第159話 契約は慎重に

 少し離れた場所でドンパチやってるのは見える。一撃ごとに大地が変形していれば嫌でも目に付くだろう。

 女王と戦うマザーや将軍はスルーだな。

 あの中に入ったら一瞬でひき肉になってしまう。


 こっちのダンピールも相当強いが、グールの一撃も重そうだ。これも俺が食らったら死ぬな。

 片方は付き添い蜘蛛がいるから、もう片方を手伝おう。


 とは言っても力じゃどうしようも無い。

 とりあえず声を掛けようか。


「3人は終わったから、手伝いに来たよ!」

「気が散らない程度で頼む!」


 かなり必死そうだな。

 となると間接的に嫌がらせをしよう。


「先に言っておく。動いてるだけだから!」

「おう!」


 意図は伝わっただろう。

 戦ってるグールの見えるように位置取りしつつ、棒や石を投げるフリをする。相手も「動いてるだけ」とわかっているので、反応は薄い。

 その間も両者では斬り付けや回避の攻防が何度も繰り返されている。


 再び投げるフリをしつつ、最後に石を取り落とす。

 ピクリとグールが反応し、味方の攻撃が当たりそうになるが、ギリギリで躱していた。

 こんなことを何度も繰り返していくと、イラつきの大きさと一緒に動きも大きくなっいく。


 最後のダメ押しで、気配カメレオン。

 気を大きくしたり減らしたりを繰り返すと、一瞬動きが止まり、味方の一刀が決まった。

 グールの上下がズレて2つの振動が響く。


「お疲れ様です」

「お前! 最後のは!」

「あー。やっぱやりすぎました?」

「こっちが反応しそうになったぞ!」


 だよな。それなのに綺麗に真っ二つにする所はさすが軍人。


「向こうも今ので決まったな。あっちも恨めしそうな顔してるぞ」

「これは不可抗力ですよ」


 そう言い切ったかというタイミングで、王女の気配が離れていくのを感じ取った。


「向こうも逃げましたね」

「将軍でもダメとなると、司令が出ないといけないな」


 司令ってのはそんなに強いのか?

 まぁ、それは置いといて、アホ3人を見に行こうか。




 子蜘蛛たちのところに戻ると3人が唸りながら震えている。


「どうした!?」


 蜘蛛も慌てている。

 洗脳のせいかと思って気で魔力を弾いてみるが、効果が無い。


「洗脳じゃないのか?」

「バカ言うな。俺らは王女と契約したんだ」


 そう言った茶髪をじっくり観察する、と全ての魔力が塗り変わっていて、外しようが無い。


「しくったなぁ。逃げ出しが正解だったか」

「嫌よ! 消えたく無い」

「俺も嫌だぞ! なんとかならないのか!?」


 金髪女も槍男も震えながら足掻いているが、俺にはどうしようもない。


「その状態じゃあ、戻せないな」

「嘘よ!」

「なんとかしろ!」


 将軍が来たので見てもらうが、そちらでも無理みたいだ。

 2人は騒ぎ続けているが、茶髪が冷静なので手早く話を聞いてみる。


 俺らが国から逃げ出した後、すぐに乗っ取りが始まった。彼らはそれ以前から気付いていたので、王女に取り入ってたが、その結果に契約をすることになったらしい。

 その時に強力な力を貰ったが、命令には逆らえなくなり、戦争に参加することになったと言う。


「他の生徒は洗脳だけだよ。ただし、立花昇。勇者には注意したほうが良い。王女だけじゃなく王も洗脳をかけていたらしいよ」

「ワイトの洗脳かよ……」

「そろそろ魔力が切れるな。こんなのだけど、名前だけ残してくれると良い……」


 その位ならやってやるか。後で生徒に名前聞かないとな。


「実殿。この……亡骸はいかがいたそうか」

「聖水撒いて土被せるくらいしか出来ないかなぁ」


 溶けたタールの後に聖水をかけてまわる。

 小さな墓に手を合わせて祈る。


「そうか。実殿」

「はい」

「連絡が入った。東にも洗脳兵が現れて、交戦中らしい。」

「行きましょう」


 戦地中央の上空から、強大な魔力が2つ。ぶつかり合うたびに空気が揺れている。


「あれを見ると将軍という地位も形無しだな」

「気にするだけ無駄だよ」

「友人の実殿が言うならそうなのだろうな」


 付き添い蜘蛛を呼び寄せて東へ向かう。




 中央をかなり迂回する必要があった。強者たちの衝撃だけで地上にまで被害が出ており、近づくだけで死んでしまうレベル。早く行きたかったが、半日で到着するところを丸1日かかってしまった。

 王弟様の拠点を通るので、顔を出す。


「こちらはどうですか?」

「実殿か! 例の地下道へ急いでくれ!」

「え? 何が?」

「おい。行きながらこの兵士に聞いてくれ」


 急ぎの様子なので指示に従うが、兵士の足が遅かった。鎧は付けているが文官だったみたいだ。仕方ないので蜘蛛に乗せて話を聞く。


「大丈夫だ。こいつは攻撃しないから!」

「はははいいいい!」


 かなりビビってしまっている。

 それでも話してくれた。

 地下道に現れた洗脳兵も最初はなんとか対応出来ていた。少しずつ洗脳を解除し、救出していたが、中央にワイトが現れたタイミングで召喚された者たちも突然現れたらしい。何かしら強化されているのか、洗脳の解除が難しいみたいだ。

 他の地域でも、魔物のゾンビが至る所に現れて混乱しているという。


「召喚系の達人と想定してください。彼らは転移も得意みたいです」

「厄介だな。目の前に来られたら対処出来ないぞ」

「私たちが聞いていた話では、本人近くに召喚するまででした。まさか本人から離れた場所まで行けるとは……」

「近くに来たら逃げるだけだな」


 もうすぐ到着だな。


「蜘蛛。渡した薬は上手く使えよ?」

 キチキチ。


 言葉が通じないとわからんな。

 一応来る途中で召喚された奴を捕まえた様子を言ってある。理解してるなら上手く麻痺薬を使ってくれるだろう。他に頼める奴もいないのでそう信じておく。

 大筋おおすじを聞けたので、兵士を降ろしてスピードを上げる。


「実殿! 伝言は浮きくらげに言うと、朧げなら伝わります! 緊急はそこで!」

「わかった!」


 肩越しに聞こえて来た声に返事する。




 地下道が見えてくると、こもった戦闘音が聞こえてくる。

 警戒しながら中へ入ると、ゾンビの腐った臭いと人の血の臭いが混ざって不快だ。それを無視して奥へ進むと救助された兵士や傭兵が転がされている。

 明石さんや救護員が必死に手当てしているが、怪我が深くすでに何人か助からなかったようだ。


「うぅ。実さん。ここは私たちに任せて先へ!」

「あぁ!」


 泣きながら治療する明石さんの頭に少しだけ気を送り、疲れを取る。

 すぐに走り出して進むと、召喚された者たちが飛び回っている。

 元々強かったが、さらに磨きがかかっていて、なかなか洗脳が解除できないようだ。


 不意打ちで海野さんが相手していた少女を殴打おうだして倒す。

 その隣の少年も同じように意識を落とし、頭の魔力を弾いていく。


「実さん!」

「解除した! だけど不意打ちはここまでだな」


 周りの奴らが気付き、こちらをにらみつけている。


「海野さんは2人を連れてって」

「はい!」


 今くらいの生徒なら良いけど、こちらから目を離さないのは勇者君の仲間だったな。

 俺に気付いたカオルが警戒しながら話しかけてくる。


「勇者の妹です。立花芽衣さんで弓を使います」

「妹か。あれを引きつけたら、みんなは楽になるか?」

「かなり」

「よし。余ってる棒貸してくれ」


 苦笑いしながら折れた棒を渡して来た。

 こいつめ!


「師匠ならそれでいけますよね?」

「もちろんだ!」


 カオルは、戻って来た海野さんと合流して他の洗脳兵の解除へ向かう。


「まさかオジサンが居るなんてね」


 こいつこんな表情だったか?

 洗脳のせいか知らないが、相当見下されているな。

 それならさらに見下してもらおう。

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