第28話 準備はどうだ、ふたりとも!
(♡印より、男女の視点が変わります。)
◇ ◇ ◇
ピピピッ、ピピピッ。
電子音の後に液晶画面を凝視すること、三度。
「夢、幻でありたい……誰か嘘だと言ってくれ」
僅かな誤差はあれど、帰宅前から怪しいと睨んだ通りの体温計の結果に美しく膝から崩れ落ちる。
⇐ ごめん、風邪ひいたかも、ちょっと熱が出た
ディナーを日曜日に延期してよき?
悲嘆と謝罪のスタンプを選択して送信する。
ここにきて、なんてこったい!
二日後に迎えるイブイブディナーからの〈金土日フルコンボコース〉に合わせて体調を万全に整えた筈が、このまま無様な結果に終わるのかと、最早、涙も出やしない。
―――嘘。
泣いています、号泣しています、ベッドの中で。
体感的に発熱は大したことないだろうと推測。咳も出なければ喉の痛みも無い。鼻水はタラタラ流れてくるが、透明感にあふれているので花粉症の初期症状にしておく。
早ければ十二月からクるもんだしな。
このまま解熱すれば食事には行けそうだが、冬の超絶繁忙期を迎えつつあるきみに万が一にでも移すような事があったら、弟くん達のみならず、某所の二人組からもどんな仕打ちを受けるかわからない。
やはり、余裕を持って改善に努めねば。
とは言っても、冬生まれのきみの為に思案と検討を重ねた選りすぐりの贈り物をしっかりと渡さずして年は越せないし、下手こいて初日の出さえも昇らぬ世界線が広がるのだけは回避せねばならない。
だって、イチャコラが始まったばかり―――。
オホン、失礼。
こうなったら、一瞬だけ
その際にケーキも添えて持たせよう。
ふたりでホールのまま食べ合う約束を反故にするのは非常に悔やまれるが、治ったらリトライすればいいだけのこと。幼馴染み特権でリクエストをすれば、ケーキなんぞいつでも作ってもらえるしな。
うんうん。
発熱で些か朦朧としながらここまで熟考したが、ふと我に返る。
一瞬、
己に誠実に向き合った結果がそれか?
いい加減、誤魔化すのはやめろ。
この状況下で願うのは、たった一つだろ?
あぁ、そうだとも。
本当は、看病してほしいんだよ〜〜っ!
朝から晩まで―――は中途半端に元気かも知れないこの身が様々な理由で保たないだろうから、この際、横に置いておく。
数時間で十分―――いや、それも大嘘。
半日又は夕食を摂り終えるまで見守って欲しい。
甲斐甲斐しく、あれやこれやとしてもらいたい。
冷え冷えなピタピタンの交換。
微熱ないしは解熱してるだろうけど。
介添えしながら水分補給。
完全に自力で身を起こせるけど。
お粥をふーふーして口に運ぶ。
普通に食欲あるけど。
おでこ同士で熱を計り、あわよくば―――
ピロン♪
「うきゃぁぁ!」
邪な心臓から口が飛び出るかと思いました。
⇒ 足りないもの、欲しいものは有りますか?
明日、仕事帰りにお届けします
「キャーーッ! 是非ともお願い致したくっ!」
浮かれて返したいところだが、悪くて病みの真っ最中、良くて病み上がりなだけに涙を呑んで断りを入れておく。その代わり、土日はガッツリ遊び倒そうと約束する。
⇒ 週末は、私が車を出します
朝イチでは行けないけれど、早目に向かう
温かくして水分補給を忘れずに
ツラかったら駆けつけます
遠慮せずに連絡ください
ゆっくり休んでね
病み始めの身に、溢れる優しさが沁みわたる。
そのお言葉に十二分に甘え、アプリを閉じる。
「はー、マジ天使だ……おっと、和んでる場合じゃねーな」
寝落ちする前にディナーの予約変更をし、ボンヤリとしてくる頭で To Do リストを復唱する。
「早く治して掃除、だな。部屋に上げると仮定して準備したけど、
計画の進捗も併せて確認したところで眠気に襲われ、すーっと意識が遠のく。
発熱時には悪夢を見る、と他人は言うが、この程度ならば心配は要らないだろう。もし魘されても、きみを想えば
さぁ、早いところ体調を整えてお出迎え―――。
♡ ♡ ♡
昨晩の急な連絡から一夜明けた昼休み。
あなたから届いたメッセージを確認する。
『昨晩は汗だくになって二度ほど起きたが昼前には平熱に落ち着いた、備蓄用のお粥を食べたけど緩くてお腹減りそう、折角の病欠だから一日寝倒す、この勢いで連休にしちまいたい―――』
楽になった、の一言で済むのに余す所なく報告してくれるのは、尽くしたがり屋としては嬉しくて仕方がない。
とにかく、大事に至らなくて良かった。
追記として、ディナーは既に日曜日に延期し、予約済みの分は後輩に託したから心配ご無用、ともあった。体調不良にも拘わらずそこまで手配するとは、改めて尊敬の念を抱かざるを得ない。
「相変わらず抜け目のないこと。ああ見えてハイスペ男子なのね。トウコさんが羨ましいわ」
同僚がタコさんウインナーをつまんで口に運ぶ。料理好きな彼女のお手製弁当は、本日も色とりどりで美しい。未だに母に縋って生きている私とは、まるで違う。
「トウコだって基礎は身についているから、やれば出来るでしょ?」
そう思って台所に立ち、夕食を作った先月。
時は刻一刻と過ぎていき、格闘した食材は見るも無惨な姿で皿に盛られ、口に入れた後に乾いた笑いとともに掛けられる気遣うような優しい言葉たち。
早々に見切りをつけたツケがここで回るとは。
お陰であなたの看病にも一歩踏み込めずにいた。
「いきなり飛ばし過ぎたのね。最近は美味しい調味液が爆売れしてるから、切って火を入れれば完璧よ。何なら、わたくし秘伝の釜玉うどんの作り方をお教えしましょうか?」
話の流れからすると、温めたうどんに卵を割り入れて調味液を絡めたら出来上がり、では?
「バレたか。ならば、おじやはどうかな?」
我が家では、味噌汁を入れたご飯を弱火で炊き込んで作っていた気がする。共働き家庭による、手間と時間と消費電力の節約術。
「鍋料理の締めを想像すれば、即答よね。チーズを入れてリゾット風、味噌汁を水に変えてお粥にもなる優れモノ。どう、お腹に優しい簡単レシピは何処ぞで使えそう?」
密かな企みは見抜かれていた、さすがです。
とはいえ前例が前例だけに、味は保証されていても見た目と質感が伴わなねば美味しさも半減するのでは、と不安でならない。
「愛しき恋人の手料理よ? 何をしでかしても大目に見てくれるって、心配しないの」
その愛の力とやらで盲目的になったが為に更なる体調不良に陥らせたら……。
「チッ、最近は容赦なく
呆れながらも説き伏せてくるが、訪問の可否はあなたの返答次第。一度断られただけに、どうしても決断が鈍る。
退勤後、尻を叩かれてダメ元で聞いてみる。
玄関先での対応のみならば、と念を押されて若干寂しさを募らせながら車を走らせる。
「いろいろ揃えてくれて助かる、ありがとう。でも病み上がりだから、部屋に上げられなくてごめん。週末まで、もう少し待っててな〜」
初披露の眼鏡着用でドアを開けた瞬間に緩む目元。部屋着と思しきスエットでぴょこりと揺らす寝癖。マスク越しのぽやぽやっとした声をこの耳に響かせて私の頭を撫でる温かい手のひら。
無防備な姿をここまで見せてくれるとは。
尽くしたがりの欲求は満たされずとも、今はこれだけで十分だと思えるのも愛の力、なのかな?
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