第3話 ご令嬢は剣を握らない
「私の娘――ソフィアは、我々騎士団を
アメリア・モーニングスター少将――例え幾千万の
「これまで、あの子には何人も家庭教師をつけた。数年前に最優秀を取ったばかりの若手騎士から、“
しかし、誰一人として、ソフィア嬢の
「あの子は頑として譲らないんだ。『自分は“剣”には向いていない、“器”として生きる』とね。戦闘スキルの習得はもちろん、騎士としての修練を積もうともしない。私達騎士の価値観や考え方を、まるで受け入れようとしないんだ」
あらゆる
「だがわたしは、あの子――ソフィアの才能を信じている。あの子こそが
どんな戦績を誇る超人だろうと、やはり人の親か。
アメリア少将は、伏せていたルビー色の視線を俺に戻した。
「そこで君達のことを思い出したのだよ。“
騎士であって騎士でないもの。民であって民でないもの。
災害や
(それが
俺を育ててくれた部隊であり、同僚という枠を超えて家族のような存在だった。
たった一人の騎士――“
「カズラ少尉。君は
今更、騎士時代の功績を讃えられたところで大した感慨もない。
勲章だって、隊の仲間が命を張って俺を逃してくれた結果に過ぎない。
「なるほど。
「浅はかだと笑うかい? まあ実際、藁にもすがりたい状況ではあるのでね」
褒めたと思ったら今度は藁扱いと来た。
これだから帝国臣民という連中は。
連中は、異邦の民は人間ではないと思っているのだ。
俺達がどんな思いで
……俺の表情を察したのだろう。
アメリア少将は、満足げに頷いてみせた。
「君が、我々のことをどう思っているかは、この際不問としておこう。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
モーニングスター公爵邸、中庭。
押し迫る
この面積を権利と見るか傲慢の象徴と見るかは、ひとによる。
特筆すべきは広さだけではない。
青々とした芝生と生け垣、枝ぶりの良いリンゴの樹。
静謐すら感じる池は、地下水路を使ってわざわざ水を循環させているという。
過剰なまでに整えられた庭園の中で。
池の畔に傾斜の少ない広場を見つけて、俺とソフィア嬢は距離を取って向かい合った。
手には練習用の木剣。
刀身はしなりの強い種の幹を束ねた細長い棍で、よほどのことが無ければ怪我はしない。
「まずは軽く、肩慣らしの手合わせと行きましょう。この砂時計が落ち切るまで、あるいはどちらかが降参するまで。いいですね、ソフィア君」
「はい、わたし降参しますっ」
「では次の試合を始めます」
「ぶー! カズラ先生はユーモアが足りませんねっ」
……いかに騎士と母親が嫌いか、延々と演説を続けるソフィア嬢を中庭に引っ張り出すのは、かなり骨が折れた。
最終的には『美容と健康のための運動』とかいうよく分からないお題目まで持ち出した結果、ようやく手合わせにこぎつけたのだ。
(これが普通の生徒だったら、襟首掴んで引きずり出せば済むんだがな)
かつて俺が
というか、訓練を嫌がるような隊員はほとんどいなかった。
正しくは、
例外はなかった。
(今そんな真似をしたら、殺されるのは俺の方だ)
家庭教師とは、かくも危険な仕事だったか。
「早く終わりにしましょう、先生っ。わたし、魅了スキルの次は話術の練習相手にもなってほしいんですっ」
「……わかりました。では」
俺は、左手に持っていた砂時計を逆さにすると、静かに足元へ置いた――
刹那。
「やーんっ、ソフィア、こわーいっ」
放り捨てられた木剣が、芝生を転がっていった。
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