、部下達の功労をねぎらう言葉をかけると、羽目を外しすぎないように念を押すと、その場で部隊の解散を命じた。
その言葉を聞いた瞬間、彼女の部隊の者達は、蜘蛛の子を散らすようにわっと街の明かりめがけて走り去っていった。
そうして後に残ったのは、副官のロットと、彼女たちと同じように城のパーティーで既に精根が尽き果てた二人の騎士のみであった。
「君達はどうする?」
リリアーナは、残った者達に声をかける。
二人の騎士は、このまま近くの宿に部屋をとっているので、そこで休むと答え、おやすみの挨拶と共に、去っていった。
その様子を見終わると、ただ一人残ったロットにリリアーナは顔を向けた。
「貴方の迎えが来るまで、私も残りますよ。」
ロットは、疲れが見える顔でありながらも、笑いながらそう答えたが、緊張の糸が切れたのか、足元がふらついたのをリリアーナは見逃さなかった。
「おやおや、君も疲れ切っているじゃないか。それなら、今夜は屋敷に泊まっていくかい?わが父君も喜ぶよ。」
貴族の出自であり、親同士も仲がいいロットは、リリアーナの幼馴染として、予てより彼女の屋敷に何度も訪れたこともあったし、リリアーナの父が気に入っている客の一人でもあった。
ロットは、少々思案をしているようであったが、リリアーナの強引さを知っているため、ここは逆らわずにいたほうがいいと判断をしたのであろう。
「では、お言葉に甘えさせていただきます。」と応えた。
相変わらず、城の周りには人が溢れており、迎えの者と出会えるまで、まだまだ時間がかかりそうであった。
そのため、リリアーナとロットは、人ごみから少し離れた場所に移動し、時間を潰すことにした。
「そういえば、先ほど見かけたという知人ですが、例の魔術師ですか?」
会話を続けている中で、ふとロットがリリアーナに疑問をぶつける。
『魔術師』。その言葉に少々侮蔑の色が混ざっているのに、リリアーナは気づかないふりをして応える。
「正解。セレト卿が見えてね。声でもかけようと思ったんだけど、その暇もなかったよ。」
先程までの、部下が揃っている状況で見せた、上官の顔ではなく、まるで村娘のような品がないような話し方で彼女は言葉を紡ぐ。
ロットは、その話し方に眉をひそめながらも、言葉を返す。
「団長。貴方にあまり意見を申すつもりはありませんが、あのような魔術師風情とあまり関わりを持たぬ方がよろしいかと思いますよ。以前より、進言しておりましたが、あれは、普通の出自ではなく、我々と生きている世界が違います。」
やや感情的にロットは、上官であるリリアーナに意見をする。
疲れと酒による酔いが、彼の言葉を後押ししていた。
「今日も、どこかの隊の者に絡まれておりましたが、あの男には敵が多すぎます。好意、悪意に関係なく、彼に関わり合いを持つのはおやめなさい。」
リリアーナより三歳年上のロッドは、時折、昔のように上から目線で進言をしてくることはあった。
しかし当初は、ロットのいつもの小言かと思って聞き流していたリリアーナも、あまりにもしつこいロットの発言には、むっとして言葉を返す。
「それが君に何の関係があるんだい?」
やや喧嘩腰で彼女は言葉を返す。
「いいかい。そもそも今回、私達の部隊が戦功をあげられたのも、他の部隊がうまく戦果をあげてくれたからじゃないか。特に君が言うところの魔術師が率いる部隊がうまく相手の補給線を断ってくれたおかげで、前線の私たちは戦功をあげられたんだ。」
話しながら、彼女の感情も高まってきたのか、言葉は徐々に強くなりつつあった。
「彼は、出自は別として、有能な軍人で、同じ国家に忠誠を誓った仲間だ。そこに尊敬の念を持つのは当然の事じゃないか。」
リリアーナの言葉をひとしきり聞いたロットは、口を開き、何かを言おうとしたが、思い直したのか一度口を閉じ、声色を変えて、彼女をなだめるように語りかけてきた。
「そうですね。彼はたしかに有能な軍人ですね。そこに対して尊敬の念は確かにありますよ。」
ロットは、彼女を落ち着かせるように言葉を選びながら話を続ける。
「ただね、やはり彼には気を付けたほうがいいですよ。彼は、決して王国に忠誠を誓っているような人間ではない。そして、我々と違いすぎる生き方をしてきた人間です。関わり合いにならないに越したことはありません。」
再度のロットの言葉を聞き、リリアーナは、曖昧に頷いた。
実際、リリアーナ自体、セレトとの関係性はよくなかった。
ロットの言う通り、彼の本質は王国への忠義ではなく、自己保身に長けた男とであるように思えたし、出自が出自のためか、自分を初めとする貴族階級に対する敵意は強かった。
しかし、リリアーナは、そんなセレトの生き方を軽蔑しながらも、どこか憧れのようなものがあった。
権力や政治に縛られず、自身の力のみを頼りに、自由気ままに生きているように見えるセレトの生き方は、貴族の家に生まれ、その家に縛られながら生きている自分と比べると、とても尊い物のように思えたのだ。
だが、ロットのいうことにも一理があった。
セレトの自由気ままな生き方は、多くの敵を作っており、それは元々の出自だけではない、彼本人の資質に対する評価でもあった。
貴族という視点で見た場合、そんなセレトと少しでも関わりを持つことは、決して 彼女本人にも、彼女の家にとっても、プラスになる可能性は低いのは明白であった。
リリアーナは、そのような考えを頭の中でまとめると、ロットに対し、非礼を詫び、ロットはそれを受け入れて、会話は打ち切りとなった。
迎えが中々来ない中、リリアーナは、自分が無性に喉が渇いていることに気が付いた。
考えてみれば、城の中では、挨拶ばかりで、禄に食事にありつけず、そのまま外に出てロットと大声で争っており、体が水分を欲するのも当然のように思えた。
城の方は、まだ人が多く、そこを抜けて飲み物を入手するのは、少々骨が折れそうであった。
ふと反対側に視線をそらすと、街の方は、まだまだ活気にあふれており、あそこに行けば何かしら喉を潤す方法が見つかりそうに思えた。
「私、少し喉を潤してくるわ。」
リリアーナは、そう言うとそのまま街の方に向かうことにした。
「おいおい、私もご一緒しますよ。」と、ロットは声をかけてきたが、リリアーナは、迎えの者がもうすぐ来ることと、すぐ近くに行くだけだから残るようにロットに指示すると、そのままロットを置いて街の賑わいの中に向かった。
後ろで、ロットが、「お転婆娘が」と、ぼやいていたような気がしたが、彼女はあえて聞こえないふりをした。
多くの人々がパレードで盛り上がっている街の中、早々でリリアーナは、飲み物を売っている屋台を見つけた。
彼女は、その屋台で果実酒を頼むと、それをもって、ロットの処に急ぎ戻ることにした。
しかし、パレードの人ごみの中で、飲み物を持ったまま帰路に就くのは、中々の重労働に思えた。
ふと、彼女が目をそらすと、城に向かうメインストリートの脇に人通りがなさそうな裏路地が見えた。
リリアーナは、そこで一息をつくことにし、その裏路地にもぐりこんだ。
そこは屋台も何もなく、一人の酔っ払いが、酒瓶を片手に壁に向かって倒れているのを除けば、人通りもないような場所であった。
道の奥には、人っ子一人いない広場があり、リリアーナはそこの噴水に腰を掛けると、果実酒を一気に飲み込み、喉を潤した。
広場から目を凝らすと、メインストリートで行われている、賑やかなパレードの様子が目に入った。
一方、彼女が今いる広場は、それと対照的に誰もおらず、静寂な空間が場を支配していた。
先程のロットとの会話を思い返す。
確かにロットの言う通りではあるのだ。
彼女が、魔術師風情と積極的に関わる理由等は特にないのだ。
しかし、それでも彼女は、たとえ軽蔑をしていようともセレトという存在が気になっていたのであった。
ひとしきり考えをめぐらすと、リリアーナは、ロットを待たせている事思い出し、急ぎ戻るために広場の入り口にむかった。
パレードの活気を肌に感じながら、明るい方に戻ろうとしたリリアーナは、ぽちゃん。という水の音を聞いた気がした。
カン。
音を聞いたと同時に、身体を思いっきり右側に反らしながら、回避行動を取ったリリアーナが見たのは、自分が先ほどまで立っていた場所に刺さっている、投擲用のナイフであった。
慌てて、後ろを振り向くと、黒ずくめの格好に白い仮面を被った何者かが、刀を構えながら、こっちに突っ込んでくるのが見えた。
体勢を崩したリリアーナに、そのまま止めを刺そうとしているのは、明白であった。
”暗殺者(アサシン)”と、リリアーナは、直感的に実感する。
リリアーナの目に、黒ずくめのアサシンが刀を振り下ろすのが目に入り、暗殺用なのか、やや小ぶりなその刀が振り下ろされた瞬間、リリアーナは、とっさに足を延ばし、相手のアサシンの胴体に思いっきり蹴りを入れた。
アサシンは、その蹴りに体勢を崩し、口から息を漏らしたようであったが、そのまま刀を振り下ろしてきた。
しかし、リリアーナの蹴りで目算が狂ったのか、刀は、リリアーナの足をかすっただけで、そのまま空を切った。
アサシンは、体勢を直そうとしているのか、そのまま後ろに飛ぼうとする。
一方リリアーナは、蹴りの反動で後ろに飛びながらも、腰の刀を抜くと、そのまま それを投げつけた。
同時に、指に力を入れ、魔力を込めて呪文を唱える。
「光よ!」
瞬間、リリアーナの指先で光球が破裂し、強い光が、アサシンとリリアーナを襲った。
そのままリリアーナは、背中から地面に落ちる。
受け身を失敗し、強く背中を打ってしまったが、痛みをこらえながら、急ぎ体勢を整える。
目くらましの閃光が晴れると、そこには、リリアーナが投擲した刀が頭に刺さり、絶命をしているアサシンが倒れていた。
リリアーナは、相手がまだ絶命していない可能性を考慮して、護身用の短剣を構えながら、恐る恐るアサシンに近づき、確かに絶命をしている事に確認すると、刀を引き抜き、その仮面をむしりとった。
仮面の下には、判別がつかない程に潰された顔があった。
鼻等は砕かれたことで、顔の輪郭はわからず、声は出せぬように舌は切り取られている。
近くで見たところ、身体の輪郭から、刺客は女性のようであった。
それは、過去何度も襲撃を繰り返してきたアサシン達の共通の装いであった
正体がばれないように顔を潰し、声を出せぬように舌を切り取って襲い掛かってくる暗殺者達。
誰が雇っているか不明の、このアサシンによる襲撃は、今年に入って6回目であった。
騒ぎを聞きつけたのか、多くの人が集まってきた。
その中には、ロットもいるのが見えた。
貴族の娘であり、聖女として、政治、軍事の両面に力を持つ彼女を疎ましく思っているのは多かった。
リリアーナは、その中の誰が、自分をここまで恨んでいるのかを思案しながら、ロットと衛兵たちが駆けつけてくるのを待った。
夜空には、満月が輝いていた。
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