【悲報】ニート終了のお知らせ【朗報】 [バレ編]

『ええー! そうだったんですかー!?』











Σ(・∀・|||)



 屋敷を初めて訪れた日の翌日。


「皆さんにお集まりいただいたのは他でもありません」


 そう言って広いダイニングホール(夕食を食べる場所)に集まった皆を見る。

 

「此度の潤さん殺害事件の真相が判明しました」


 財閥関係者から白けた空気が漂い始める。しかしこれはフェイクだ。俺に薄っぺらな嘘が通用すると思うなよ。


「結論から申し上げます」


 一方、念のため集まってもらった一課のお友だちからは期待感が流れ出す。

 2つの集団から質の違う感情が溢れ出し、せめぎ合う。随分と歪な空間なこったな。へっ。


 さぁ霊圧を上げ、さらに言霊ことだまモード発動だ! 感情を掻き回してやる! 覚悟しろよ?





















「今回の事件は自殺ではありません。殺人事件です。犯人は──皆さん全員です」


 一課の皆の緊張感が高まる。そして質の違う緊張感がお屋敷関係者の中で高まっていく。

 月子さんが俺の推理(笑)に苦言をぶつける。


「……そうお考えになった理由をお聞かせ願えますか」


 努めて穏やかな声音だが、目は剣呑さが隠しきれていない。


「先ず始めに、動機からお話ししましょうか。簡単です。お金の為です。私が調べたところ、どうやら庭師の加藤かとうさんはアルコール依存とパチンコ依存の気がおありのようですね。更に家政婦の佐久間さくまさんは離婚で慰謝料をお支払しなければいけない。同じく家政婦の宇野うのさんは子どものご病気が原因でお金が必要。同じく安藤あんどうさんはホストにお熱を上げている。皆さんいろいろと苦労なさっているようだ」


 しかしこの程度は予想していたのだろう、嫌な顔を僅かに見せるだけで大きな動揺はない。だがこの反応はこちらも予想済みだ。

 大地さんと月子さんを見る。

 

「そして──大地さんと月子さんには巨額の遺産を確保するという理由があった」


「はぁ? それだけですか?」


 月子さんの発言は無視して、如月さんに目で合図を送り、1枚の封筒を受け取る。

 大地さんが一瞬だけ眉間に皺を寄せる。ゲヘヘ。


「実は昨日、私はこんな物を見つけました。秀明さんの書斎の隠し引き出しでね。大地さんは何か分かりますか?」


 しかしすぐには答えない。数拍おいてから「分からない」とだけ告げる。


「そうですか。ではお教えいたしましょう。これは法的に完全な効力を持つように、民法に定められた要件を備えた自筆証書遺言じひつしょうしょゆいごんです。勿論、秀明さんのものですよ?」


 月子さんの顔が少しばかり崩れる。

 ふふふ。今はさぞかし不安だろう。自分たちの計画が崩れる未来が頭をよぎっているだろうからな。言霊モードの効果も相まって、俺の言葉は真実性を持って魂に直接響いているはずだ。


「さて、読み上げましょうか」


「待て! それは偽物だ!」


 大地さんが噛み付く。はい掛かったぁー。


「おや? なぜ偽物だと分かるのですか? 確か遺言書は無かったのですよね? まさか何かと本物を勘違いなさっているのでしょうか?」


「い、いやそうじゃない。僕たちも屋敷を探したんだ。それでも見つからなかった。だから遺言は無いはずという意味だ」


 ほーん。


「そうですか。ですがご安心なさってください。これは大地さんたちが知っているものと同じ内容ですよ」


 俺の皮肉に大地さんの頬がピクリと震える。


「この遺言書は秀明さんが念のためにと用意していたスペアらしいですよ? 始めにそう記入されていました」


 ちなみにこの遺言書は、秀明さんの書斎に漂う残留思念を読み解き、隠し場所を見つけ入手したやつだ。つまり正真正銘の本物だ。

 変なプライドというか猜疑心を持っていた秀明さんは、公正証書遺言こうせいしょうしょゆいごん制度を利用していなかった。公証人による遺言への介入を嫌ったんだ。

 まぁ秀明さんの立場を考えるといろんな人を疑いたくなる気持ちも分からなくはない。

 結果、自筆証書遺言を2つ用意して保険を掛けていた。


 昨日、記憶を読んだところ、スペアでない方の遺言書は大地さんと月子さんにより読まれていた。そしてそれは犯行後に燃やされている。内容が2人にとってあまりに不都合だったからだ。


「念のため重要な部分を読み上げますね。『相続分の指定は次の通りとする。御子柴じゅんへの相続分を100%とし、御子柴大地と御子柴月子へは相続分を無しとする』。……さて、こうなってしまうと遺留分いりゅうぶん侵害額(減殺げんさい)請求をしたとしても、お2人はそれぞれ6分の1しか相続できませんね。法定相続分(3分の1)とは、相続財産総額の大きさから見てもかなりの差です」


 秀明さんは潤さんを溺愛していた。だからこんな遺言を書いちゃうし、スペアの場所も潤さんにだけは教えていた。

 ふふふ、大地さんと月子さんが難しい顔をしているね。


私の調べたところ・・・・・・・・によると、お2人はこれと同じ内容の遺言書を入手していた。そして今回の犯行を企てたのです」


 でっかい釣り針が付いているが、大地さんたちには見えないだろう。いや、仮にうっすらと怪しく見えていても、食い付かずにはいられないはずだ。


「どうして私たちが遺言書を入手していたって思うのよ!? 根拠を言いなさい!」


 口角が上がる。


 そうだよな。月子さんたちが遺言書を入手していたとする俺の言葉を否定しなければ、犯行の動機がより鮮明になってしまう。それは避けたいはずだ。

 だから食い付いてしまう。


「それはね、月子さん。庭師の加藤さんが教えてくれたのですよ」


 これには今まで黙していた加藤さんが反論する。


「な! 嘘だ! 俺は知らない!」


 しかし大地さんたちから向けられるのは明確な猜疑さいぎ眼差まなざし。ゲヘヘ。愉しくなってきたぜぃ。


「皆さんは日本にも司法取引制度があることをご存知ですかな?」


 知ってるよな、大地さんは。記憶を見るに、詳しくはないが存在だけは聞いたことがあるはずだ。

 そしてこの状況。則ち、共犯者しか知るはずのない事実(遺言書の存在)を俺が知っている理由に合理性を求めると、誰かが俺に喋った場合と考えられるこの状況こそが、人間の確証バイアス的情報収集を促進し、司法取引の存在を積極的に認めさせる。

 つまり、共犯者に裏切り者が居ると判断するのに都合の良い情報ばかりを見ようとするんだ(確証バイアス)。これは人間が持つ基本的な性質だからそう簡単には逃れられない。


 するとどうなるか。


「……聞いたことはある」


 こんな風に司法取引制度の存在を肯定してくれる。

 まぁ、仮に肯定までいかなくても、司法取引制度の存在自体を否定はしない筈だ。特に否定するメリットも無いしな。

 ただ、確証バイアスが重要なのはここからだ。


「私たち捜査陣も今回の事件には頭を悩ましました。このままでは明らかに単なる自殺ではないのに、自殺として処理しなければいけなくなる。それは避けたい。そこで泣く泣く妥協したのです。そうです。それが加藤さんへの司法取引です」


「違う! 俺はそんなの知らない!」 


 加藤さんが騒ぐも──。


「うるさい! 静かにしていろ!」


 大地さんに一喝されてしまう。


 フヒヒ。これだよこれ。

 今、大地さんにとっては共犯者の中に裏切り者が居るという推測が最も有力になっている。従ってそれに反する意見は信用ならなくなってしまっているんだ。

 さらに──。


「日本での司法取引は自分以外の犯罪の捜査や裁判に、誠実に協力することの対価として、自分の犯罪への求刑等を軽くしてもらうものです。これに加藤さんは同意した。つまりどういうことかお分かりですね?」


「……加藤は嘘をでっち上げて、自らの罰を確実に軽くしようとした」


 こんな感じに俺の嘘を信じてしまう。流石に犯行を認める趣旨の発言をしない冷静さはあるようだが十分だ。

 

 そもそも、だ。日本に司法取引制度が存在し、俺が言ったような捜査公判協力型の司法取引である点は事実だが、その対象事件は一定の財政経済犯罪と薬物銃器犯罪に限定される。

 つまり殺人事件では司法取引ができないんだ。

 しかし大地さんたちにその知識がある人物は居ない。加えて、確証バイアスにより大地さんは、加藤さんが司法取引を行ったと考える為に都合の良い情報を集めようとしている。

 結果、俺の嘘を信じてしまう。そしてこれは他の共犯者たちも同じだ。


 加藤さんにヘイトが集まる。加藤さんの額に汗がにじんでいる。さて、加藤さんが可哀想だからちょっとだけ代理で反撃してあげよう。ゲヘヘ。


「加藤さんの証言によると、潤さんが死亡した時に旅行に行っていたのは大地さんではなく加藤さんだったようですね。つまり変装と共犯者による嘘で、一番疑われる大地さんのアリバイを用意した。そうですね? 加藤さん」


 これが大地さんの最大の失敗だ。どうせ共犯になるのだから実行犯になる必要は無いのに、信用できないという理由でわざわざ犯行の実行を監視しようとした。

 大地さんにとっては月子さん以外は信用に値しなかったんだ。変に疑い深いところは父親そっくりだ。


「……そうだ。俺はその日に月子お嬢様と旅行に行けと命令された。従わなければ御子柴財閥系列のサラ金からの借金を強引に回収させると脅されたんだ」


 今度は大地さんが焦り出す。


「な、そんなこと言っていない! 嘘をつくな!」


 大地さんは、さも自身を主犯格とするような加藤さんの発言に声を荒げる。

 

 よーし、少し虐めてやろう。ゲヘヘ。


「……おや? 嘘つきは大地さんではありませんか? あなたはその日、旅行になど行っていないのに『行った』とおっしゃっていた。これはどういうことでしょう?」


「嘘ではない! 加藤の証言以外に証拠はあるのか!?」


 はい釣れたー。


「勿論ありますよ。ところで月子さんは極端な嫌煙家らしいですね。自身の近くでは絶対にタバコを吸わせない」


「それがどうしたと言うんだ!」


「では、加藤さんがヘビースモーカーであることはご存知ですか?」


「だからそれがどうし……」


 なんとなくは気付いたようだな。


「加藤さんは車での旅路でどうしてもタバコを吸いたくなった。しかし月子さんに逆らって車内で吸うわけにはいかない。だけでなく、そもそも月子さんは匂いを嫌って、旅行中、加藤さんにタバコを吸うことを禁止していた。しかし重度のニコチン中毒である加藤さんは、コンビニに立ち寄った際、月子さんがお手洗いに行っている隙にコンビニの喫煙スペースでタバコを吸ってしまった。当然マスクを下ろしています」


「……防犯カメラにでも映っていたか」


「ご名答。関西の○○県の隣の□□県にある某コンビニです。これは大地さんが嘘の証言をしていたこと及び犯行時のアリバイを持たないことを証明しています。そして少なくとも大地さん、月子さん、加藤さんが共犯関係にあったことを立証しています」


 沈黙が場を包む。


 さぁどう出るかね? フヒヒ。


「……私は違う。殺人なんて知らない。兄さんと加藤と家政婦が勝手にやったことよ。私はただ旅行に行っただけよ!」


 おっと、今度は月子さんのターンか。これには家政婦の佐久間さんが噛み付く。


「何を言っているのですか!? 私たちも何も知りませんよ!」


 佐久間さんの反論に家政婦の2人──宇野さんと安藤さんが頷き、同意を示す。

 ゲヘヘ。次はこいつらを虐めてやろう。


「おや? おかしいですね。大地さんたちが旅行に行っている時にお屋敷に居た人物は、加藤さん、家政婦の3人と潤さんだけだったとあなた方はおっしゃっていましたよね? つまりあなたたちも嘘をついていた。なるほど、やはりあなたたちも共犯ということですね」


「ち、違いま「そうよ! 私は無関係だけれど佐久間さんたちは殺人犯よ!」


 うわぁ。月子さん必死のオフェンスや。しかしこれには家政婦さんチームがカウンターを入れる。


「潤お嬢様が睡眠薬を飲む時に使ったカップには月子お嬢様の指紋が残っています!」


「そうです! 月子お嬢様が当日にお飲み物を潤お嬢様に飲ませたのです!」


「私たちは知りません!」


 ……君ら仲いいな。

 

 冗談は置いといて、家政婦の記憶を見るに、もしも・・・の時の保険として、月子さんの指紋を残していたティーカップを犯行に使ったようなのだ。そのティーカップは月子さんがたまたま触ったキレイな物を保管していたものらしい。

 女って恐いわぁ。

 ただ、月子さんは旅行中にマスクをしていなかった為、明確なアリバイがあった。だから指紋は偶然だと警察は考えていた。


「ふざけないで! 金に目が眩んであなたたちがカフェオレに薬を入れたんでしょ! 私を巻き込まないで!」


 月子さんェ……。


 唇を舐める。さぁ仕上げだ。


「しかし月子さん。あなたは加藤さんと旅行に行っているにも関わらず、大地さんと旅行に行ったと嘘をついた。やはりあなたも共犯なのですね」


 もはや共犯者6人という数の利は消滅して、それぞれが足を引っ張るだけになっている。人間の集団は同じ方向を向いているときは強いけど、それぞれが別々の方向を目指し出すと途端にパフォーマンスが下がる。


 ま! そうなるように俺が仕向けたんだけどな! 人間なんてこんなもんよ。弱くて自分勝手な面は誰にでもあるもんさ。

 ニートとして自分勝手を極めている俺が言うのだから間違いないぜ!


 今回の作戦名は「人を疑うことができるのは、人に疑われない裏工作をしている奴だけだ作戦」だ!


「知らない! 私は知らないわ!」


「いい加減にしろ!」


 おー。加藤さんが荒ぶってる。


「もう全てバレてるんだよ! それにな、こんなめちゃくちゃな証言ばかりじゃ無罪なんて無理だ。俺は先に降りさせてもらう!」


 加藤さんが俺に向き直り、手を差し出す。


「さぁ逮捕してくれ。あんたの推理通り俺も共犯だ」


 最後に「司法取引は知らんがな」とだけ小さく付け足した。

 如月さんを見ると、頷き、手錠を取り出した。


「4月21日11時29分、被疑者を緊急逮捕します」


 ガチャリと手錠が嵌められる。

 ぶっちゃけ加藤さんの場合、手錠を掛ける必要性はそこまで無いから、普通に連れていけばいいんだけど、これはあらかじめ如月さんに頼んでいたことだ。


──現行犯又は緊急逮捕の場合はなるべく手錠を掛けてくれ。


 理由は簡単だ。残りの共犯者の心を折る為。


「……はぁ。僕たちの負けだ」


 次は大地さんか。


「罪を認めますね?」


「あぁ」


 心底疲れた顔をしているな。まぁドンマイ!


 こうして大地さんは逮捕された。

 しかし女性陣は最後まで罪を認めなかった為、任意同行の交渉という建前で刑事とトークで盛り上がってもらい、その間に加藤さんと大地さんの自白を証拠としてプラスし逮捕状を請求。同日の夕方に逮捕状が発布され、彼女たちは令状逮捕となった。


 さて、あとは潤さんに事件の真相を教えて依頼達成やね!


 





















『大地さん? 月子さん? 誰でしょう? 私は皆さんを知りませんよ。それに私の名前の字は、潤うではなくて純粋の純です』


「……え? ……マジ?」


『マジです』


 えぇ……。でも潤さんの写真は見せてもらったけど、幽霊の純さんとそっくりだった。

 記憶が壊れすぎてる? でも自信満々の純さんを見てるとそうは思えない。

 それに柿の木の件もある。


「んー? じゃあ御子柴って名前に憶えはある?」


『……無い……とは思いますけど、あるような気もします』


 うーん、魂が崩れてきてるせいで俺が外から覗くには限界があるから、調べらんないんだよなぁ。


 もう一度、情報を整理してみよう。


 御子柴邸の柿の木は記憶にあったものと同じである可能性を否定はできない。さらに事実として潤さんと純さんは容姿が似ている。


 ……ん? そういえば確か純さんは……。


 純さんの記憶と言動を検証する。


 ……あ! あぁー!!


「そういうことか!」



























「純さんが亡くなったのは今から57年前の1964年の秋だ!」


『ええー! そうだったんですか!?』


 通りで妙な違和感があると思ったよ。

 先ず第一に記憶で青年との会話に出てきた東京オリンピックというキーワードだ。俺はこれを今年開催が予定される東京オリンピックだと勝手に思っていた。

 でも違ったんだ。

 たしか64年の東京オリンピックは10月に開催されている。そして樹木に詳しくない俺が、記憶の中ですぐに柿の木だと判断できたのは柿が実っていたからだ。柿は秋に実を付ける。だから記憶の会話はその時のオリンピックについて話していたんだ。

 この解釈ならば矛盾しない。


 第二の根拠はコーラに驚いていたことだ。

 1960年代前半はコーラが一般向けに販売されたばかり。それなりに飲まれていたはずだが、現代に比べると未だ発展途上。値段に関しても、たしか200ml弱で現代換算で220円程と割りと高めでもあった。

 純さんがどういった環境に居たかは分からないが、コーラを飲んだことがなくてもそこまで不自然ではない。

 そして霊になってからもコーラの霊気を飲む経験が無かった可能性がある。なんせ霊が飲み物の霊気を飲むには、その物の所有者に霊へお供え物をあげる意思(飲んでほしいという意思)がないといけないんだ。この性質があるから、世の中の食べ物がもの凄い速さで腐りまくる地獄にならないで済んでいる。

 以上から分かるのは「あの時に純さんが驚いたのは、初見のお客さんにお茶と言ってコーラを出したからではなく、初めて話題のコーラを飲むことになったから」といった風に、年代のズレを前提にしても矛盾の無い解釈ができるってことだ。


 そして残りの謎は潤さんと純さんが似ている件だ。

 これはシンプルに考える。

 前提として純さんは御子柴邸の柿の木を知っていた。つまりこの場所に関係のある人物。普通に考えたら潤さんの血族が最も妥当だ。


 則ち、1964年に御子柴家又はその関係者で不自然に死亡した者が居ないかを調べると答えに辿り着ける可能性が高い。

 結論、新聞探しに国立国会図書館へゴー!




















──見つけた!


 その記事によるとこうだ。


 1964年の10月下旬に御子柴家で家政婦として働く三田村みたむらじゅんさん(当時18歳)が練炭自殺を図った。

 やや不審な点はあったものの、遺書のような物が残されていた点、親が残した莫大な借金があった点から自殺として処理されたようだ。

 なんでこんな自殺みたいなありきたりな事件が新聞記事になってるかっていうと、御子柴財閥で起きたからという一点に尽きる。ツいてるんだかツいてないんだか。


 さて、依頼の内容は純さんが死亡した理由を教えることだ。

 その為には事件の調査をしなければいけないが、時間が空きすぎているせいでやれることは限られている。正直、当てはほとんど無い。てか、一つしか無い。


 じゃあ次は会いに行こうか。当時に生きていて、現在も生きている御子柴家の関係者に!
























「はじめまして、御子柴秀樹ひできさん。私は探偵(?)の結城幽日と言います」


 はい。秀明さんのお父さんである秀樹さんです。今は一線を退いて高級老人ホームで隠居生活を送っている。

 しかし今回の事件で秀明さんの相続人が死んだり、相続欠格になったりしたせいで、秀樹さんが全財産を相続することになってしまった。しかも現役の財閥一族が2人とも逮捕である。

 少なくとも謝罪には秀樹さんが出た方が上手く回るだろうね。ドンマイっすわ。


 それはそれとして、記憶をサクッと読んでやっと真相が分かったよ。


「事件の件で話を聞きに来たのだったな」


「……ええ、1964年の三田村純さんの自殺事件です」


 表面上、秀樹さんに変化は無い。流石は元大財閥の当主だ。


「練炭自殺だったな。すまんが忘れかけだ。あまり役には立てないな」


「心配要りませんよ。真相はすでに分かっています。本日はその確認に来ただけです」


「ほぅ。聞かせてもらおうかな」


 タヌキだなぁ。


「事件は自殺ではありません。他殺です」


 魂から声が聞こえる。いているのか、泣いているのか。確実に言えるのは、悲しい旋律ってことだ。


「犯人は純さんの双子の姉、三田村あいさんです。動機は秀樹さんを取り合ったもの、つまり恋愛絡みです」


 俺の後ろに居る純さんの魂が、嫌な音を奏でる。


「……勘違いしないでいただきたいのですが、私はこの事実を生きている誰かに言うつもりはありません」


 俺の不思議な物言いに、初めて秀樹さんの表情に変化が生まれる。


「それじゃあ、君は何をしにこんな老いぼれのところへ来たんだ……?」


 それは俺も疑問でしかないんだけどね。なんでこうなったんだか。


「……あなたを心配した人が居たんですよ」


 純さんの魂は秀樹さんを見た瞬間、一時的に本来の形を取り戻した。たまにあることだ。その人間の核となる感情の想起に引きずられて、魂が最期の輝きを見せることがな。


 それで漸く俺も純さんの記憶を読めるようになったわけだ。


 純さんが俺に依頼を出したそもそもの原因は、魂の崩壊に伴って記憶が抜け落ちていく過程で、大切にしていた気持ちすら思い出せなくなっていたからだ。

 でも純さんはその感情が自身の死因と関係していることだけはかろうじて憶えていた。だから死因を探してほしいと依頼したんだ。

 

 やっと2つの真実が揃った。あとはそれを上手く引き合わせるだけだ。


「秀樹さん。あなたは犯人が藍さんであると知っていながら、誰にも言わずに彼女を受け入れ、結婚した」


 潤さんは、純さんの一卵性双生児である双子の姉の孫に当たる。そりゃあ似てるわけだわ。


「あなたは罪の意識に苛まれた。しかし藍さんのことや財閥のことを考えると誰かに打ち明けることはできなかった。きっと辛かったでしょう」


「……なぜ分かる」


「それは企業秘密ですね。あなたにもあるでしょう?」


 秀樹さんが小さく笑う。


「……ふっ。そうだな。これは失礼した」


「ここからは少しだけショッキングな光景になりますが、大丈夫ですか? 年齢的に」


 今度は大きく笑う。ハハハと一頻り笑った後に言う。


「君は変わっているな。おれもいろんな奴を見てきたが、君みたいな奴は知らないよ」


 そうか? 霊能力者になら会ってそうだけどな。


「で、始めてもいいですか?」


「ああ、いいぞ。大抵のことでは動じんからな」


 ほーん。じゃあ遠慮無く。


「……な! 馬鹿な……」


 即落ち2コマとはこのことだな。ウケるわ。

 

 俺がしたことは、単に俺の霊気を秀樹さんに渡しただけだ。それによって一時的に秀樹さんは一級クラスの霊感を得る。

 だから純さんが見える。ついでに会話もできる。


『お久しぶりです。少しふけましたね』


「お、おい。これは幻覚なのか」


 肩をすくめてやる。


「いいえ。そこに居るのは確かに純さん本人です。でも信じる信じないはお任せしますよ」


 1人の老人と1人の少女が見つめ合う。秒針の音が沈黙の長さを装飾している。

 そして長い静寂を破り、懺悔ざんげが始まった。


「……おれは藍の危うさに気付いていながら、それを止めることができなかった」


『……』


「事件の真相もすぐに分かった。しかし藍を切り捨てることも財閥の評判に傷を付けることも受け入れられなかった」


『……』


「……すまない。おれは弱い人間だ。すまないすまない……」


 純さんが秀樹さんの座るベッドへと腰を下ろす。腰を下ろすって言っても、幽霊だから座るイメージを反映しているだけだ。


『もういいんです。随分と時が経ってしまいました。憎んだ時期もありましたよ? でも今はただ秀樹さんが心配なんです。あなたは弱いけれど優しい人です。きっと今まで苦しんできたのでしょうね』


「おれは……」


『だから伝えに来ました』


 純さんが表情を和らげる。笑っているようにも困っているようにも、あるいはいつくしんでいるようにも見える。


『今となってはあなたも姉も許しています。だから秀樹さんも自分を許してあげてください。それが私の最期の願いです』


「純……」


 純さんが年齢よりもずっと幼い笑顔を見せる。


『やっと名前を呼んでくれましたね』


 深い皺が刻まれた頬を涙が伝う。


 ……うん。俺の邪魔者感よ。これは堪えられん。ちょっとお部屋の外、行くわ。

 サラバダー。













 老人ホームのデイルームでは、亮が老人チーム全員相手にトランプ5組を使った変則神経衰弱で無双していた。


 何やってんだこいつ。なんで老い先短い老人に止めを刺そうとしてんだよ。やめてやれよ。


「あ、ゆう!」


「お前、なんで」


「私が勝ったらお小遣いくれるんだって! 今は10万円だよ!」


 ……今は? つまり賭け金が増加するタイプ……。なるほど、金と暇をもて余した老人の遊びか。

 

 ふむ。


「亮」


「はい!」


「手加減はいらん。有り金全てむしり取れ!」


「任せて!」


 ここからは見るに堪えない地獄絵図となった。

 人生の勝者たる老人たちが、バカっぽい小娘に歯が立たないことを認めることができずにむきになった結果、ヤバい額が亮の元に集まっていった。

 これに不味いと思った老人の1人がゲームの変更を提案。調子に乗っていた亮はゲーム内容を聞かずに承諾。

 次は囲碁での戦いになった。ちなみにタイトルホルダーになったこともある、囲碁の元プロも居た。てか、そいつが提案した。大人げ無さすぎぃ。

 しかし亮は「『○カルの碁』で見たから大丈夫!」とかワケわからんことほざいて何故か勝利を収めていた。

 そういえば亮って一晩で法律知識を高レベルで習得するような頭のおかしい奴だったね。仕方ないね。天才だもんね。

 元プロが泣きながら「これが神の一手か……」と呟いてそのまま気を失ったから、皆、葬式にいくら包むかって話をしてた。まだ死んでないんだけどなぁ。


 うん、この空間にも堪えられんからそろそろ頃合いだろうし、お部屋に戻るわ。


「あ! 待って私も行く!」


「お、おう。そうか」


 場を荒らすだけ荒らしてサクッと放置するあたり、亮ってマジヤバい奴やな。なむなむ。


 廊下を進み、秀樹さんのお部屋に到着。ノックし……あ、亮が問答無用で開けやがった。

 コラコラ。そんなんだと両親の営みを拝見するハメになるぞ。


 部屋を見ると純さんが居ない。魂が終わったのだろう。もう純さんはこの世にもあの世にも居ない。どこにも存在しないってことだ。


 秀樹さんが俺を見る。


「……結城君と言ったな」


「はい!」

 

 俺のことなのに亮が元気に返事をする。


「ハハハ。可愛い奥さんじゃないか」


「違います。妹です」


「おや? そうなのか。そうは見えんけどなぁ。耄碌もうろくしたかな。まぁいい。それよりも君には何か礼をしないといけない。何か欲しい物はあるか?」


 うーん? なんだろ? 改めて訊かれると分からん。乾燥機能付きドラム式洗濯機? 鯖の塩煮缶? 新しいパソコン? それくらいしかパッと思い付かん。


「カッコいい探偵事務所が欲しい!」


 え、この女、いきなり不動産を要求しやがった。愛人契約かな?


「お、いいぞ。都内の激戦区にデカイやつをプレゼントしてやる」


 え、このジジイ、軽くOKしやがった。なんなんだ。もしかして俺の価値観がおかしいのか? いやおかしくないよな。


「やったね、ゆう。これで一流の探偵だね!」


 亮の中では事務所があることが一流の探偵の条件らしい。

 秀樹さんがスマホで電話をかけ出した。


「もしもし、おれだ」


 オレオレ詐欺かな?


「都内○○区に売り出し中の区分所有オフィスがあったろ? ……そうそうそれだ。それをワンフロア買え。……そうだな。一週間以内に登記と引渡しを終えたい。……ああ、よろしく頼む」


 ピコと音がして通話を終わらせた秀樹さんが、いい顔でこちらを見る。


「え、マジなん? 嘘やろ? 冗談だろ?」


「ハハハ、遅かったかな? もう少し早めようか?」


「いやちげぇよ!!」


 しかし俺の抵抗は天才と老害により無惨にも亡き者にされてしまった。


 そして数日後。




















「ウッソだろ……」


 デカイビルを見上げ、呟く。

 都内最大の歓楽街から徒歩15分の土地に建造されたデカイビルの4階が、丸々「ユウキ探偵事務所」になっている。

 いつの間にか登記も備えられ、公安委員会に探偵業の届出も出されていた。俺は何もしていない。自分ん家でダラダラしていただけである。

 

 何が起きたのだろうか? 


「早く行こー」


「あ、ああ……」


 亮が1人でビルに突撃して行った。

 仕方ないのでフラフラと夢遊病患者のようにビルに向かっていると、何やら小さい子がビルから出てきた。


 あ……。


 向こうも気づいたようだ。


「あなたは……」


 そのつり目と激おこロリフェイス。


「白峰弁護士」


「結城検察官」


 いや俺は検察官じゃない。


「あなたがなんでここに居るのよ」


「それは俺が訊きたい」


「はぁ? 何それ。相変わらず戯れ言がお好きなようね」


「そういう白峰弁護士はなんでここに居るんだ?」


「なんでって、ここの3階が私の職場なの」


 フロアが説明されたビルの看板を見上げる。


 なるほど、3階は「虹色法律事務所」ってなってる。その上には「ユウキ探偵事務所」の文字が……うぅ……(泣)。

 

「なんで1人で変顔してんのよ?」


 うるさい! 俺は今、傷心なんだ!


「ま、いいわ。忙しいから行くわね。次に法廷で会ったら負けないからね」


 もう法廷で会いたくはない。


 すぐに白峰さんの小さな背中が見えなくなる。


「……」


 吾輩はニートであった。やる気はまだ無い。なぜ探偵事務所を構えているのか、とんと見当がつかぬ。

 恥の多い人生を歩んできただけなのに……。


「探偵や 亮飛び込む 職の音」


 意味分からんな。もうダメだぁ。





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