第145話 秘伝のアレ

 訓練を1週間続けていると、徐々に慣れてくる。

 グロッキーなカオルの姿は無く、ペロの上で軽快に水鉄砲を避けられるようになっていた。


「1週間かぁ。俺だったら1年かかってるよな」


 俺は覚えが悪かったから、長い時間を掛けて体に叩き込むしか無かったっけ。気や魔力といったブースト効果もあるだろうけど、才能かもしれない。


「実さん!」


 飛んでいた意識が戻されると、訓練が終わったカオルが駆け寄ってくる。


「午後は自由時間ですよね?」

「そうだな」

「じゃあ、ピースさんのお迎え行って来ます!」


 カオルが書いた手紙の返事では、ピースはすでにこちらに向かっており、海野さんの醤油を輸送しているという。

 まさか、ピースが運んでくるとは思ってなかったが、醤油に期待を膨らませている。

 到着予定は、今日の夜なので、それまでに仕込みを始めよう。


「メサ。買い出し行くよ」

 ぷるぷる。


「そうだ。今日はニンニクマシマシだ!」

 ぶるぶるぶる!


 メサの歓喜に呼応し、他のくらげ達が踊り出す。


「1体1杯だぞ!」

 ぷるぷる。


「俺もおかわりしたいが、ニンニクを増やさないとな」


 それからは、メサがくらげ達に指示を出し、空きスペースを探しては開墾していた。

 薬草畑を増やした分、使用範囲が狭まったのがツライ。

 庭の地下部分に穴を掘り、そちらはキノコ栽培の試験場となっている。こちらも傭兵団と共同なので、自然と家に来る人は増えていた。


「今日はパーティーでもするんですか?」


 こいつの名前は、コリンだったな。


「コリン君も参加したいのか?」

「ニンニクと聞こえたので、ちょっと気になります。あの臭いのがどんな料理になるのか」


 ほうほう。それならば招待してあげよう。


「傭兵団の人達も来て良いよ」

「それなら、何人か誘ってみますね」

「日が暮れたら始めるつもりだ。大きめの器は持って来てね」

「では、そのくらいの時間に来ます」


 まさか、ニンニクに釣られる奴がいるとはな。

 屋台の再建を急ぐか。

 まだ明るいし、カラーシ商会に聞いてこよう。




「ほっほっほ。さすがはカラーシ商会。笑みが抑えられんなぁ」


 嬉しさが強くて独り言も止まらない。

 周りからの視線は痛いが、それよりも久しぶりの屋台の方が気になる。

 各所から軋む音を響かせて、年代を感じる風貌となっている。だけど、以前作ってもらった屋台に酷似していて、使い勝手が良さそうなんだ。

 ヒーレスさんから新品も見せてもらったが、こっちのほうが興味を引かれたんだよね。




 寂れた家に戻ると、外壁の蔦から種を貰って屋台に植え付ける。


「これで全体を覆えてるかな?」


 何度も屋台の周りを見て、漏れが無いことを確認する。

 今こそ、ケープ村長に教えてもらった修復術を試してみよう。


【そーれそれ。育って綺麗にしておくれ。魔力あげるから手伝ってー。】


 俺の魔力に呼び出され、精霊達が種のところに集まっていくと、徐々に育ち始める。魔力を流したまま修復を続けると、少々不恰好だけど新品になった。


「多少のゴツゴツ感は仕方ないけど」


 水漏れも無いし、車輪の駆動もスムーズになっている。これくらいなら問題無いでしょ。


 倉庫から食材を引っ張り出してくる。メインの小麦と商会から買って来た肉。ポーク肉と言ってたので、豚か猪と似た種類だと思っている。

 屋台と一緒にデカイ鍋も買ってきた。両腕で抱えるサイズの物を3つと、多く頼んだつもりだったが、持って帰ってくると以外と少ないか?


 さぁ、麺作りだ!

 まずは藁を燃やして灰にする。こうやって燃やしている時のパチパチする音がたまらない。野営の時なんかは、火すら起こさなかったりするので、じっくり火を見るのは久しぶりかもしれない。


 灰を水に入れてしばらく放置。


「やっと料理に入れるな。まずはチャーシューからやるか」


 適度なサイズに切った肉を、SMのごとく糸でぐるぐる巻きにしていく。そいつを適度に平手打ち。

 辺りにパシーンパシーンと音が響き、1人でこれをやってると恥ずかしくなる。このやり方を教えてくれたのは、中国へ行った時に出会った料理人だったっけ。今でも思うんだが、あんなに怪しい料理人はいないと思う。

 ちょび髭に丸いサングラスをかけた『珍宝』と名乗る優男だった。ふざけた名前だから良く覚えている。痩せてるんだから、どうせ名乗るなら『宝』じゃなくて『薄』だろ。

 そいつの話だと、肉を叩くと喜んで旨味が出るらしい。

 ん? 旨味出たらダメじゃないか?

 いや、気にしたら負けだな。


 合計で20本程になった肉を、順次炒めていく。

 ジュワジュワと細かく弾ける油に、照り返す肉の表面。ヨダレを堪えて焼き目を付けたら、醤油と酒をぶち込んだ鍋で煮込んでいく。


 久しぶりの醤油臭にくらくらする。この世界でこれだけの幸せ者はいるだろうか。肺の空気を全て吐き出し、全身でこの臭いを堪能しよう。


「そろそろ灰汁も良いか」


 日も落ち始めて、灰を入れていた水が良い感じに分離している。この上澄を取り出し、少量ずつ小麦に混ぜていくと、良い感じに弾力が出てきた。

 捏ねては伸ばしを繰り返していくと、粘り強い塊が出来ていく。

 そこで周りの気配に気づいた。


「あれ? いつからいたの?」

「ちょうど日が沈み始めたあたりだったんだが、声をかけづらくてね」


 ピースとカオルが火に薪をくべつつ話している。他にも傭兵団の奴らや、農場主。

 それに、珍しいやつ。


「なんでドラちゃんもいるの?」


 ニンニクが好きじゃ無いのに、なんで来たんだろうか?


「久しぶりにミノちゃんの料理を食べたくなったんだよ。ニンニク無しでも良いんでしょ?」

「別に構わないけどさ」

「あと。麺だったらあれやってよ」


 出た。

 ドラちゃんはあの麺を見るのが面白いとかで、いつもやらせてくるんだ。

 と言っても、久しぶりだからなぁ。

 ちょっとだけやってあげよう。


「少しだけだよ?」

「やったね!」


 周りの人達は何のことかわかってない。


「王様。あれって何のことですか?」

「ミノちゃんの弟子だっけ? あとでやってくれるから、楽しみにしてると良いよ」


 その通りだな。

 先に太麺から作ってしまおう。

 少し寝かせたタネを転がし、伸ばしつつ頑丈な台に叩きつける。


「うおぉ! ノールは、こんな料理も作るのか!?」

「ノーリに料理作ったことあったっけ?」

「数回な。金も食材も無かったから、薬草鍋ばかりじゃった」


 確かにそんな感じだったな。ニールセンの時は、とにかく食材が無かった。そこから旅に出て、徐々に食材を増やしたんだよな。


 麺を伸ばし、折り返しを繰り返していくと、良い太さになってきた。そいつを大量に作り、少し休ませておく。


「ふぅ。そのデカイ鍋にお湯を沸かしてくれ。カオル達は野菜を切るの手伝って」


 手の空いてる者達に頼んで、着々と準備を進めていく。

 家の隅っこに隠していたタレを持ってくる。


「あっ! 実さんが大事にしてたやつ!」


 気づいていたのか!?

 醤油に色々混ぜて作った秘伝のラーメン汁の元。

 ピースが醤油を持ってくるとわかってから、こいつを使うことを考えていた。


「よし。みんな器は持ってるな?」


 それぞれがデカイ器を抱えている。

 準備は万端!

 王国で作って依頼か。

 やっとここまできた。


「さぁ、見せてやろう」

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