第3話 進化と淘汰

「皆さんは、中等部への入学時にファントム遺伝子があることを、既に確認済みです。ただ、ファントム遺伝子が作用して、強力なファントムが発現させるためには、本人の精神も真っ直ぐに強く成長する必要があります。そのため、中等部時代はファントムの話は伏せ、皆さんの精神修養と、基礎力と成る学力、体力の向上を中心に育成したのです。その結果、ファントムの持ち主に相応しいと判断した者のみ、高等部への進学を許可しました」

 周囲に安堵のため息が漏れている。今日のクライマックスはこれで終了かと思った。


「SLCは現在、英国、米国、日本、オーストラリア、シンガポール、ブラジルの六か国に設立され、多くのファントム発現者を世に送り出して来ました。我々SLCの関係者はこれらの卒業生を新人類と呼びます。新人類は世間ではファントムの存在を、隠して暮らしています。それはSLCの判断です」

 またもや、周囲がざわめき始めた。せっかくの能力をなぜ、公表してはいけないのか? それは当然生まれる疑問だった。


「皆さんは中世ヨーロッパで行われた魔女狩りを知っていますか? 言葉だけを聞くと女性だけが対象のようですが、実際には男女の区別なく行われました。これはファントムを持つ新人類が旧人類に狩られた歴史的事実なのです。こうした新人類が駆逐された例は他にもあります。最大のものは、やはり奇跡を巻き起こしたキリストの処刑でしょう」

 またもや会場に静寂が訪れた。世間に魔女として狩られる自分の姿を想像したのだろう。確かに恐ろしいことだが、慧一にとってはそれはたいしたことではない。


「これは自然淘汰の法則と外れています。生物学的には新旧二つの種は争うわけではなく、環境への適性が優れた方が自然に生き残るのです。しかし、人間の知性と感情は、この自然淘汰を守れず、一方の排除を行わせるのです。いまだ、一方的に旧人類が多い現状においては、皆さんは新人類であることを絶対に明かしてはいけません」

 正文はここで一息ついた。大事なことはほぼ全て話し終わったはずだ。自分たち亜種の話を除いて。


「さて、最後に一つ伝えておかなければならないことがあります。先ほど有坂君が見せてくれたファントムの色を覚えてますか。きれいな純白でした。精神修養を経て真っ直ぐに育つと、ファントムは綺麗な白になります。だが世間にはファントム遺伝子を持ちながら、何らかの原因でファントムが自然に発現してしまった者がいます。そういう者のファントムは色が着いています。我々は彼らを亜種と呼びます。亜種はいたずらにファントムを使用して、世間に悪評化を齎します」

 慧一はそこで、正文が一瞬自分を見たような気がした。


「我々SLCは亜種を管理する必要を感じました。それがこの学園に高等部から転入してくる者たちです。これは中等部から上がって来たみなさんへのお願いです。亜種である転入者を決して差別しないでください。逆に亜種に影響されて、自分のファントムが色に染まることは絶対に避けてください」

 ついに運命の言葉が宣告された。正文の言葉には上杉が言うような矛盾は、まったく感じられない。自分は亜種なのだ。

 尊敬する正文に言われて、落ち込む慧一の手を愛美が握って来る。覗き込んで来る彼女の瞳には、父の言葉を絶対に認めないという強い意志が込められている。

――いつも俺はこの瞳に助けられる。両親が亡くなって木崎家に来たときもそうだ。

 そのとき慧一は決意した。亜種でもなんでもいい。だが愛美に危険が及ぶなら、この力を使って絶対に守ると。


 理念教育が終わり、クラス分けが発表された。

 慧一と愛美は当然のように別クラスとなっていた。

 愛美は忍と同じA組だった。

 慧一はコータ達転入者と一緒にE組となった。


 愛美と別れて、コータと一緒にE組の教室に入ると、そこには転入者二四名が既に揃っていた。慧一はコータと並んで開いてる席に座る。

 正文の話の後でもコータはあまり落ち込んでいなかった。亜種である自分に卑屈に成っていない。何がそうさせるのか気に成った。


 前の席に二人で座っている女生徒が話しかけてくる。

「東慧一君でしょう。噂に成ってるわよ。自治会の兵頭のファントムを、黒い蛇の形をしたファントムで抑え込んだ転入生がいるって」

 話しかけた女生徒は、ショートカットと大きな目が印象的だった。

「私は大山晶紀おおやまあき、一応空手道場の娘で、私のファントムも強さには自信があるわ。色は赤だけどね」

「私は知念歩美ちねんあゆみです。私のファントムは鳥です。ファントムが空を飛んでるときに、私と手をつなぐと空からの景色が見えます」

 歩美は晶紀と正反対のおとなしくて優しそうな子だった。

「俺は上条耕太、コータと呼んでくれ。俺のファントムは盾だ。色は薄紅色。盾の強さには自信があったのだけど、昨日はあっけなく突き破られた。もっと力をつけないと」

「俺は東慧一、慧一でいいよ。ファントムは、もう有名に成ってるようだけど、黒い蛇だ」


「でもショックよねぇ。いきなり亜種と決めつけられるなんて。有名な木崎教授が、実は肌の色で人種差別をする人たちと同じだったなんて。歩美もそう思ったでしょう」

「私は別に……」

「俺は気にしてないよ。別に俺はファントムを誇示しようとか思わないし、木崎教授が言ってることは、俺には関係ないと思っている」

 黙っている慧一に、晶紀が問いかける。

「ねぇ、あんたはどう思ったの? 黙ってないで教えてよ」

「今は、木崎教授の発言の狙いは、別のところにあるんじゃないかと思い始めている」

「別のって」

「まだはっきりと分からないが、白に拘るのには何か別の狙いがあるんじゃないかと思うんだ」


 教室のドアが開いて、担任が入って来た。その顔を見て、慧一は驚いた。

「今日からみんなの担任になる上杉隆生だ。木崎研究室の講師をしている。教科はファントム育成、この学校の言葉では理念教育を担当する」

「先生は私たちを監視するために、このクラスの担任に成ったんですか?」

 晶紀は相当はっきりものを言う性格のようだ。上杉は苦笑いをした。

「さっきの木崎教授の話を聞けば、そう思うよな。でも私はそんなつもりはないぞ」

「でも、木崎教授は私たちを亜種として管理するために、この学園に迎えたと言いました」

「そこについては、申し訳ないとこの場を借りて謝罪する。私は君たちを亜種と呼んだりしない。第一、SLCでは君たちをネイチャーと呼んでいる。つまりファントムの発現が自然発生か、人の手を介したのかの違いでしか捉えてない。亜種と呼ぶのは日本だけだ」

「でも、木崎教授は白でなければならないと言いました」

「そこについては、別の狙いがあるんじゃないかと思う。私が訊いても教えてくれないが、白の意味は別に存在していると確信している」

 晶紀はもう反論しなかった。上杉の話を信じたいと思ったのだ。


「みんな半信半疑って感じだな。そうだ、みんなそれぞれファントムを出してくれ」

 言われた通り、各自がファントムを出した。色も形も様々だ。

 上杉が自分のファントムを出した。真っ白な雲のようなファントムだった。

 ゆっくりと上杉のファントムが教室に広がってゆき、全員のファントムを包む。突然電気が走ったような衝撃を感じた。すぐに上杉の考えが激しく流れこんで来る。

 一瞬にして上杉の思いを全員理解した。


「というわけだ。これが意識の共有だ。木崎教授の言う、嘘のない世界は確かに実現できる。これから三年間、一緒に頑張ろうな」

 思わず「はい」と答えた。コータを見ると感動して涙ぐんでいた。

 慧一は意識の共有をしたのは初めてだった。これほどの感動があるとは、正直思ってもみなかった。同時に上杉に対する信頼が尊敬に変わった。


 教室を出ると愛美が待っていた。

「一緒に帰りましょう」

 どうも愛美は俺を一人だけにするのが、心配なようだ。そんな心配は必用ないのに。

「私たちも一緒に帰っていい」

 晶紀と歩美とコータがやって来た。

「あら私たちもご一緒したいわ」

 忍とランコまで現れた。

 愛美は少し残念そうだったが、慧一の周りに人が集まることについては嬉しそうだった。


 校舎を出たところでまた、自治会メンバーが待ち構えていた。

「君たちは今日の木崎教授の話を聞いても、まだその亜種と行動を共にするのか?」

 安西が声を震わして愛美たちを非難する。

「別に木崎教授は付き合うなとは言ってないわよ。逆に差別するなと言ったじゃない。あんた会長らしいけど、本当に教授の言葉をちゃんと理解しているの?」

 気の強い晶紀がまくし立てる。

「制裁が必要だな」

 安西の言葉を受けて、再び兵頭がモリのファントムを晶紀に打ち込む。

 晶紀はそれを難なく片手で払い、素早く兵頭との間合いを詰め、掌底を打ち込んだ。

 兵頭が崩れ落ちる。

 晶紀の両手を、真っ赤なファントムがグローブのように覆っていた。


「手が早い割には弱いわね」

 晶紀が馬鹿にしたように、倒れた兵頭を見下ろしている。

「本当に制裁が必要なようね」

 美智留が蜘蛛の形をしたファントムを出した。

「君が手を汚す必要はない」

 眞喜雄が美智留を制して、隕石のような形をしたファントムを出す。

「二人、一緒でいいわよ」

 晶紀が壮絶な笑いを見せる。


「待て、お前ら何をしてるんだ」

 古賀が現れた。

「学園内でのファントムによる私闘は懲罰だと、学則にあるのを知らないのか」

「先に手を出してきたのはこいつらだよ」

 晶紀が不満そうに抗議する。

「安西、学則を率先して守るべき立場のお前が何をしてるんだ」

 古賀の一括に自治会メンバーは腰が引けた。

「行くぞ」

 安西が先頭に立って逃げるように去って行った。

「連日の上級生の失態を心から謝罪する」

「そんな古賀さんは何も悪くないです。むしろ助けてくれてるじゃないですか」

 コータがムキに成って、尊敬する先輩を擁護する。

「俺はこの学園に蔓延する差別意識が嫌いだ。不当な行為だと思っている」

「ありがとうございます。その言葉に救われます」

 慧一はこの古賀という先輩が心から好きに成った。


「では、俺は練習があるので、これで失礼する。コータ行くぞ」

「分かりました。すぐ行きます。それじゃあ、みんなまた明日」

「男一人で五人の女に囲まれて、モテモテだな」

 晶紀がまた愛美を挑発するような言葉を発する。

 慧一はその言葉を無視して、忍を見た。なんだか様子がおかしい。

「忍、どうしたんだ?」

 慧一が心配して訊くと、忍の口から意外な言葉が漏れた。

「素敵」

「あれ、忍の目がハートに成ってるよ」

 ランコが呆れている。

「古賀さんのこと?」

 愛美が訊くと、忍が恥ずかしそうに頷く。

 そんな忍の姿に、女子全員が顔を赤くする。


「おやおや青春ですね」

 上杉がやって来た。

「慧一だけで持て余しそうですから、先生と一緒にお茶でも飲みましょう。ついて来なさい」

 上杉は一方的にそう言って、歩き出したので、皆ついて行く。

 慧一は、その後ろ姿を頼もしく感じた。

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